第15話 カルヴィーノ伯爵家にもお世話になります

「いやあ、ユーリ殿も偶には息抜きしたいときもあるでしょう。新街のほうでは色々姫様の目を気になることもあるでしょうし、旧街のほうにもお気軽にお越しいただければと思いましてな。」

 目の前で喋っているのは、カルヴィーノ伯の弟のリザンドロ。エウスターキオで手広く商売をやっていて、街の実力者らしい。なお家の継承権は放棄しており、身分は平民だ。

「新街のほうも賑わってきましたが、まだまだ旧街のほうも負けておりませんからな、特に夜のほうは…いやいやこんな魅力的なお嬢様方がいらっしゃる方には無用でしたかな。ははは。」

 新街は繁華街は賑わっているが、歓楽街は何故か閑古鳥が鳴いているらしい。まあ、ダンジョンと宿舎である姫様の屋敷、エッダさんの執務場所以外はほとんど知らないのだが。

「このお菓子美味しいですわ~。」

「……あの…おかわりをお願いします…です。」

「……」

 この場所に居るのは僕とリザンドロさん以外に、ラウレッタ様、ルフィーナ、ルーチェ、ジーナ。護衛もメイドさんも部屋の中にはいない。

 ジーナもいつもは着ないドレス姿だ。今日ダンジョンからでたところで、案内だという人につかまりここまで連れて来られたので、多分借り物だろうがよく似合っている。

「こちらの御菓子も新作ですのよ。」

「「頂きますわ~!」」

 ラウレッタ様自ら、お茶を淹れお菓子を配っている。失礼だが貴族っぽくない。姫様なんて、どうやってあの体型を維持できているのか不思議なくらい部屋の中では動かない。

 子供たち(1人は18才)は御菓子ですっかり懐柔されている。ジーナは固い表情で一言も発しないし微動だにしない、ちょっと怖い。

「この家はご自由にお使いくだされ。この本館には基本掃除以外には人の目がないようにしております。人が必要な場合には門のところの別棟に居るものに言って下され。もちろん、ルフィーナ様、ルーチェ様、ジーナ殿のお部屋も用意して御座いますよ。」

「もちろん、お菓子も用意しておりますわよ、毎日新作は難しいですが、我が家のパティシエと商会の総力を挙げて美味しいものを準備しておりますわよ。」

「「楽しみですわ~!」」

「リザンドロさん、ご厚意は有難いのですが、なぜ僕たちにこんなにしてくださるのでしょうか?」

「わたしも家を出た身とはいえ、ラウレッタはかわいい姪ですからな。その姪のいい人ともなればこのくらい当然ですな。」

「叔父様!ユーリ様はクラウディア姫様の」

「まあ、ちょっと素直でないところもありますが、女性はそんなところも可愛いもんですな。ユーリ殿もそのうちお判りになりますですな。

 ユーリ殿の周りには女性ばかりで、男として女性には言い難いこともあるでしょうから、何でもわたしどもにお言いつけ下さいな。街で何かありましたら我がカルバン商会の名を出してくだされば悪いようにならないよう手配しておりますですな。」

 確かに、健康な男子として1人の時間も大事だ。この世界に来てから1人になれるのはダンジョン下層に行くときだけだ。トイレにも誰かついて来るし、寝室には気にしないようにしているが、護衛の鎧が最低3体いつも鎮座している。扉の外にでてくれるようにお願いしたこともあるが、交渉の余地も無かった。

 御菓子に満足したのか、うつらうつらしている2人はいいとして、彫像のようになっているジーナの様子を伺う。

「そうそう、我が商会ではこんなものも扱っておりましてな。」

 リザンドロさんは部屋の隅のテーブルから1本の大型ナイフを持ってきてケースから抜き僕たちの前に置いた。

「綺麗な、何となく透明感のある不思議なナイフですね。これは?」

「これはですな、マジックショットナイフと呼ばれているものですな。」

「っ…」

 ジーナが声にならない声を上げ、ギギギと音がしそうな動きでこちらを見た。瞳だけ動かして僕とテーブルに置かれたナイフを交互に見ている。

「すいません。どういうものかお聞きしても。」

「マジックショットナイフは魔法使いの魔法を刃身に貯めて、斬撃として打ち出すことができる武器ですな。もちろんナイフなので、威力は大したことありませんし、貯めた魔法が無くなれば、次に使う時には魔法使いに貯めてもらう必要がありますな。姫様のウィンドレイピアに比べればおもちゃみたいなもんですな。」

 横でジーナが壊れた人形のように首を振っている。

「それで、これは?」

「もちろん、ユーリ殿に使って頂きたいと思いましてですな。」

「ルーチェの武器としてということですか?」

「いえいえ、素人が斬撃を出せても的に当てることは難しいですな。使われるなら、ユーリ殿……か、ジーナ殿がよろしいかと思いますな。」

 自分の名がでたとたん、隣でジーナの身体がビクンと跳ねる。よくわからないが、ジーナにとってこのナイフは凄いお宝のようだ。

「貴重な物だと思いますが、武器として使ってしまうと壊れてしまうかもしれませんし…」

 隣でジーナががっくりと項垂れる。

「飾っておいてもナイフも喜びませんですわな。我が家に魔法使いはおりませんし、宝の持ち腐れですな。是非ともお役立て頂ければと思いますな。

 ああ、ただナイフとしては脆いですから、斬撃を飛ばす以外の使い方はしないほうがよいと思いますな。材料が用意できれば修理できるかもしれませんが、壊れないに越したことはないですな。」

 姫様がウィンドレイピアでゴーレムに切りかかったのはやはり間違いだったらしい。」

「色々とありがとうございます。」

 僕がお礼を言うとジーナが、はっと姿勢を正す。ジーナも無事懐柔されたようだ。

 しかし、確認しておかなければいけないことがある。

「ところで、姫様とジョコンダ様には?」

「もちろん、クラウディア姫様、ジョコンダ様、それからエッダ様にもお伝えしてますですわよ。我が家はクラウディア姫様ともカブリーニ家とも仲良くしたいと思っておりますですわよ。」

 …勝手なことして、と怒られる心配はないらしい。

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