第2話 夢と記憶

検査は結構時間がかかった。


なんかトンネルみたいなところにベッドごと突っ込まれて、しばらく動いちゃダメだとかで、これがまた退屈だった。


結局、記憶喪失以外のところでは異常は見当たらなかった。まぁそれはいい事だ。あとは少しずつ、自分の事を知ることが今やるべき事。


病室に戻ったら、流石にあの子はいなかった。代わりに中年のおじさんと、それより一回り若いくらいの女の人が1人いた。


「では山岡さん、家族水入らずの時間をごゆっくりどうぞ」


家族?てことは、この2人が俺の父親と母親?それにしてはやけに母親が若く見えるけど。


「記憶を失ったんだってな」


「あぁ、だから今あんたらが誰か、俺にはわかんねぇ」


「そうだったな。俺はお前の父親の悠介ゆうすけだ。こっちは母親の優香ゆうか


「で、俺の名前は?まだわかんねぇんだけど」


「まだ聞かされてなかったか。お前の名は、山岡晴琉やまおかはるだ。七南高校に通う高校2年生だ」


やはり馴染みがなく、しっくりこない。どうやら自分の名前も完全に脳みそから消え去っている様だ。


「とにかく無事でよかった。高校生活に戻るまでまだ時間はかかるかもしれないが、じっくり治せ」


「あぁ。悪りぃが今日は帰ってくれ。色々あって頭がごちゃごちゃしてよ、なんか疲れた。ちょっと一眠りさせてくれ」


「…わかった。お大事にな」


両親の記憶もないから、別に感動の再会ともならなかったな。そのまま、俺は両親が部屋を出るのを確認する間もなく寝落ちした。






———あれ?またここは夢の中か?


ここは…どこだ?部屋の中?部屋の作りは学校っぽいが。授業を行う教室とはまた違う。


ガラガラ…


扉が開くと、見たことある女の子が入ってきた。そうだ、さっきお見舞いに来てくれた子だ。そういえば名前、まだ知らないんだった。


「貴方ですか、部活動内で暴力事件を起こしたのは」


暴力事件?俺が?


「初めまして。生徒会長の篠原芽衣しのはらめいと申します。貴方の罰則は1ヶ月の生徒会の雑用です。貴方の面倒を私が見ることになりました。…それにしても、もう貴方も高校2年なんですから、喧嘩などという行為は進路に関わりますよ?」


生徒会長?って事はここは生徒会室ってとこか。


にしても、いちいち上から目線でムカつくな。くっそ、夢の中じゃなけりゃーな。今の自分の意思がこの体とリンクしてないのがもどかしい。


「早速ですが、そこの書類の山を木崎先生に届けてください」


俺は篠原が指差した方向に目をやる。…なんだこの書類の山。生徒会ってこんなに書類をさばく仕事なのか?


「ちょっと、気をつけてください。いくらなんでも持ちすぎですよ」


どうやら俺は一回で終わらそうとしたらしい。一気に大量の書類を抱え込んだ。気持ちはわからんでもないがな。


「大丈夫なんですか?グラついてますよ?私が半分…」


バサッ!!!


あぁ、言わんこっちゃない。書類はたちまち床に散らばった。俺もバランスを崩して前方に倒れ込む。


ん?ちょっと待て。なんだこの柔らかい…


書類が全て床に散らばり、視界が鮮明になる。


俺は篠原に覆いかぶさり、右手が篠原の胸を鷲掴みにしていた。


「…何するんですか、変態!!!!」


バチーン—————



はっ!


…目が覚めたか。また変な夢を見ちまったな。


あの子、明日も来てくれっかな?



♢♦︎♢♦︎♢♦︎


———次の日。


今日もあの子は来てくれた。昨日より深刻な顔をしていたが。


「受付のナースさんに聞きましたよ。あなた、記憶を失ったんですか?」


ちっ。誰だか知らねぇが、余計な事を。


「だったらどうした?」


「…戻るのですか?記憶は」


「わかんねぇよ。先生は改善する可能性はあるとは言ってた」


「そうですか…」


「なんであんたがそんなに落ち込むんだよ」


「だって貴方は…!いえ、なんでもありません」


「ん?まぁいいや、落ち込んでもしょうがねぇからよ、元気出していくしかねぇだろ、篠原芽衣さん」


「…え?私の名前は覚えてくれてるのですね!」


名前合ってた。やはりあの夢は現実に起こった事だったか。いつも見る夢よりも妙に現実味を帯びてたから、怪しいとは思ったが。


「昨日昼寝してたらよ、生徒会室であんたの胸を揉んだ夢を見た」


篠原の顔が赤くなる。


「これは実際に過去にあった事なんだろ?」


「いや、それは…」


「教えてくれ。この類の夢、見るの2回目なんだ。夢か実際の記憶なのか、どっちなのかなってさ。俺の記憶の為にも教えてくれ」


「…ありました」


「え?」


「実際にありました!貴方は私の胸を鷲掴みにしたんです!」


顔を両手で覆い、恥ずかしがる篠原をよそに、俺は自己分析を続ける。


「やっぱりな。じゃああの夢も…」


「あの夢?」


「いや、なんでもない。そういえば、夢の中で俺は暴力事件を起こした事になっていたけど、それも事実なのか?」


「えぇ、事実です。部内での出来事だったので、噂は校内だけに留まっていますが、貴方はその暴力事件の後、3ヶ月間の部活動停止と、1ヶ月の生徒会雑用を校長から命じられました。暴力事件の詳細まではわかりませんが」


「なるほどな。それはいつの話なんだ?」


「結構前の話です。もう1年程前になりますかね」


そんなにも前の記憶を、今取り戻したってのか。


思った以上に自分が不良じみた奴だった事に、俺は落胆した。高校生活に戻って、果たして俺は皆に受け入れてもらえるのか?


そんな俺を見てか、篠原が明るく俺に問いかける。


「外出の許可はいただけるのですか?」


「あぁ、1人同伴であれば病院周辺の外出は許可されてる」


「でしたら、少し外の空気を吸いに行きませんか?落ち込んでもしょうがねぇ、でしょ?」


と篠原は俺に目配せした。あざとい。


篠原と一緒に外出する事にした俺は、ベッドから車椅子に移動させる。


その時だった。


換気のため開けっぱなしになっていたドアの奥で、ガサッと何かが落ちる音がしたんだ。


「誰だ?」


誰かいたと思われるドアの近くには、リンゴとみかんが1つずつ、転がっていた。


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