第4話 盗み聞き

あぁ、今日もリハビリしんどかったな…。


そう思いながら自分の病室に足を運ぶ。


もう夕方か。そろそろ篠原が来る頃かな。


リハビリ室から病室までの道のりは長い。一度エレベーターで一階に降り、連絡通路を抜けて受付の前を通り、またエレベーターに乗って3階まで上る。


松葉杖だとしんどいんだよな。車椅子は卒業したけど、この病室までの道のりは車椅子の全然方が楽だった。


まぁこれもリハビリだと思って割り切って歩いてるけどよ。


受付の前まで来たところで、見覚えのある姿を見つけた。


「篠原!」


「あ、山岡くんですか。ちょうど面会に来たところです」


「あぁ、それ以外に用はねぇだろ。病室も飽きたしよ、そこで話そうぜ」


俺は受付の近くの待合室にあるソファを指差した。


この病院やたらと綺麗で、待合室も談笑できるスペースやちょっとしたカフェスペースもあるんだ。


俺達はソファに座り、コーヒーを飲みながら話す事にした。


「おぉ、フカフカだぞ」


「座り心地のいいソファですね」


記憶を失ってからまだそんなに会ってるわけでも無いのに、いつの間にかこんな他愛もない話まで気軽にできる様になっていた。


考えてみりゃ、毎日来てくれるなんてありがてぇよな。


「そういえば、意識を取り戻した初日に聞きそびれたけど、なんで毎日見舞いに来てくれるんだ?」


「それは…、秘密です」


「なんだよ、この間は教えてくれる様な感じだったじゃねぇか!」


「…気が変わりました」


「なんだよそれ」


俺はコーヒーをすすった。味が少し薄い。この辺は病院クオリティだな。


「じゃあもうひとつ、聞いていいか?」


「なんですか?」


「浅野蘭って知ってるか?」


「えぇ。私は生徒会長ですから、全校生徒の名前は把握してます」


「すげぇな、あんた。実はこの間の外出する直前、病室の前に誰かいただろ?ナースの姉ちゃん曰く、あれが浅野蘭らしいんだ。俺って浅野とどういう関係なのか、わかるか?」


もしかしたら浅野が、最初の夢で告白した子かもしれねぇ。


「浅野さんは、貴方のクラスメイトです。確か中学も一緒だったはず」


クラスメイトで、中学も一緒ときたか。こりゃ、ますます夢に出てきた女の子の正体が浅野蘭の可能性が高くなってきたな。



って、あれ?篠原の表情が少し曇ってる?


俺は篠原の顔を覗き込んだ。


「もしかして…嫉妬でもしてんのか?」


「し、してません!勘違いしないでください!」


「冗談だろ?そんなにいきり立つなよ」


「今日は帰ります!」


「おおい、まだちょっとしか話してないだろ?」


篠原のやつ、本当に帰りやがった。俺、何か気に触る事でも言ったかな?


仕方なく俺も病室に戻る事にした。



えーっと、そこの突き当たりを左に曲がればエレベーターだな。この病院、広すぎるから道に迷っちまうんだよな。


そう思いながら、角を曲がろうとしたその時だった。



「記憶喪失!?」


背後でそう叫ぶ声がした。少し後ろに左に曲がる通路がある。そっちの方からだ。


記憶喪失って、もしかして俺の事?


エレベーターに向かって歩いていた俺は、引き返してひとつ手前の曲がり角に戻った。壁に背を当てて、コッソリと奥の方から聞こえる会話を聞く。


「そう。だから今、晴琉くんは誰のことも覚えてない。もちろん、私や貴方の事も」


やっぱ俺の話だ。


「記憶喪失で何もかもリセットされたわけだけど、私ね、もう一度だけ晴琉くんとのこと頑張りたいんだ。だから、相談に乗ってもらってもいいかな?」


決まりだ。この奥で話してる女の子、最初の夢に出てきた子だ。


せめて顔だけでも見たい…


と俺は角から覗こうとする。


しかし、すぐに視界が真っ暗になった。


なんだなんだ?目隠し?



「だーれだっ!」


この声…。


「おい、手を離せ二宮。そして静かにしろ!」


しかし、二宮のあまりの勢いに押され、俺は松葉杖を落とした。壁にもたれかかってたおかげで転倒は避けられたけど、これはまずい。



「ん?なんか音しなかった?」


やべっ!バレた!


俺は二宮を連れて左足だけでエレベーターまで走った。松葉杖落としちまったが、もうそんな事知らん!とにかく、今盗み聞きしてたなんて知られたくねぇ。



エレベーターのボタンを連打する。


ちきしょう、こねぇ!


後ろから足音が聞こえる。間違いなくさっきの2人だ。


どうする?


俺は周囲を見渡した。


ん?…掃除用具のロッカー!ここに隠れよう!


幸い、ロッカーの中は箒が1本とチリトリがひとつしか入ってなかったから、スペースがある。俺は二宮と一緒にロッカーに隠れた。


「あっれ〜?こっちから音がしたんだけど…。気のせいかな?まぁいいや、受付の人にこの松葉杖、渡しちゃお」


足音が去っていく。


「よかった…」


「よくありません」


「へ?」


俺は目の前にいる二宮を見た。必死すぎて気付かなかったが、体がこれでもかというくらい密着していた。


二宮の胸は俺の腹筋の少し上くらいのところに当たってるし、目の前数センチ先に、二宮の顔がある。


二宮の顔は真っ赤だった。


多分俺も真っ赤になってる事だろう。


「す、すまねぇ!」


俺は急いでロッカーを開ける。


「なんなんですか、もう!目隠ししたくらいで取り乱して!」


どうやら二宮は、なんでロッカーに隠れたかわかってなさそうだ。


まぁ変に追求されるより全然いいんだが。


それにしても、あの2人は一体…。


おそらく、リハビリして篠原と話してる間に入れ違いになったんだろうが、この後、面会には来なかった。

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