第24話 下層の迷宮は危険です

 ダンジョンは30階層までは魔物のでる洞窟だが、31階層から下は迷宮となる。迷路のような細い通路を罠を解除しながら進まなければならない。知らない間に道順が変化することもあるし、予期せぬ強い魔物に囲まれることもある。ただし普通にでてくる魔物はそこまで強くない。

 僕とジーナは”古のダンジョン”42階層に居た。

 まだ帝国も皇国も建国前とある大国の皇帝が101階層に達したとの話が残されているが、確実な記録が残る到達階層は79階層。50階層より下はほとんど人が立ち入っていないため、お宝が期待できるとジーナに連れられて下層を目指している。

 足元が沈み込む感覚があり、左右の壁から尖った岩が何本も飛び出てきた。

 曲がり角を曲がると、岩の槍が何本も前から飛んできた。

 壁を触ると、何か霧のようなガスがでてきて一時的に視界を奪われた。

 40階層を過ぎてから、罠の数が増えた。

「ガルルーー」

 飛び込んできたオオカミ型の魔物をバックステップで避けるとさっきまで僕が居た場所に岩が落ちてきて魔物を押しつぶした。

「ラッキー!」

「何言っているのよ!ユーリさっきから罠にかかり過ぎじゃないの!狙ってるの!真面目にやってよ!」

 後ろからジーナの怒鳴り声が聞こえる。40階層までは機嫌よく一緒にやって来たのだが、罠に引っかかるたびに2人の距離は離れていき、今は怒鳴らないと会話ができないくらい離れてしまった。

「あれ?」

 さっきのオオカミ型の魔物が消えた後には、見慣れないキラキラ光る魔石が落ちていた。

「ユーリ、さっきから何をやっているの!?あたしはユーリと違って暇じゃないんだから……って、それ風の魔石じゃない!」

 前に進もうとしない僕に業を煮やしたのかジーナが僕の側までやってきて僕の手元を覗き込んでそう言った。

「風の魔石?」

「ユーリは本当に何も知らないのね。属性のついた魔石はダンジョン下層の魔物が稀に落とすレアドロップね。無属性の魔石の10倍以上の値が付くわよ。ウィンドレイピアの修理とメンテナンスで、今風の魔石は品不足だからこの大きさでも50万ベルくらいにはなるんじゃない。」

 50万ベル…50万円と思えば大金だけど、ここまで来るのも大変だしレアドロップでこの値段ということは冒険者って実はそんなに儲からないのでは?

「なんだそんなものか、って顔してるわね。まあ本当のお宝は50階層を越えないと出てこないと言われているしね。41~49階層は罠ばかり多いから人気がないのよね。その代り50階層以降を探索している冒険者は本当のプロと言えるわね。」

「今は3パーティが50階層を目指しているんだったよね?」

「そうよ、50階層に到達できればほぼ1年ぶりになるけど彼らなら……、ちょっと待って何か聞こえない?」

「……」

「……っ」

「人の叫び声か?」

「行ってみましょう。ただし慎重にね。」


 ジーナが先に立ち慎重に罠を回避しながら声がしたと思われる方向に進んだところ、……目に入ったものは……


「ガルルーー」「ギャオ、ギャオ、ギャオ」「ガウ、ガウ、ガウ」

 ちょっとした広間の中で40匹程度のオオカミ型の魔物と戦う5人の冒険者だった。

「ちくしょうー!…ぎゃあー!」

 見ている前で盾を振り回していた男の足に1匹の魔物が噛みつき男が体勢を崩すと複数の魔物が男に飛び掛かり、あっと言う間に男の姿は魔物に埋もれて見えなくなってしまった。

「リーダー!」

 男がせき止めていた魔物が残った冒険者に殺到する。

『マズい!』

「こっちだ!」

 僕が飛び出すと同時にジーナが声を上げた。こちらに気付いた3人がジリジリと後退を始めるが、こちらに気を取られた1人は叫び声をあげる間もなく魔物に埋もれて見えなくなってしまった。

「キャウーン」「ギャウ、ギャウ」

 僕は残り3人に群がろうとする魔物に剣を振う。向こうから来てくれれば楽なのだが、流石にそう上手くはいかず4匹を切り伏せたところで、魔物は剣の間合いの外で唸り声をあげるだけになってしまった。

 3人を庇いながらジーナのところまで後退する。ジーナは通路の狭いところで3匹以上を一度に相手にしないように上手く立ち回っていたが、僕がジーナのところまで戻ると魔物はジーナへの攻撃を止め、通路の中と広間に別れて睨み合う形になった。

「大丈夫…ではないと思うが、どうだ?」

「助けてくれて済まない…だが俺はもうダメだ…」

 片手剣とスモールシールドを持ったまだ若い男は腕とわき腹を噛まれていた。特にわき腹は金属製の胴巻きを装備していたにも係わらず、それに穴が空き下衣が真っ赤に染まっていた。

「応急処置はできるな。」

「はっ、はい。」

 背負っていた荷物から救急セットをだして、真っ青な顔で立ち竦んでいるまだ20才前の少女に渡す。

 もう1人は20代真ん中くらいの女性で、全身傷だらけにも関わらず果敢にもジーナと並び魔物と睨み合いを続けていた。しかし得物は大型のナイフでかなり危なっかしい。

「で、どうする?」

 僕はその女性の隣に並び魔物に剣を向けながら聞いた。

「どうする、とは?」

「まだ間に合うかもしれないぞ。」

 僕が剣で指し示した先には、後退する際に脱落した男とリーダーと呼ばれた男が転がっている。ダンジョン内では魔物は死ぬと死体は消えて魔石が残るが人は死んでもすぐに消えるようなことはない。目の前にあるものが、まだ生きた人間か既に骸となっているのか、この距離では判別できない。指先が動いているような気がしないでもない。

「いや、もう無理だ。この状況では確実に生きているものを優先すべきだ。」

「…わかった、では後ろが止血できたら、撤退だ。」


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「はあ、はあ、あんたたちは何者だい?」

「人のことを聞く前に、自分が名乗るべきじゃない。第一あたしの顔を知らないなんて、ルナエソーレも噂倒れだったかしらね。」

「うっ、そんなこと……、いやこの状況では何を言われても仕方ないね。色々済まない、あたしはルナエソーレのナタリア、あっちでへばっているのはノエミ、背負ってもらっているのはカストだ。改めて助けてもらってありがとう。」

「あたしはジーナ、ルナエソーレは8人パーティだったと思うのだけれど、残りのメンバーはやはり?」

「くっ、そうだ今回は荷運び2人を加え、10人だったが7人はあそこで…」

「そう、何故あんな広間に居たの?まあ何となく察しはつくけど。」

「助けてくれたのは感謝するが、あんたに説明しなくちゃならない道理はないだろう。」

「失敗を認めるのは辛いでしょうけど、あたしには聞く義務があるの。ノエミの休憩が終わるまでの時間に必要なことは喋ってもらうわ。」

「なぜ、あんたに?…いや、ジーナといったか、あんたが噂の新しいサブマスか!」

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