第8話 4人目

「晴琉くん?」


病院の中へ入ろうとした時、背後から声がした。


聞き覚えがある。間違いない。この声は、リハビリの帰りに会話を盗み聞きした時の…、冨田レイの隣にいた女の子!


俺は勢いよく振り返った。そこには、整った顔立ち、小柄で細身の女の子が立っていた。


「あら、綺麗な人が隣にいると思ったら、篠原さんじゃないですか!」


なんだ?知り合いだったのか?


「毎日晴琉くんのお見舞い行ってるとは聞いてましたけど、まさか2人で病院の外に外出してるとはね〜」


しまった、見られてたか。


「それは俺が…」


と篠原を擁護しようとしたけど


「申し訳ないんですけど、ここからは私と晴琉くん2人にしてもらっていいですか?話したい事もあるので」


さっきから喧嘩口調の様にも聞こえる。正直、第一印象は良くないな。女の子は篠原と身長差があったが、強気な姿勢で篠原に詰め寄る。


敬語って事は一応篠原より年下って事でいいんだよな?こんな喧嘩腰でいいのか?


まあ、そういう俺も篠原にはタメ口だけど。


「わかりました」


篠原は突っかかってくる女の子に反論する事なく、潔くその場を去って行った。


いや、お前も年下にこんだけ言われて、何とも思わないのかよ。なんかもう少し抵抗して欲しかったわ。


「行こっか、晴琉くん」


と女の子は俺の手を強めに引っ張る。


もう少しゆっくり歩いてほしい。篠原なら気を使ってゆっくり歩いてくれるんだけどな。


ってか、まさか病院の人に篠原との外出の事チクったりしねぇよな?一応口止めしといた方がいいか。


「あのさ、さっきの外出の事なんだけど…」


「禁止なんでしょ?大丈夫、チクったりしないから。ちょっと嫉妬はしたけど」


ほっ。


「ただ、晴琉くんと2人になりたかっただけ」


女の子はペロッと舌を出す。なんだ、コイツの積極性は。冨田以上に長いロングヘアをヒラヒラと揺らしながら、受付にツカツカと歩みを進める。


面会の手続きを済ませたら2人で病室へ。


病室に着いたら、花瓶の水を変えてくれた。


「なぁ」


俺は花瓶を元の位置に戻す女の子の背中に話しかける。


「なぁに?」


「俺さ、実は記憶喪失で…」


「知ってる」


あぁ、俺も知ってる。


「私の事、何も覚えてない…だよね?」


「あぁ、悪りぃ」


「うん、大丈夫だよ。最初はショックだったけど。じゃあ自己紹介しなきゃね!」


女の子はニコッと笑った。


「私の名前は『浅野蘭』。同級生で、同じクラスだよ。ちなみに小学生の頃に出会って、中学も途中から同じところなんだ。よろしくね!」


やっぱりコイツが、最初の夢の子…。しかも小学生の頃から知り合いだったのか。


正直、夢の子の声はイマイチ思い出せない。会話の内容は覚えているのに。だから見た目や声では、夢に出てきたあの子か、判別の仕様が無い。


ここはやっぱり、直接聞くしか無いか。


「浅野」


「蘭って呼んでくれる?晴琉くんには小学生からそう呼ばれてたから、なんか気持ち悪い」


「わかった。じゃあ、蘭」


いきなり名前で呼ぶのは、なんだか恥ずかしいな。


「なぁに?」


「お前はひょっとして、俺の…」


「彼女だよ」


蘭は食い気味に答えた。やっぱりそうだったんだ。予想は的中したが、蘭の答えに俺は少し面食らった。


「ビックリした?」


蘭は俺の顔を覗き込む。


そのまま顔をググッと近付けてくるもんだから、俺は少し後退りする。キスでもしようとしてんのか?


「あー、逃げた。さては信じてないなー?」


「いや、そういうわけじゃねぇんだけどよ、記憶が全部消えちまったもんだから、まだ少し抵抗あるっつーか…」


それを聞いた蘭は頬を膨らませたが、その後、ため息をついてこう言った。


「わかったよ。じゃあもう1回、1からやり直そ?」


「1から、とは?」


「そりゃまぁ、あくまで彼氏彼女の関係で、デートしたり、一緒に下校したりするくらいからスタートしようよって事」


「ま、まぁそこからなら…」


「じゃあ決まりね!退院予定とか決まってるの?」


「多分あと1週間脳の検査して異常がなければ、学校に戻れるはずだけど」


「そっか!楽しみにしてるね!」


「お、おう」


そこからは学校の話とか、俺がどんな奴だったかとか、色々教えてもらった。篠原とはまた違う角度で教えてくれる。やっぱ幼い時から知り合いだっただけはある。


どうやら小学生の頃には、俺達はキスしてたらしい。マセガキかよ。


気付いたら夕方になっていた。夕日が部屋に差し込む。


「そろそろ帰ろっかな」


「そうだな。気を付けて帰れよ」


「晴琉くん、ちょっと手貸して」


「ん?こうか?」


俺は手を差し出す。なんかくれるのかな?


蘭はその手を掴み、少し強引に引っ張る。そのまま頬にキスされた。


「1からやり直さなきゃだし、ほっぺで観念してあげる」


綺麗なウインクをして、蘭は病室から出て行った。


いや、これ全然1からじゃないだろ。


キスされた方の頬を指先で触る。まだ蘭の柔らかい唇の感触が残っていた。




さて、本人から彼女だと報告された訳だが、どうもまだ自分が彼氏だという気分にはなれない。


蘭の言うように、これから少しずつ前進していけたらいいんだけどなー。


どうなることやら。




なんとなく、今日はまた記憶に関わる夢を見る気がするな。


今日は、蘭との関係が何かわかる夢がいいな。

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