第42話 ルシエンテス攻略は終了しました

 ルシエンテスの街から1km程離れた地点で壁の建設が行われている。遠くにと言っても2~3km先に森が見えるが、森の中には魔族が徘徊していることが確認されている。

 壁と言っても立派な石の城壁ではなく、高さ5m程の土の壁だ。最初は木の柵を作っていたのだが、手頃な木が近隣からあっと言う間に無くなり土の壁に変更になった。

 防衛線として長城を作るのは、地球の歴史で見て極一般的な戦術だと思う。問題はここで守るという意思表示をすることによって、その先に目的がある人々、つまり帝国で言えばルシエンテスの街より先に故国がある人にとっては見捨てられたと思われかねないことだ。まあそれを帝国に説明するのは、カブリーニ伯爵のお仕事だ。


 ルシエンテスの街に着いてから3ケ月が経つ。あれからルシエンテスの街に忍び込んでは寝ている魔族を捕まえては耳元で”この街から出て行って欲しい”と囁き続けた。1ケ月程で街から魔族は居なくなった。話をしても反応は一切無かったが、話が通じないわけではない、というのが僕の感想だ。

 ガンディーニで魔族と戦った騎士の話やこの街で見た魔族の様子から、魔族は空を飛ぶというより、空中を移動できるという感じなので飛び越えられないであろう5mの高さで壁を作ることにしたのだ。土壁から向こうは魔族領域で、街の城壁のこちら側は人領域、土壁と城壁の間は非武装領域、緩衝地帯をイメージしている。

 デイフィリア様やジーナ、帝国軍騎士はとっくの昔に帝都に帰還済だ。今頃は宮殿で美味しいものでも食べるか、お菓子と一緒にお茶を楽しんでいることだろう。壁の建設や街の復興に従事しているのは帝国民だが、周りの警備は王国騎士が担うという形になっている。

 僕は背中にルーチェとルフィーナをぶら下げて、街の中をウロウロする役職もない良くわからない人として認知されている。ルフィーナが回復魔法を惜しみなく使うお陰で、この街でも有名人であり、僕はルフィーナのお付きぐらいに思われているのかもしれない。

「ルフィーナさまー、ご飯食べて行かれませんかー。」

「今、行きますわー。」

 途中で、壁の建設に携わる人々に炊き出しをしている人達に(僕ではなく)ルフィーナが声を掛けられた。ルフィーナは僕から離れてそちらに走っていく。

 最前線だが、スローライフだ。


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「はぁーーーー。」

 あたしの隣でデイフィリア様が大きなため息をついている。顔色も優れないようだ。最もあたしも端から見れば同じようなものだろう。

 目の前で行われている会議では、新しく帝国宰相となった男とカブリーニ伯が火達磨になっている。帝国では皇帝が変わると政権の主だった人物も引退するのが常であり、王国での敗戦と皇太子死亡の責を取る必要もあり、宰相以下主要な人物は引退となった。新しく宰相となった男はいかにも小心者と言った風情で頼りない。カブリーニ伯は人が好過ぎて…といった感じだ。

 ルシエンテス奪還戦が成功したことで、一応帝国内の大勢は王国と協調することにまとまったのだが、問題は山積みなのだ。

「宰相、ポルタベジャが帝国からの独立を申し立てております。」

「宰相、キンタニジャが帝国からの独立を宣言し、過去の不当な占領に対する賠償を求めてきております。」

「宰相、旧ガルメンディアの民からの故国奪還の陳情が止まりません。」

「宰相、ヒスペルト将軍が敗走し、リバデネイラの街からの救援依頼が来ております。」

「カブリーニ卿、教国との交渉は進んでおるのですか。ご報告を願います。」

「宰相、新しい皇帝陛下はどなたなのでしょう。そろそろ教えて頂いても…」

「「「がやがやがや」」」

 複数人の発言が重なり、最早会議の体を成していない。ここ何日も同じ報告が繰り返され、宰相もカブリーニ伯も何も発言せず、時間になったら散会ということを繰り返している。

 あたしが何故こんな茶番を聞かされているのかわからない。ユーリは今頃ルーチェやルフィーナとのんびりよろしくやっているのだろう、と思うと余計にいらいらしてくる。

 今日も何も意味のない1日が終わりそうだ。


「ジーナ様にはユーリ様と共に、キンタニジャに行って頂きますわ。」

 会議後、疲れ果てて部屋に戻ろうとしたところを、デイフィリア様に呼び止められた。ここはデイフィリア様の私室だが、もちろん周りには護衛や侍女が待機しており2人きりというわけではない。

「教国との交渉は破談になっていなければよろしいですわ。あちらが色よい返事をするのを期待する程お人好しではありませんわ。

 リバデネイラの街は今更救援を送っても意味がありませんわ。

 ガルメンディアは時間をかけて説得するしかありません、言葉より行動でなければ説得はできないでしょう。時間をかける余裕があるとも言えますわ。

 ポルタベジャ、キンタニジャは時間をかければかける程、よくない方向に進みますわ。このままでは住民全員の死をもって対応しなければならなくなるかもしれません。そうなる前にユーリ様に対応をお願い致しますわ。」

 デイフィリア様はユーリが皇太子を討ったと、分かっているのだろう。何の肩書もないユーリを様付けだし。しかし、ユーリに対する信頼感が半端なく大きすぎる。ユーリは何かあたしの知らない秘密があるのだろうか?そういえば、クラウディア姫様も、ジョコンダ様もラウレッタ様もユーリ様って言ってるわね。エッダ叔母さんでさえ、ユーリ殿って言ってるし、タメ口なのはひょっとしてあたしだけ…?

「帝国内の話にあたしたちが出しゃばるのは、よろしくないのではないかと?」

「ポルタベジャ、キンタニジャは直接魔族の進攻を受けたところではありませんわ。魔族に対抗するために人の力を結集するために、我が父が切り従えた国になりますわ。王国が対魔族戦での盟主になろうとするならば、これらの国をどう御するのか示してくださいませ。」

「教えてください。なぜ、カブリーニ伯ではなく、ユーリなのでしょうか?」

 デイフィリア様は、何も答えてはくれず、ニッコリと笑みを浮かべるだけでした。

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