第11話 宇佐美という男

…よし、行くぞ!


と気合いを入れて一歩踏み出そうとしたら、誰かに膝カックンされて盛大に前から地面に突っ込んだ。


「ってぇな!何すんだよ!…なんだお前か」


振り返ったら蘭がいた。


「おはよ、晴琉くん」


そう言って先に教室に入っていく。


「ちょ、待てよおい!」


と俺も追いかける。地面にぶつけた顔面がまだヒリヒリしてらぁ。


教室に入ったら、流石に皆チラチラと俺の方を見てきやがる。ちょっと不快だな。


俺は席についた蘭に自分の席の位置を聞くと、ちょうど右隣の席だった。


机は埃も被らず、綺麗な状態を維持している。きっと毎日誰かが掃除してくれてたんだろ。引き出しの中には、俺が入院前に置いていったであろう教科書達が眠っていた。


「ねぇ、晴琉くん」


「なんだよ」


「今日、一緒に帰ろ」


「まぁいいけど。お前、俺と帰り道一緒なのか?」


「私の家、晴琉くんの最寄りから更に行ったところだから」


どうやら蘭は1時間以上かけてこの学校に通ってるらしい。よくやるよな。


チャイムが鳴ると生徒がきちんと席について、ホームルームが始まる。周りを見回すと、女子はそこそこ可愛い子がいるが、男子は角刈りメガネの冴えない奴が多い。どうやらこのクラス、真面目くんが多いらしいな。


髪型がチャラけた俺が、明らかに浮いてる。


まぁこの髪型気に入ってるから、別に変えたりしないけど。


担任の先生は教室に入ってくるなり、いきなり俺が復帰した事を報告しだした。


「えー、今日から山岡が学校生活に復帰する事になった。それに伴い、皆に伝えておかねばならん事がある。山岡には過去の記憶がない。そのため、学校生活でもわからん事が多々ある事だろう。山岡が困っていたら、皆で助けてやってくれ」


偉そうな先生だな。ってか記憶喪失の事、俺に断りもなく勝手に言うんじゃねぇよ。


俺の記憶喪失という事実に驚いたのか、辺りが少しざわつく。


「俺は助けてやんねぇけどなぁ!」


後ろの方でデケェ声がした。


窓際の角の席。後方の席だったから気付かなかったけど、明らかに他の奴らと違うタイプの奴がそこに座っていた。


系統的には、俺と近いかもな。制服を着崩し、髪はワックスでツンツンに立ち上げ、ガムをクチャクチャさせながら踏ん反り返って座っている。目つきも悪りぃし、こりゃ確実にヤンキーだな。


「宇佐美、どうしてお前はそういう…」


「先生も知ってんだろ?俺がなんでコイツのこと嫌いか」


「それは過去のことだろ。今の山岡には関係ない」


「そうかい」


宇佐美とかいうソイツは、いきなり自分の机を蹴っ飛ばして俺の方に近付いてきた。


俺の胸ぐらを掴み、無理矢理俺を席から立たせる。


「俺は忘れねぇからな」


「へっ。なんだか知らねぇが、相当ねちっこい奴だってことはわかったぜ」


「このっ…!!!」


俺を殴ろうと振りかぶった宇佐美の右腕を、先生が止める。後からわかったんだが、この先生、柔道部の顧問らしい。


「やめろ」


軽々と俺と宇佐美の間に割って入る。


宇佐美は舌打ちした後、自分の席に戻った。




授業中や休み時間中は、宇佐美は特に何もしてこなかった。担任にキレられる事にビビってんのか?意外にお利口さんなのかもな。




昼食は蘭と屋上で食べる事に。


屋上には人工芝やベンチがあって、とても良い眺めだった。カップルと思わしき奴らがいっぱいいる。


「おい、ここってなんか気まずくね?カップルばっかだぞ」


「いいじゃん、私達もカップルでしょ?」


「いや、そりゃそうなんだが…」


「ほら、いくよ!」


蘭は俺の手を引いて屋上内に入っていく。


「お、おい!」


毎度、手を引っ張る力が強いんだよ。


空いてるベンチに座って、母さんが持たせてくれた弁当箱を開けると、これまた綺麗に詰められたおかず達が俺を出迎える。


俺はそれを片っ端からガッつく様に口に運んだ。


「大丈夫?」


蘭は少し腫れた俺の左手の甲を見てそう言った。宇佐美に胸ぐら掴まれた時に、机にぶつけたらしい。


「あぁ、これくらいどうって事ねぇよ。あざになっただけだ」


「ならいいけど…」


「それより、あの宇佐美って奴は何者なんだ?昔の俺に因縁があるみたいだったけどよ」


「私もよくわからないんだけど、宇佐美くんは晴琉くんと同じ陸上部だったの。高校1年の5月だったかな、例の暴力事件があって…、宇佐美くんも事件の当事者だったみたいだけど、松葉杖ついて、結構な怪我してた。その後部活もやめちゃったみたい」


「なるほど、アイツが暴力事件の…」


「ごめんね、それくらいしかわからない」


予想はしてたけど、やっぱりそうだったか。


俺はスマホを取り出し、時間を確認した。


よし、まだ昼休みは15分残ってるな。


「蘭、1年の教室ってどこにあるかわかるか?」


「1年の教室?それならそこに見えるB棟の2階だけど…」


蘭は俺達がいるA棟より少し低い、隣の棟を指指した。


俺はすぐさま弁当を片付け、立ち上がった。


「悪りぃ、蘭。俺ちょっと用事思い出したから、先に教室帰っててくれ」


今まで、別に暴力事件の細かい内容まで知ろうとしてなかったが、相手が同じクラスだってんなら話は別だ。これからの俺のクラス内の立場に関わる。


二宮に会いに行こう。俺の知り合いで暴力事件の全容を知ってるのはアイツしかいない。


俺は蘭をおいて、B棟に向かった。






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