第25話 上手く行かないこともあります

「疲れているところ、すまないが話を聞かせてもらえないかな?」

 場所はリザンドロさんに提供された屋敷のリビング、話を切り出したのはリザンドロさん、聞かれているのはルナエソーレのナタリアさん、同席しているのは僕、ジーナ、ラウレッタ様。ルエナソーレのカストはルフィーナに回復魔法をかけてもらい、命は取り留めたが意識は戻らず別室で寝かされている。ノエミは大きな外傷は無かったが疲労困憊だったようで、これもまた別室でお休み中だ。

「話は、ダンジョンの中でサブマスにした通りさ。」

「すまないが、もう一度お願いできないかな。私としても直接当事者から話を聞きたいし、落ち着いて聞けば何か新しい発見があるかもしれない。気分がいい話ではないのは分かっているが敢えてお願いしたいかな。」

「…分かったよ。あたしらは50階層を目指して探索を行っていた。今回は1年ぶりのアタックということで、50階層までのマップ確認を優先させる予定だった。40階層までは、前に入ったときとあまり変わらず、予定通りに到達することができた。ただ41階層ではかなり違和感があったのさ。」

「違和感?」

「41階層はもともと罠だらけだが、魔物はほとんどいなかった。だから休憩を十分に取りながら慎重に進むことができたのさ。だが今回は魔物の数がやたら多く、まあ強さは変わってなかったから対処は可能だったんだが、時間はかかるし、疲労は溜まるしで、ちょっと良くないなって思い始めたのさ。」

「そこで戻ろうという話にはならなかった?」

「そこで戻れば大赤字だからね。まあでも50階層まで行くのは難しいなとは皆薄々思っていたはずさ。…で、42階層にも魔物がわんさか居たんだけど、そこで出ちゃったんだよ。」

「でちゃった?」

「そう、風の魔石がドロップしたんだよ、それも2回連続で。それで、ちょっとブラッドファング狩りをしてみようということになったのさ。それがあれよあれよという間に風の魔石が5個になり、1日ブラッドファング狩りを続けて今回の探索は終わりにしようということになったのさ。」

 多分、風の魔石10個で赤字脱出で、それ以上採取できれば儲けになる、ぐらいの計算だっただろう。

「で、なぜ広間で戦う羽目に?ブラッドファングが走り回れる空間に囲まれる状況が不味いことは私でもわかるな。」

「…もちろんそんなこと言われなくてもわかってたさ。」

「ならどうして?」

「…あたしたちは広間に通じる通路で待ち構えて広間側から迷い込んでくるブラッドファングを狩っていたんだよ。戦いやすそうなちょっと広めの通路にね。」

 ルエナソーレは主戦力としてタンク役3人、槍持ち3人、遊撃役の剣使い1人と斥候のナタリアさんという構成だったらしい。タンク役3人が並びそのすぐ後ろに槍持ちが控えるというのが基本陣形だった。魔法使いも弓使いもほとんどいないので、このような戦力構成のパーティは一般的だ。なおタンク役と槍での攻撃役を1人で熟せるようであれば、騎士団からスカウトされ、晴れて騎士となれるということである。

「狩りは順調だったんだが……、後ろから来たブラッドファングにビビっちまった荷物持ちが広間のほうに逃げ出してしまい…助けに行ったあたしたちも広間で囲まれて…あとはご存じの通りさ。」

「後ろから来たブラッドファングは?」

「そいつらは、後ろを守っていたあたしとラニエロが問題なく倒したさ。荷物持ちの野郎どもは威嚇の吠え声だけで…」

「荷物持ちとは以前から一緒に仕事を?」

「いや、今回初めて組んだ奴等だった。」

「…ありがとう、何かあれば呼び出すかもしれないから連絡はつくようにしておいてくれ。」


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 ナタリアさんが退出した後、残された4人はしばらく無言だった。

「急ぎすぎたのかな。」

 リザンドロさんがぽつりと言った。冒険者ギルドマスターとなって初めての大仕事、というかこれを成功させるためにギルドマスターになったと言ってもおかしくない仕事が大きく躓いたのだ。

「人が居なさすぎだよ。冒険者8人はまだギリギリだったとしても荷運び2人は少なすぎだ。冒険者自身が大荷物を背負っていたに違いない。」

 と言うのは、結局エッダさんにサブマスを押し付けられ、最近カリカリしているジーナ。冒険者はダンジョン内で着の身着のままだしテント等も持ち込まないが、食料と水だけでもかなりの荷物となるため、今回予定されていた10日程度の日程の場合、冒険者と同数程度の荷運び人を用意するのが普通らしい。

「荷運び人の不足は30階層までの物資運搬でも頭の痛い問題だな。こちらで目ぼしい者達を抑えてしまったのが不味かったのかな。」

「リスク管理は自己責任だ。そこまで面倒見切れない。」

「と言っても、この街のトップ3のパーティの1つが壊滅したんだ。何かしら対応は必要だろうな。」

「あとの2つのパーティはどうなっているのですか?」

「分からん、予定だとあと1週間くらいは出て来なくも不思議ではないな。」

 ダンジョンに潜る冒険者は一応届出を出すことになっているが、パーティ名と探索開始日だけしか届出をしなくてもよい。戻って来たときにも報告をすることになっているので、届出が出っぱなしになっているものはダンジョン内で亡くなったという見分けに使われているだけである。大人数やベテランパーティは届出の提出時に受付で雑談したりするので、人数や目的地、日程がギルド職員内で共有されることもあるそうだ。

「他の街から冒険者がやってくることは?」

「…期待薄ですな。」

 まあ、何もなしに冒険者が集まってくるようだったら、もともと一時閉鎖って状況に陥らないよね。

「31階層以降に潜るパーティが2組だと?」

「……なかなか厳しいですな。」

「なら騎士団に31階層以降の探索をお願いする?」

「婿殿、騎士はケチ、あっ、いえしっかり者ですな。安定した生活を望む者が騎士になりますな。冒険者は稼げば街で散財してくれますな。20階層を超えた冒険者たちが街の景気を左右しているとも言えますな。40階層手前を狩場にする冒険者が一人当たりだと一番街の経済に貢献してくれますな。50階層を超える者は、よい装備、豪邸、貴族との社交とこの街ではなく、王都あるいは国外で金を使いますな。」

「なら、別にこのままでもよいのでは?」

「婿殿、冒険者は命がけですな。夢を見なければやっていけませぬな。平均の10倍稼いで羽振りが良い人は目標にはなっても、それだけですな。1回のダンジョンアタックで平均年収の100倍いや1000倍の、それこそ夢を掴むには50階層を超えねばならぬのですな。」

 命をかけさせるには、夢を見させることも必要ってことですか……

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