第34話 戦闘終了~4日後

 今、あたしは酷い顔をしているだろう。あの日からほとんど眠れていない。馬車の中、側で眠りこけているルーチェとルフィーナが羨ましい。

 あたしは勝者として帝都に向かっているはずなのに罪人として引き立てられているような惨めな気持ちだ。ルーチェとルフィーナが一緒で凄く助かっている。でもユーリがここに居ない!ユーリが居ないだけでこんなに不安になるなんて…。



 4日前、ユーリは一騎打ちで勝利した。帝国軍は蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。何故かユーリも居なくなってしまった。

 普通一騎打ちで負けたとしても、その後通常の攻城戦となるはずだ。皇太子が死んだため撤退という可能性が無くはないが、帝国軍のそれは撤退ではなく、潰走だった。何が起きたのか理解できない。

 ユーリも何故か戻って来なかった。一人で帝国陣地に突撃したのだ。何があっても不思議ではない。帝国軍が去ったあと、捜索を全力で行ったが痕跡も見つけることはできなかった。あたしが、真っ先に探しに行きたかった!しかし親衛隊責任者として街に居なければならなかった。

 一睡もできずに過ごした翌日、白旗を持った帝国の軍使がやってきたのだった。

「このような場を設けて頂き感謝致す。」

 驚くことに、包帯だらけの老人は帝国宰相とのこと。他に内務大臣、大将軍、侍従長と帝国をお歴々の方々であった。カブリーニ伯とは面識があるようで、本人たちで間違いない。

「ダミアーニ帝国はクレスターニ王国に降伏致します、いや英雄王を討ち果たした英雄殿に降伏致します。」

『はあ?何言ってんのこのお爺さん??』

 こちらの代表であるカブリーニ伯も口をあんぐりと開けている。

「皇太子は、我が国が召喚に成功した英雄王様でした。我が君は英雄王様に帝国を委ねるおつもりでしたが…、実は我が君は此度の戦に同行なさっておいででした。しかし、昨日の混乱の中でお命を落とされました。我が君は事切れる最後に、”英雄王を討ち、英雄王を超えし英雄に帝国、いや人類の未来を託す”と。」

「ダミアーニ12世皇帝陛下がお亡くなりになられたと?」

 カブリーニ伯がやっとのことで声を絞りだした。

「はい、混乱のうちに幕舎が倒壊しその下敷きになったところに、馬たちの暴走が重なり、わたくしが御側に居りながら…、わたくしもご遺体を皇妃様にお届け次第忠節を全うする所存でございます。」

 侍従長と名乗った老人が、無念を隠さず、しかし穏やかな口調で、肯定した。

「ダミアーニ帝国は降伏致します。英雄王を討ちし英雄殿のご意思に従う所存でございます。それから英雄王様の亡骸の返還をお願いした存じ、お願い奉ります。」


 街で一番の宿を接収し、帝国の使節団には一旦お引き取りを願った。話が大きすぎる、しかも色々とマスすぎる。

「至急王都に使いを!」

「いや、カブリーニ伯が王都に向かわれるべきかと!」

「帝国は皇帝の遺体埋葬のため、明日にも帰国するとのことだ。当面の方針は我らで決めるしかなかろう!」

 喧々諤々とする中、カブリーニ伯が話だすと、静かになった。カブリーニ伯の声以外一切の音が消えたように感じる。

「ジーナ殿、ユーリ殿の捜索は引き続き行う。申し訳ないがジーナ殿には一緒に帝国に行ってもらわなければならない。」

「はい。」

 あたしの顔は真っ青だっただろう。

「それにしても英雄王を殺してしまうなんて。」

 誰かの言葉が耳に痛い。伝承が正しければ英雄王は人類の危機に召喚され、人類を救うとされている。そんな人がポックリ逝くなんておかしいのだが、将来人類が目に見える危機に直面した際、英雄王を殺した者は人類の敵と思われても仕方がない。

「それにしてもユーリって誰だ?」

 こちらの方があたしにとっては大問題だ。親衛隊隊旗は部隊の象徴であり隊長がそこに居るという標である。隊長が居ないのに隊旗を掲げたのは詐欺と言われても仕方ない。騎士が増えすぎたので第二親衛隊を作る話があり、そのために作った旗だった。本家が6枚羽の天馬に突撃槍6本に対し、2枚羽の天馬に突撃槍2本と違う旗なのだが、士気高揚のためにカブリーニ伯らが煽ったせいで、親衛隊本体の旗と間違われていたようだ。いやそれは言い訳でしかない。第二親衛隊は正式に発足していなかったのだがら、カブリーニ伯らに何を言われてもあの旗は出してはいけなかったのだ。あたしは栄光の親衛隊の名誉を地に落としてしまった…。

「親衛隊隊長はエッダ殿だったはずだが…」

「エッダ殿は親衛隊を解任されて侍従になったと聞いたが…」

 周りの言葉があたしの精神をガリガリと削る。ちょっと考えれば歴史ある親衛隊隊旗があんな綺麗なわけがない、と気づきそうなものなのに、あなたたちの目は節穴ですか!

 ユーリ、ユーリ、あなたがここに居てくれれば……


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「一体、どうなっておるのじゃ!!」

 それはわたしが聞きたいですよ。わたしは単騎エウスターキオから王都に戻り、王都駐在の騎士とエウスターキオから遅れてやってきた来た騎士をやっとのことで編成し終わったところだ。

 王都の騎士は200人、撃って出るなら半分は残しておかなければいけない。エウスターキオから引き抜いてきたものは150人、しかし半分は騎士見習い程度の実力しかない、残りも精鋭はジーナに付けたため、練度は高くない。撃って出るのは厳しいものがある。

 ランディーニでカブリーニ伯始め諸侯軍とジーナたちは遅くとも3日前には帝国軍と接敵したはずだ。早馬が王都に着いてもいいころだが音沙汰がない。デル・マストロ軍のように連絡を出す暇もなく壊滅してしまったのだろうか……。

「国王陛下、ジーナ親衛騎士隊隊長殿、帝国よりの使者がお待ちです。」

 しばらく公式な外交交渉が途絶えていた、帝国からの交渉団がやってきていた。何を言ってくるのだろう?この交渉の前に状況が分からないのは、陛下でなくても…イライラするのは…わかる。


「で、此度は何用じゃ?」

 貴族が居並ぶ謁見の間で陛下は、帝国からの来訪者と対面した。交渉ではなく、謁見してやるということで少しでもマウントポジションを取りたい意図が見え見えだ。あたしは護衛の1人として玉座の後ろに控えている。

「ダミアーニ帝国は英雄王の召喚に成功し、英雄王のご指導に従うことになりました。クレスターニ王国国王は速やかに英雄王の元に馳せ参じるように!

 これが英雄王様からの親書で御座います。今こそ人類の力を英雄王様の下に結集し魔族を討ち滅ぼさんと思し召しです。」

 陛下は手に持った錫杖を取り落とし、玉座から思わず立ち上がった。周りの貴族は一斉に喋り始めた、誰も止める者はいない……。

「英雄王。」

「英雄王、本物か?疑わしいのではないか?」

「英雄王ならデル・マストロ伯軍が手も足もでなかったのが納得できる。」

「この国はどうなるのだ?」


 パンパンと帝国の使者が手を鳴らした。王国の侍従が慌てて親書を受け取り陛下の横で親書を読み上げていく。普段は陛下にだけ聞こえるようにするのだが、今は声が上ずっており、所々聞こえてしまう。

「英雄王様は力を示す必要がある、とお考えでした。」

 デル・マストロ伯軍、およびカブリーニ伯始め諸侯軍とジーナたちは必要な犠牲だったと言いたいらしい。


 陛下が力なく玉座に腰を下ろした。ドサッという音が聞こえそうだ。不思議だがジーナの顔ではなく、ユーリ殿の笑顔が目に浮かぶ…あまり印象深い顔立ちでは無かったのに…、ランディーニにやったのは間違いだった。わたしが行くべきだった。兵の編成を任せられる者がいなかったためわたしが王都に戻ったのだが、帝国の進軍速度は速すぎた……。


 謁見の間の大きな扉が開き…あの扉はどうして音がしないのだろう…

「申し上げます!!」

 居並ぶ貴族たちも衛兵も、この非礼を止める気力もないようだ……

「只今、ランディーニより早馬到着!!」

「ランディーニにて帝国と交戦、これを潰走せしめり!!我が軍大勝利とのことです!!」

「……」

 居並ぶ者たちは、誰も声を発しない。不安になったのか、報告に来た者は

「繰り返します!!我が軍大勝利です!!

 親衛隊隊長殿が、帝国総大将を打ち取られた、とのことです!!」

 貴族たち、国王陛下が一斉にこちらを見た……。

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