第36話 戦闘終了の10日後

 ここはダミアーニ帝国帝都グアルディオラ。流石は帝都、王都とは比べ物にならない繁栄を見せている。王都では珍しい4階層以上の建物が立ち並び、石畳の道も綺麗に整備され、街には人が溢れている。皇帝の死は既に知らされているのか、あちこちに半旗が掲げられているが、人々の顔に悲壮感は見られず人生を謳歌しているようにさえ感じられる……そう思うのはあたしが自らの境遇と知らず対比してしまっているためだろうか。


 あたしたち、カブリーニ伯、ルーチェ、ルフィーナ、帝国宰相、少数の護衛、そして皇帝の遺体は、かなりの強行軍で帝都に到着した。帝都に正しい情報を伝えるためと、皇帝の遺体がまだ見られる姿を保っている間に皇妃との対面を済ませ、できる限りの防腐処理を施し、国葬に備える必要があったためである。後続の集団は皇帝の空の棺を帯同し、途中途中で大きな街に立ち寄ってくるため、1週間程あたしたちより遅れて帝都に到着予定だ。


「お待たせして済みません。」

 帝国の宰相が席に着き、あたしとカブリーニ伯は着座したまま会釈をする。一応こちらが勝者だ。

「申し訳ありませんが、皇妃様は本日は皇帝陛下と家族のみでお過ごしになられるとのご意向でございます。」

 あたしとカブリーニ伯は無言をもって、了承の意を示す。皇帝一家と云えども家族での最後の一時を邪魔されない権利はあるはずだ。

「私のほうから帝国の現状をご説明致したいと思います。帝都およびその周辺の軍は皇帝の遺言通り、英雄王を討たれた方に従う意向を示しております。辺境の若干の勢力は叛意があるようですが、これは問題になりません。しかし、大勢としては皇帝の遺言…というかそれを伝えた我らが信じられぬ、という状況になります。」

「…まあ、我らも進展の速さに戸惑っているところもある。仕方ありますまい。」

「恐れ入ります。」

「で、宰相殿の掌握されているのはどの程度になりますので?」

「司令官7名のうち、確実なのは王国方面、帝都守護の2名になります。ただし兵力としては騎士3000程度でしょうか。」

 騎士3000と言えば王国の総戦力の倍以上になる。王国の主戦力を結集したと思っていたデル・マストロ伯軍の10倍である。あたしは帝国のことを何も知らなかった…んだと思い知った。

「それで今後はどのように?」

「残る5名の司令官にも召集をかけております。明らかな翻意を示しているものはおりません。内1名は忠誠心厚く皇妃様のお言葉があれば。内2名は英雄王殿の戦を目の当たりにしておりますので、英雄王様が討たれたことが確実になれば、説得は可能かと。」

「英雄王殿のご遺体が必要というわけですな。」

 ああ、ユーリはどこに行ってしまったんだろう。英雄王の遺体なんか捨ててしまっていても構わない。ユーリさえ居てくれれば。

「あとの2名は良くも悪くも武人ですので……」

「どうでるか分からぬ、ということですな。」

「損得勘定をすれば、軍はそれを支えるシステムが無ければ成立しませんから彼らが我らに叛することはないでしょう。帝都と中央の官僚を我らが掌握している限り、彼らも自分たちだけでは立ちいかなくなることは理解しているはずです。しかし、彼らの部下が今まで命をかけて守ってきたものが蔑ろにされるようならば、勝算が無くとも立ち上がるものは少なくないでしょう。」

「王国と帝国が手を取り合い、魔国に立ち向かうと…いうのでは足りぬということですな。」

「失礼ながらその通りです。」

 新生帝国が従来通り、人類統一を目指すなら良し、そうでないなら無謀を承知で内戦も辞さないということだろう。

「……教国次第ということですかぁ」

 カブリーニ伯は大きなため息をついた。

「帝国には、故国を魔族に奪われた民が多い。極言すれば故国を取り戻してくれるなら帝国でも教国でも王国でも構わないということです。」

「我が国王陛下次第ということですな。」


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「一体、どうなっておるのじゃ!!」

 陛下に怒鳴られて、居並ぶ重鎮ならびにランディーニ子爵は縮こまってしまっている。ランディーニの戦いは信じられない魔法戦が行われるも双方被害なし、一騎打ちが行われ、帝国皇太子と名乗る者を王国親衛隊騎士が打ち取ったところで帝国が潰走したらしい。戦死1人でこの戦いは終結したらしい。その後、帝国が全面降伏を申し出てきたとのこと、ランディーニ遠征軍ではなく帝国全体の降伏だ。…理解不能だ。

 ランディーニ攻防戦から10日、ランディーニ子爵による一報以外には、デル・マストロ伯軍の騎士300および魔法使い30が壊滅したということ、デル・マストロ伯爵は戦死し、息子は動けないほどの大怪我を負っているということだけである。

 帝国の要人は全て皇帝の遺体に付きそうということで帝国に帰国中である。帝国の要人を帯同してこなかったのはランディーニ子爵の大きな落ち度である。本当に帝国は降伏するのか、本当に皇帝は死んだのか、本当に皇太子は英雄王だったのか、本当に知りたい情報が何一つ明らかにならない。

 外交・諜報を担当する担当する者たちからも噂以上の信憑性のある情報が何も上がってこない。

「国王陛下、恐れながら教国が会談を申し込んできております。」

 外務卿の発言に陛下の機嫌が一層悪くなる。

「そちのほうで良い様にあしらっておけ!」

「しかし、陛下に謁見したいと枢機卿自らがお越しになると…」

 今の状況だと、教国の要求を一方的に聞くだけの場になることは外務卿も分かっているだろう。帝国の降伏という情報が誤りであった場合、教国に見放されたら王国は立ちいかなくなる。といって帝国の降伏条件が不明な状況で教国の要求を聞いてしまえば帝国との休戦も無かったことになりかねない。

「儂がランディーニに向かう。そのまま帝国に行くことになるじゃろう。早急に用意致せ。」

「このような時に、陛下が王都を留守にするなどと…」

 陛下不在となれば、教国との交渉の矢面に立たされること必定の外務卿が異を唱えるが、陛下は考えを変えないようだ。

「余はここに居るより帝国と話をすべきじゃ、教国は宰相とそちで相手をしておくように。では準備があるので会議は終わりとする。」


 まだ、何か言いたそうな面々を置いて、陛下は私室に引き上げる、が、わたしはその後を追う。

「はぁーー。」

 陛下の私室にはボルゲーゼ公爵がお待ちであった。陛下の大きなため息を聞いて苦笑いを浮かべ、わたしに声をかけてくださった。

「親衛隊長、いや今は侍従頭だったか、エッダ殿も楽にするといい。」

 わたしは王都に帰還して侍従頭というよく分からない役職になった。侍従長は別におり、新設された侍従頭は決められた仕事がない。ただ陛下のお側に、ずっと侍ることが許されている。陛下と同じことを見聞きし、陛下に助言する役なのかと思うが、まだ一度も助言を求められたことはない。

「勇者殿が行方不明じゃ。」

「!!」

 陛下の言葉には虚を突かれた。ユーリ殿はなんとなく大丈夫だと思っていた。強くはないが、何故か勇者がピンチの姿が想像できない。印象に残らない姿形でオーラもないが、どんな事態でも飄々とやり過ごしてしまう気がしていた。ジーナの無事は確認していたが、てっきりユーリ殿も一緒だと思い込んでいた。

「皇太子を討った親衛隊員というのは勇者殿で間違いあるまい。」

 それはそんな気がしていた。

「心配せずとも勇者殿は無事じゃ。」

「??」

「不思議そうな顔をしておるの。デルフィーナがそう申しておる。召喚者と被召喚者は繋がっておるらしい。勇者殿に何かあればデルフィーナには分かるものらしいのじゃ。

 帝国にはデルフィーナを連れて行く。皇太子の遺体を見ればデルフィーナには英雄王かどうか見分けが付くであろう。

 もし本当に英雄王であれば、困ったことだが、起きてしまったことは仕方ない。」

 ここで、陛下は一旦言葉を切り、公爵とわたしを見て、こう言ったのだった。

「そこに居るボルゲーゼ公爵は既に隠居じゃ。

 ボルゲーゼ公爵を継いだエッダ=ボルゲーゼ公爵にはデル・マストロ伯の後任として軍総司令官を任命する。正式な任命式は余の出立前に行う。

 余の留守の間、王国は任せる。」

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