第35話 森で女の子を拾いました

「迷った…」

 何度この言葉を繰り返しただろう。森の中を彷徨い始めて2回目の夜となった。しとしとと雨が降る中、休まずに歩き続けているが、景色が一向に変わらない。

 この世界に来てから日中、雨だったことはない。日中はダンジョンに潜っていることが多いから知らないだけかもしれないが、夕方知らない間に地面が濡れていることもないので、日中は降らないのだろう。しかし夜は結構な頻度で雨が降る。雨で濡れた肩に担いだ荷物が重く感じられる…。

「雨宿りに良さそうな場所もなし。火種でもあれば湿った木を燃やせば誰か煙を見つけてくれそうなもんなんだけどなぁ。」

 もちろん火種なんか持ち歩いていない。乾いた休憩場所も見つけられず、ずっとウロウロとし続けているのだった。森と言っても雨が降りこまないほどの密度ではなく、雨も濡れるのが気持ち悪いが、我慢できなくはない、という絶妙の強さが続いている。

「あの大きな木は、ちょっとは雨除けになるかなぁ。やっぱり少しでも早くこの森を抜けた方がいいか。」

 黙っていると益々気が滅入るので、独り言が多い。

「………」

「人間?、女の子?幼女?…冷たい?」

 一本の木の下の洞の中に幼女が蹲っていた…。意識はない…。綺麗な軽鎧を着けているから、その辺の村人ではないだろう。

「何か拭くもの…ないか。」

 流石に遺体から団旗を剥ぐ気は起きない。

「急いで、この森をでよう。」

 少しでも身軽になるため、自分の鎧と女の子の鎧をその場に残し、女の子を抱え、肩に荷物を担ぎ、僕は走りだした。


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 次の日の昼頃、僕はやっとのことで森を抜けだした。森を出るとすぐ近くに村があった。

 その晩は村の家に一晩泊めてもらった。ランディーニまでは歩いて丸1日とのことで、僕はすぐにでも出発したかったが、女の子の衰弱が酷く雨の中を連れて歩くわけにもいかず、置いていくわけにもいかず、出発は明朝とした。

 お湯で体を洗い、温かい寝床で一晩寝た女の子はかなり顔色がよくなったように見えた。

「……」

「おはよう」

「……」

「僕はユーリ、君が森で雨にうたれていたから連れてきたんだ。」

「……」

「どこから来たの?名前は?」

「……」

 翌朝目覚めた女の子は何もしゃべってくれない。僕の服を握りしめて離さないので僕のことを嫌ったり、怖がったりしているわけではない…と思う。

「僕の言っていることはわかる?」

 フルフルと首を横に振る。

 …これは分かっているってことだよね。

 そのとき、くぅ~と女の子のお腹から可愛い音が聞こえた。

「はは、何か貰ってくるね。」

 女の子はキョトンとした顔で、僕の服を離そうとしてくれない。

「うーん、困ったなぁ。」


「……」

 女の子を抱えたまま移動し、女の子は今も僕の膝の上に座っている。目の前には家の人のご厚意であるパンとスープがあるが、女の子はじっと僕の方を見つめるだけだ。

「どうしたの?お腹空いているでしょう?」

「……」

 スープを匙にすくって口元まで持っていってみる…と飲んだ。続けてもう一口。雛鳥に餌をあげる親鳥の気分だ。パンを小さく千切ってスープに浸して…これは口に合わなかったようだ。なんとか飲み込んだもの、いやいやという顔をこちらに向ける。

 なんとかスープだけの食事を終えたあとも、女の子は僕にしがみついて離れない。全然喋らないし…びっくりした時に声をあげたりはするので声が出ないわけではない、何か用事があるときには僕のほうをじっと見るだけだ。

 意思疎通が…。森の中で最初に見つけたときには本当に小さく見えたのだが、落ち着いてみると、…7,8才くらい?笑顔がとても可愛い。明るい栗色の巻き毛で身長は120cm程。この世界は騎士や貴族は大柄だが、その他の人は日本人より小柄で子供の年が分かり難い。特徴的なのは翡翠色の瞳で、この世界でも見たことがなかった。

 じっと見られても、何を欲しているのか分からない…が一度失敗したあと、尿意の意志表示だけはなんとなく分かるようになった……。


 村人にお礼を言い、昼前に出発することにした。街道沿いに行けばランディーニまで迷わないだろうし…フラグでないはず…、走ればなんとか今日中には着くだろう。

 僕が遺体を運んでいることは分かっていただろうが、戦友の遺体だとでも思ってくれたのだろう。運びやすいように隊旗の上から梱包するのを手伝ってくれた。女の子を抱きかかえるための用具も頂き、流石にちょっと窮屈だが我慢してもらおう…


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 どういうわけか、僕は牢屋の中に居た。幸い?なことに僕にしがみついたまま眠っている女の子、大事に運んできた遺体と一緒だ。

 ランディーニには夕暮れに辿り着いたが、門衛に咎められた。流石に幼女を抱え死体らしき物を担いだ、一文無しは不審者と思われたらしい。村で濡れた服の代わりに貰ったぼろ服でカブリーニ伯爵に会わせろ、と言ったのもマズかった。

『村人は、やさしかったのに…』

 ジーナもカブリーニ伯爵もルーチェもルフィーナも既にこの街に居ないらしい。更にはエウスターキオから一緒に来た騎士も全員他の街に移動してしまったとのこと。領主様…ルーチェのパパが王都に戦勝報告に向かったらしいからそれに付いていったのだろう。

 ……僕の身元を保証してくれそうな人がいない。


 まあ、帝国軍はいなくなって、この街は無事みたいだし、温か…くはないが…食事もでるし、雨も凌げるので、誰か迎えに来てくれるまで待つしかないか。

 それまで、遺体の異臭がひどくならなければいいが……

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