大真争奪戦~競馬3~
競馬に詳しくない人にとっては……どうでもいい話かもしれない。
しかし、俺達にとっては“大和大真争奪戦”という建前の聖戦と––
「事務所の資金にするぞ~!!!(俺の懐にするぞ~!!)」という本音が渦巻いているのだ。
絶対に負けられない。
奇数の馬が先にゲートに入場し、偶数の馬が後にゲートに入る。
案外、すんなりと12頭はゲートに入ると––一瞬の内にスタートした。
ゲームとかしている人ならわかると思うけど…逃げ、先行、差し、追込という形で勝負師でもある騎手と馬が息を合わせて走るのだけど…
「千里の馬…何か遅くない?」
俺と大真さん、吹雪さんの買った馬は順調にコースをとっているようだが、千里の馬だけ暴れて騎手が落ち着かせるために…馬群から一歩後退している。
「おい~…頑張ってくださいよぉ」
一瞬だけ、素になりそうになったけど『声優山田千里モード』に切り替わった。遅いんじゃない?
……さて、この第8レース【煙火吹雪のポケットマネーで買ったレースを経費で落としたいっ!】のレース展開は序盤まで千里の馬以外は……抜きつ抜かれつというワクワクさせる展開は無かった。
「これ…このままいくのか?」
最終コーナーの手前になり、少しづつだが後方にいた馬が一気に先頭めがけて––勝負を仕掛けていく。
「いっけえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」
「勝ってぇぇぇぇぇ!!!!」
「いける!!」
「…おい~…」
俺達の気持ちが声となって、それぞれの馬の力となった…はず。
10番カナリア以外は大きな玉のような状態となって、最終直線へとなだれ込む。
どの馬が1着になってもおかしくない状況に俺らの歓声はヒートアップしていく。
「経費を補えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!」
「お金くれええええええええええええええええええええ!!!!」
「差せーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」
「……」
本音という名の声援にも更にヒートアップしていく。
それを知っているかのように、自分達が買った馬が先頭へと駆けていく。
…まあ、千里は論外ということで。
競馬用語は俺らには全く知識がないけど、残り200Mになった時1頭の馬がぐんぐんと脚を伸ばし(合ってるか?)、1着でゴールした。
「や、やった…やった…!」
勝ったその子がピョンピョンと無邪気に飛び跳ねる姿に––凄く悶えそうになった。
「さ、レースが終わりましたぁ」
応援疲れなのか、この動画の企画者でもある煙火吹雪さんの声は疲れているようだった。
まあ、あんだけ大きい声だしてたら大変だよな。
「結果発表する前にぃ~!!……空さんって女装取ると本当誰かわかんないですね」
「今ココで!?」
「…まあ、女装外した姿はVtuberの姿になってると思うんですけど」
「限定公開とかにしないでくださいよ!?」
「…ちっ」
「何か聞こえたけど!」
「結果発表しましょ!?邪魔しないでくれますか!?」
「…うわお」
「特別ゲストの山田千里さんは…負けてましたね」
間髪入れずに、千里の負けを公表する吹雪さん。
ま、収録開始してからずっと落ち込んでいるし……いっか。
「それで、私も負けました!!……もう少しで3位だったんだけどなぁ…」
吹雪さんが“複勝”という3位以内(出走数にもよるらしい)に入ればお金が手に入る馬券を持って、自身の負けを認めた。
「ま、買っててもそこまでプラスにはならなかったみたいだけどね」
そう言って、自分の名前が入った馬券を大切そうに自分のポケットにしまった、
さて、勝者は俺か、大真さんの2人になるわけだ。
「俺は……負けました」
自分の持っている馬券を見せて、破った。
「大穴だったんだけどなぁ…最後、失速しちゃいましたねぇ」
ギャラが0になった喪失感は、めっちゃ残ったけどね。
ということで、勝者は1人だ。
「大真ちゃんが勝ちましたぁ!!!!」
吹雪さんは大真さんの右手を掴み、上にあげて––勝者を称えた。
「ど、どうもです」
大真さんの顔は少し赤くなっていた。
…大真さんが買った“3連複”は1位、2位、3位を順番は不順で入着すれば勝ちということなんだけど––
「1万が17万円になっちゃいました」
大真さんはカメラの前に札束を扇のように広げて見せている……でも、手は震えている。
「……まさかですよねえ」
大真さんの引きつった笑顔は新鮮だった。
ってなわけで、勝者は––
「引き分けですね!!」
吹雪さんは堂々と宣言した。
「え!?」
俺は普通に聞き返す。
すると、吹雪さんも「え?」という返事が起き…少しだけ間があいた。
「だって、私と空さんの対決なんだから引き分けじゃん?」
「…あ…あぁ~」
早とちりした俺恥ずかしい。
「ってなわけで、この勝負は引き分けなので…んー、大和大真ちゃんはそっちに預けます!!でも、私負けない!!絶対に、私は大真ちゃんを取り戻す!!四時プロの名にかけて!!」
…じっちゃんの名にかけてみたいな口調でいうな。
「じゃあ、次の対決も楽しみにしててください~!!」
カメラに向かって手を振る吹雪さんに、俺達3人は慌てて手を振った。
……これで、動画大丈夫なのか?
「ありがとうございました~!良い動画できると思います」
なんか、やりきった顔している吹雪さんを見てツッコむことはできなかった。
……そこから、俺達は各々と残りのレースを楽しみ、軽い打ち上げをおこなった。
そこで、四時プロ内でも俺に対して否定的な子もいるし、肯定的な子もいて…『今回の動画は博打』だと言うことを聞かされて焦った。
「ま、どうにかなるでしょ」
どこかで聞いた言葉を吹雪さんはカシオレを飲みながら、笑って言っていた。
…こんな奴が出世するのかね。本当。
「さ、配信しなきゃだし帰ろっか」
吹雪さんが軽い打ち上げを切り上げ、お会計をしようとすると…店員から「もう済んでおりますよ」という返答がきた。この中にイケメンいるのか?
まあ、大体は想像つくけど。
「大真さんありがとうございます」
「え?私じゃないですよ?」
「え?」
犯人かと思った容疑者はすぐさま捜査線上から消えた。…誰だ?
「今回の動画は私達の今後の参考にしますので…そのお礼です」
鈴さんが千里に水を飲ませながら、俺達に丁寧な口調で答えた。
「あ、あと、タクシーも呼んでおいたので…もう到着してるかな」
…どこまでイケメンなんだよ。このマネージャーは。
「次もコラボしようね!大真ちゃんも千里さんも…あ、あと空さんも」
「ついでみたいに言うのかよ」
「ま、次の争奪戦には勝つから」
タクシーの扉が閉まるまで、ドヤ顔のままで俺を見ている吹雪さんは本当にエンターテインメントだな。
「ココだけの秘密なんですけど…」
吹雪さんがタクシーで帰宅し、千里も近くのベンチで毎度の如く項垂れているのを大真さんが介護している中––鈴さんが耳元で囁いた。
「3連単当たったんですよ…100万円♪」
「うぇ!?」
「私も運がいいんですよ!…今回は千里の運を吸ったのかもしれませんね」
不敵な笑みを見せて来た鈴さんは本当に小悪魔だった。
「これ、皆様のVtuberの資金にしますね」
前言撤回、大天使だ。
……というわけで、今回の戦争は終了した。
盛り上がりに欠けるかもしれないが、まあ大体そんなもんだろ?
そして、本当の勝者が身近にいて嬉しかった。
後日、競馬場の動画が公開された。
そして、再度俺は炎上した。
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