第38話 国王陛下と皇妃様のトップ会談+1です

 ここはダミアーニ帝国帝都グアルディオラ。流石にちょっとくどい。宮殿の限られた場所以外に出歩くことがないため、確認しないと自分がどこに居るのか分からなくなりそうだ。

 僕はこの世界に来て初めて1ケ月近くもの間、ダンジョンに入らず、魔物と戦わずにいる。もちろんレベルは上がっていない。碌な訓練もしていないのにレベルが下がっていないだけマシとも言えよう。

 3日前に英雄王の葬儀が執り行われた。英雄王あるいは皇太子の存在は帝国民一般には知れ渡ってはいなかった。召喚されて半年ほど、人前に出始めて3ケ月ほどしか経っていなかったらしい。帝国を上げて皇帝の葬儀を行ったばかりであり、英雄王の葬儀は、宮殿内だけで、それでも帝国内の重鎮が全て集められ厳かに執り行われた。


 そして今日、王都から国王陛下がここ帝都にやってきた。

「「勇者さまーー!」」

 僕の膝のうえを幼女2人が取り合っている…端から見れば微笑ましく見えるのかもしれないが、1人は帝国皇女マグダレナ=ダミアーニ、もう1人は王国王女デルフィーナ=クレスターニ。横で皇妃と国王陛下が見守って、いや見張っている。

 この場には、皇妃様、皇女様2人、国王陛下、王女様、僕しかいない。これだけ重要人物がいて護衛もメイドもいなくていいのか?


 僕が召喚された勇者であることを知っている人物だけに限ってくれたのだろう。皇妃様から勇者と呼ばれたときには肯定しなかったのに、デルフィーナ姫様は僕に会ったとたん勇者様と呼んでしまった…。

「勇者様、わざわざ人払いをした場を設けたのです。ここは隠しごとはなしでお願い致します。召喚者は召喚された方を認識することができます。それは他の召喚者により呼ばれた方も含まれます。マグダレナには勇者様が勇者様であることが分かるのです。」

「……分かり申した。ユーリ殿が我が国が召喚した勇者であることは認めよう。そのうえで、帝国皇妃殿下のお考えをお聞きしたい。」

 もともとデルフィーナ姫様は、英雄王が本物かどうか確かめるためにやって来たらしい。葬儀が既に終了しており、墓を暴くわけにもいかないので、折角遠路はるばるやってきたデルフィーナ姫様は出番なしである。

「皇室は勇者殿に従いますわ。しかし帝国民が全てそうとは限りません。」

 帝国には貴族はいない。皇帝の独裁である。独裁体制のトップが急に居なくなった場合に、残ったものを纏めるのは至難の業であろう。

「むぅ。」

「帝国民が求めるのは、勇者様が人類を率いて魔族を打ち倒すことですわ。」

「…王国は教国との争いは望んではおらん。」

「それでは最低限、勇者様が勇者様であることを明らかにして、帝位について頂くことが必要ですわ。」

「…ユーリ殿は?」

 僕はふるふると頭を振る。膝の上には小さい皇女と王女が仲良く座っている。

「では内戦ですわね。」

「…敵対勢力は、どうなっておるのか聞いてもよろしいかな?」

「明確な敵対勢力というのはおりません。帝都には騎士3000程がおり、これは皇室の味方ですわ。あとは魔族との前線に騎士10000、後方にはそれよりちょっと少ないくらいの騎士がおりますわ。これらはわたくしたちの方針次第ですわね。」

「…我が王国など取るに足らんというわけじゃな。」

 王国の戦力は元々騎士1000を越える程度だった。エウスターキオでの冒険者から騎士への勧誘その他で若干増えた分もあるが、デル・マストロ伯軍300が全滅したため、若干減ってしまっている。魔国への備えや国内治安維持もあるので、帝国に出兵できるのは半分にも満たないはずだ。25000の中では500がどちらについても影響力はない。

「必要なのは勇者様です。」

 皇妃はばっさりと切って捨てる。

「あのー、別に勇者が居なくても人類一丸となって魔国に対抗すればいいのではないでしょうか?」

 小声で発した僕の提案には、皇妃、国王陛下の2人共が渋い顔をした。

「勇者様はこの世界の神の教えをご存じでしょうか?」

 いやぁ~、食事の前や死者が出たときとか祈る人は見たけどあまり深くは考えたことがなかった。召喚される前もクリスマスも正月もお盆もハロウィンも何となく参加する日本人だったしね。

「この世界の神の教えは色々ありますが、端的に言うと”幸福を他者と共有しなさい”ということです。」

「自分が幸福と感じたなら、その幸福を周りの人に分け与えよ、ということじゃな。」

 なんかいい教えのように聞こえるが、今の話と何か関係があるのだろうか?

「それは、自分が幸福でなければ他人に分け与えることはない、に繋がりますわ。言葉を変えれば、自分が不幸になってまで他人を助けることはない、ということですわ。」

「さらに言えば、”自分が不幸なとき、その不幸を周りの人に分担して欲しい”というのは、神の教えに背くとも言えるのじゃ。」

「???」

 首を傾げる僕に対して国王陛下が説明して下さる。

「つまり、魔国と国境を接していない教国は、神の教えに従い、自国の民に影響が出ない範囲で王国への支援はしてくれるが、それ以上の介入はしないということじゃ。」


 おう!自国1stってことですね!


「それならいっそ、帝国民も王国民も皆、教国民になればいいのでは?」

 皇妃はため息をつきそうな感じで首を横に振る。

「教国は自分たちの手に負えなさそうな紛争を抱えた土地を併合することはありません。属国となっても教国民にはなれません。そもそも初代皇帝の国も教国の庇護下にありましたが、あっさりと見捨てられましたわ。」

「じゃ、じゃあ教国からもっと支援を貰って、戦いは王国と帝国で頑張る、というのは…」

 後半は小声になってしまった。我ながら酷い意見だと思う。

「支援は難しいじゃろう。王国の国力は教国の1/10じゃから、教国の余剰分の提供が非常に有難いが、教国と同規模の帝国に支援するとなれば教国民への影響が大きすぎる。」

「英雄王様のご活躍で幾つかの街を魔族より取り戻すことができましたが、それ以前はじりじりと魔族に勢力を広げられていました。帝国が人類結集のための戦いを続けていたのは、そうしなければ魔族に対抗できないからですわ。」

 あっさりと2人にダメだしされてしまった。この世界の神の教えは個人レベルでは”いい人”を量産しており素晴らしい教えだと思う。富める者はその余剰財を差し出し、不幸になった者も他人を逆恨みしないし、他人を引きずり下ろすような真似もしない。しかし国レベルになると難しそうだ。目の前に困っている人が居れば自分のパンを半分分け与える人でも、このテレビもネットも写真や電話もない世界で、この世のどこか遠くに餓死しそうな人がいるからあなたのパンを分けてくださいと言っても、一欠けらでも分けてくれる人は少ないだろう。帝国でも、魔族に故郷を奪われた人たちが居る地域は別にして、国全体で戦意を維持するのは大変なのだろう。

「うーん、王国は数百人の騎士で魔国に対抗できているんだから、帝国に10000人もいればなんとかならないんですか?あと、王国は魔国と言うのに帝国では魔国と言わないのは何か意味があるのでしょうか?」


 気になっていたことを聞いてみた。

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