第5話 3人目

意識を取り戻してから5日目。


毎日の様に起こる出来事で頭がパンクしそうになっていた。今日は朝からずっと頭痛がする。まさか後遺症じゃねーよな?


それとも雨だからか?俺はもしかしたら偏頭痛持ちなのかもしれない。


さっきまで篠原が居て、話に付き合ってくれたおかげである程度誤魔化せていたけど、篠原が帰るとまた頭痛が気になり始めた。




頭痛のことばかり考えてたら、今度は母親が着替えとタオルを持ってきてくれた。


正直、親との面会が1番気まずい。


友達とは違い、血の繋がりがある関係ってのは、記憶を失ったら色々デリケートになるんだ。


まず、俺は両親の事をなんで呼べばいい?父さん母さん?親父おふくろ?パパママ?


俺の今のキャラクター的にパパママはないか。


「なぁ」


「ん?どうしたの?」


「俺は、あんたらの事をなんて呼んでたんだ?」


「…どうしてそんな事知りたいの?」


質問に質問で返すなよ。


「いや、記憶を失う前の呼び方の方が、あんたらもしっくり来るかなって」


それを聞いた母は、何を感極まったのかわからねぇが、目が少しだけ涙で潤んでいた。


「父さん母さんって呼んでたわ」


「じゃあ今日からそう呼ばせてもらうわ」


「そうね。あ、そうだ。今日ね、近くのケーキ屋さんで、チーズケーキを買ってきたんだけど、一緒に食べない?」


そう言ってケーキの入った箱を机の上に置いた。


紙皿とプラスチックのフォークも準備してくれてて、ケーキを紙皿に移してくれる。流石、母親なだけはあって結構尽くしてくれるな。


俺はフォークでケーキを切り分けて口に運ぶ。




あれ?この匂い…。


口に到達せずにフォークが止まる。もう一度口に運ぼうとするが、やっぱり止まる。


「母さん。俺、チーズケーキ好きだったのか?」


母さんのフォークも止まる。なんだか少し顔色が良くない気がする。


「あれ?チーズケーキ嫌いになっちゃったのかな…。ごめんね」


なんだか俺に気を使ってくれてるみたいだから食べてやりたいけど、やっぱ食えねぇ。


「まぁ別にいいんだ。けど、ケーキは帰ってから父さんにでもあげてくれ。俺、ちょっと食えなそう」


ごめんね、ごめんねと言いつつ、母さんはチーズケーキを片付ける。


「母さん、さっきから顔色悪いぞ?今日は帰った方がいい」


そう言って俺は母さんに帰る様、促した。


母さんは申し訳なさそうな顔で去っていったけど、そっちの方がチーズケーキ食えなかった事より心に来る。


気持ちがひと段落したところで、俺はリハビリに向かった。




リハビリ後———


疲れた体で病室に戻る。


エレベーターに向かう途中、足が止まった。


昨日、ここに居た2人組…、次はいつ来てくれるんだろう。




いてっ!!急に頭痛が酷くなってきた。


これはまずい。目眩めまいもする。


早くエレベーターに乗って病室に…




俺は意識を失った。







———あれ?ここは…。


まさか、またあの夢の中か?


いや、ベッドの上?でも、病室じゃねぇ。


それにさっきからとんでもない音が鳴り響いてる。非常ベルみたいな…


これか。この目覚まし時計。こんな爆音じゃねぇと起きられなかったのか?これじゃ近所迷惑になりそうなもんだが。


起きると俺はジャージに着替え、外に出て体操を始める。


勿論、これも今の意識とは別で動いてる。


何度も説明する様だけど、あくまでも俺は客観的に自分を捉えて見てる感じ。



ははーん、なるほど。

これから走りに行くってわけね。


体操を済ませ、走り出す。


異常に朝日が眩しい。そのまま俺は朝日に包まれ、視界が真っ白になった———





カバッ!!!


またあの類の夢…。これで3回目か。今回は少し短かったな。


俺は病室にいた。どうやら誰かが運んでくれたらしい。


ボーッとしてたら、右隣で声がした。


「よかった、気がついて」


聞き覚えがある様な、ない様な…、ある様な〜、ない様な〜…、あるな。


俺は右に視線を向けた。そこにはまた、見た事が無い顔の女の子が座っていた。


大人びた顔立ちで、篠原に負けず劣らずのルックス。セミロングの髪が窓からの風でなびいてる。


この声はおそらく、昨日エレベーターの手前で話してた2人のうちの1人で、2人に俺が気付いた時の声だ。つまりこの子は相談相手の子で、俺が彼女だと疑ってる方じゃない。


「あんたは…」


「最初にひとつ、聞いてもいい?」


「なんだ?」


「私の事、覚えてる?」


そうだ、コイツはもう、俺の記憶喪失の事を知ってる。


「悪い、何も覚えてない」


「そっか」


その子は窓の外に視線を向け、横髪を耳にかけた。高校生とは思えない色っぽさだ。けど、その笑顔は少し強張ってる様に見えた。


「どんな夢見てたの?寝言言ってたけど」


「すげー音がでかい目覚まし時計に起こされる夢だ」


「でかい音の目覚まし時計…」


「あぁ。これって多分、昔の記憶なんだ。凄くハッキリしててさ、普通の夢じゃ無い事はすぐにわかる。この間も夢に生徒会長が出てきて、そいつの名前を思い出す事ができたんだ」


女の子がフフッと笑う。


「何がおかしいんだ?」


「あ、ごめんごめん。他の夢は?どんな夢見たの?」


コイツに1番最初の夢の事、話しても大丈夫かな?でも、話したらもう1人の子の事、何か教えてくれるかも。


「…誰にも言うなよ?」


「わかった」


「誰かに告白して、付き合った夢。でも、顔が思い出せないんだ」


その子は一瞬驚いた目をした。やっぱ何か知ってんのか?


「へぇー!知らなかった!山岡くんがそんな事になってたなんて!」


なんだ、気のせいか。ただ驚いただけかよ。期待して損したぜ。


女の子は時計を見た。


「そろそろ行かなきゃ」


「もう行くのかよ?」


「何言ってんの?山岡くんが気を失ってる間も一緒にいたんだから、もう2時間も一緒にいるよ?見て、時計!もう夜の7時!お腹空いたよ!」


意外に気が強いのな、コイツ。


「とにかく、元気な顔見れてよかった。じゃ、また来るね!」


「おい、待ってくれ。最後に名前だけでも教えてくれ」


女の子は一瞬沈黙した。名前教えたくないのか?


冨田とみたレイ!もう忘れないでよね!」


そう言って、冨田は病室から消えた。

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