第9話 病院生活の終わり

「うん、病院生活は今日までで大丈夫だよ」


先生からそう診断を受けた時、俺は今にも飛び跳ねそうになりながら喜びを噛み締めた。


今日は5月27日。結局意識を取り戻してから、なんだかんだ1ヶ月近く病院生活を送ってた事になる。


もちろん、退院してからも通院はしなきゃいけない。だるいけどしょうがねぇ。


明日から家に帰るのか。両親は3日に1回くらい見舞いに来てくれてたけど、明日はちゃんと迎えに来てくれるだろうか。何せ、俺は家の場所がわからん。


学校生活もすぐに始まる。


結局この約1ヶ月の間、両親以外で見舞いに来てくれたのは、篠原、二宮、冨田、蘭の4人と、担任の先生くらい。


いかに俺には友達がいなかったか、身にしみてわかった。まぁ暴力事件を起こす様な奴に、誰も近寄りたくねぇよな。


なんだか学校に行くのも少し億劫おっくうになってきた。



病室に戻ると、冨田がいた。見舞いに来てくれるのは2回目だ。冨田は他の3人ほど頻繁に見舞いに来てくれるわけではなかった。


「よっ」


男子みたいなノリの挨拶だな。


「あぁ、冨田。久しぶり」


「具合はどう?」


「明日、退院できるってさ。学校へ行くのは明後日からかな」


俺は冨田を通り越してベッドにダイブする。


「そうなんだ!よかったね、退院できて!」


「あぁ、学校で会ったらよろしく。ってか同級生なの?」


「うん、同級生。あ、でも学校では会えないかも」


「なんで?」


「晴琉…いや、山岡くんと私、学校違うから」


ん?今名前で呼んだ?まぁいいや。


そういえば、制服が篠原や二宮とは違う。似たようなデザインだったから気付かなかった。


「そうだったのか。じゃあ退院したら中々会わないかもな」


「うん、そうだね…」


冨田は悲しげな顔で窓の外を見る。


「あ、そうだ!記憶は?何かまた新しい夢、見た?」


「それがあれから1度も見てないんだ。記憶も戻ってない。どうやら俺の脳みそは、やる気を無くしたらしい」


「んー、やっぱ新しい刺激が必要なんじゃないかな?学校生活に戻れば、また何か思い出すかも」


「そうだな。てか、この間はすぐに帰っちまって聞きそびれたけど、お前の事いろいろ教えてくれよ。なんも知らねぇからよ」


「えー、どうしよっかな」


冨田は急に意地悪な表情になる。


「なんで勿体ぶるんだよ」


「私の事は、蘭ちゃんに聞きなよ」


蘭に会ってること、知ってたのか。まぁ友達だったら当然か。


「冨田に聞いた方が早いだろ?」


「そういうの、自分の口で説明するのってなんか恥ずかしいの」


「どこが恥ずかしいんだか」


これ以上追求すると流石にしつこいかと思ったから、この辺でこの話はやめにした。結局、冨田が帰ると言い出すまで、昔の事は何も話さず、わかった事といえば別の高校に通ってる事くらいだった。


今度、蘭に聞いてみよ。


「あ、そうだ」


俺は母さんが昨日新しく購入してくれたスマホに手を伸ばす。ちなみに、事故前に持っていたスマホはバキバキに壊れて、データも全て消えていたらしい。


「連絡先、教えてくれよ」


「あぁ…うん、いいよ」


冨田はスクールバックの中から自分のスマホを取り出す。


俺は冨田のQRコードを読み取った。


「ありがとな。初めて両親以外で連絡先が追加されたわ」


「そうなんだ…、あ!ちょっと待って!!」


冨田がいきなり俺のスマホを取り上げた。


「おい、何すんだよ。返せよ」


冨田は何やら俺のスマホを少しいじった様だった。すぐに俺に返してくれたけど。


「何したんだよ」


「QRコードの連絡先、番号がちょっと間違ってたから直しといたの」


なんだか怪しいが、まぁいっか。すぐに返してくれたし。


「私が1番最初で、よかったの?」


一瞬、蘭の嫉妬する顔が少し思い浮かんだが、言わなきゃ大丈夫だろ。


「あぁ、いいんだ。お前の事、もっと知りたいしな」


「だから、蘭ちゃんに聞きなってば」


と言いつつ、冨田は少し嬉しそうな表情を見せた。


「何ニヤついてんだよ」


「別にぃ?」




冨田が帰ってから、再びスマホに手を伸ばす。


退院が決まったら連絡する様にと、二宮から何回も言われ、番号を記したメモまで渡されている。かったりぃぜ。


えーっと、080…


二宮は2コール目が鳴り終わるまでに電話に出た。この辺は流石マネージャーといったところか。


「はい、二宮ですけど」


流石に登録されていない連絡先なだけあって、少し警戒してるようだな。


少しおちょくってやるか。


「もしもし、オレオレ!オレだけど」


「今時オレオレ詐欺なんて流行りませんよ、しかもJ K相手に。では…」


「うそうそ、俺だよ、山岡晴琉だよ!」


「山岡さん!?…もう!からかわないでもらって良いですか?」


「ごめんごめん」


「いよいよ退院ですか?」


「あぁ、明日だ。リハビリも順調で、少しぎこちないけど、松葉杖無しで歩くくらいなら問題ねぇ。明後日から登校するよ」


「そうですか、よかった!では、顧問の先生にはそのように伝えておきますね!」


「…なぁ、二宮」


「どうしました?」


「俺、みんなに受け入れてもらえると思うか?」


「…どうしてです?」


「俺、部内で暴力事件起こしたんだろ?そんな奴が、1ヶ月も部から姿消して、もう1回戻ってくるって、大丈夫なのか?」


「どうしてその事…」


そういえばこの話、二宮にするのは初めてだった。


「思い出した」


篠原から聞いたと言えば、篠原と二宮が喧嘩になりかねん。


「大丈夫ですよ。少なくとも私と顧問の先生は、先輩を必要としてますし、部に馴染めるようにサポートします。だから安心してください!」


二宮は普段、勝手な奴で頼りないマネージャーだが、たまに1年生とは思えないほど心強く感じる時がある。


俺は二宮の言葉を信じることにした。


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