大真争奪戦~競馬2~

 「なんか、この服可愛いですね」

 大真さんは競馬場内にあるお土産屋のTシャツを広げながら––俺に見せてきた。

 「確かに可愛いですけど…え?これ買うつもりですか?」

 「…?はい」

 大粒の汗をかいている大真さんが見せてきたTシャツは…馬のリアルな顔がプリントされた黒のTシャツだった。

 まあ、確かにギャップがあって良いかもしれないし、競馬場でのお土産にはピッタリかもしれない。

 ……でもなぁ……。

 「こ、こっちにしたほうがいいかも!Vの時の服とも色似てますし!!」

 そう言って、俺は近くにあった“枠番カラーTシャツ”を大真さんに手渡した。

 「確かに可愛いかも」

 大真さんの顔は嬉しそうだった。俺はというと、千里が急にやってきて「これにしなよ」って笑いながら渡してきたTシャツを購入することにした。


 

 「さ~って、どのお馬さんが勝つかなぁ!?」

 大手事務所のVttuber煙火吹雪さんは、撮影が再開されたと同時にお馬さんの機嫌を損ねないように控えめなテンションで言うと––

 「空さん普通になっちゃいました…このTシャツ選ぶところに痺れるねぇ」

 …でかでかと黒色で“大穴”と書かれた白地のTシャツを着て女装を取り外し、ズボンがあずき色だから何かアイスみたいになっている姿に笑いを堪えている。

 「それに、大真ちゃんは可愛い!」

 暑さに耐えきれなかった大真さんも、青地に白色で“4”と書かれているオーバーサイズのTシャツを着ていた。

 そんな大真さんを吹雪さんは抱きしめた。

 「まあ、今日は暑いですし」

 この撮影で初めて俺は口を開いた。……これ、俺無難すぎて面白みないじゃん。


 「…ところで、私は?」

 千里さんがそんな没動画の状態の輪に入ってきた。

 一応、オープニングトークの際にも遠くに映っていたのだが誰も触れることがなかった。

 「あっ!ごめんなさい!今日は特別ゲストに大活躍中の若手声優!山田千里さんが来てくれていまーっす!」

 「あ、皆様こんばんは。声優の山田千里です。今日はあの作品みたいに駆け抜けていきたいとおもいます」

 「競馬好きなんですか?」

 「…?いえ?」

 「……そういえば、最近流行ってるあのアニメって出てるんですか?」

 「内緒です♪」

 「……さっ、パドック見ましょうか」

 「おい!」

 そういって、千里の扱い方を熟知しているようにあしらう吹雪さんはパドックの方に目を向けた。


 パドックとはレースの前の馬の状態を確認することのできる場所だ。

 今回の勝負するレースは全12頭の馬が1着を争い、競争する。

 たくさんの情報をこの場所で把握、確認できるのだが––全くの無知の俺らには何が何だかわからない。

 なので、俺達は軽く感想を言い合った後に撮影を終えた。

 ……これ、本当に動画にできるの?普通、詳しい方とか呼ぶと思うんだけど。

 「予算ないもん」

 吹雪さんの言葉が行き当たりばったりなのを再確認させてくれた。



 「…どうしよ」

 撮影を中断はしているが––レースの開始は近づいてくる。

 前のレースを見ながら、俺は考えにふけっている。

 目の前のダートコースには、沢山の馬が1着を争いしのぎを削っている。


 千里は「まっ、なんとなかるでしょ」って気持ちなのかスマホでルーレットを回し、止まった数字の馬券を購入するようだ。

 それを、鈴さんは機材のメンテナンスをしながら「ちゃんとしましょうよ」と言ってツッコんでいる。

 吹雪さんは、レースのアナウンスもするようで席を外している。

 そして、大真さんは俺の隣で一緒に考えている様子だった。

 「何を買うべきなんですかね」

 「私もわかんないです」

 「…ですよねぇ」

 「アニメとかゲームで少しは詳しいと思ってたんですけどね」

 「俺もです」

 スマホで馬券を調べると、単勝や複勝、ワイドに3連単…色々な種類がありすぎる。

 でも確か…複勝が比較的に“勝ちやすい”って書いてるみたいだよね。


 「複勝にしますか?」

 俺はそのスマホの言葉を信用し、大真さんに提案する。

 本当は大真さんは中立の立場でいなきゃいけないんだろうけど、俺と共に行動している。

 「でも、複勝って確か…あまりプラスにはならないですよね」

 大真さんは前のレースの結果を見ながら、俺に反論する。

 「んー、でも確実だしなぁ」

 「夢買いましょうよ」

 「夢ですか?」

 「一万円を倍にするんです」

 「…というと?」

 「これです!」

 大真さんは払い戻しの金額が載っている表を見せて、ある部分を指している。

 「…さ、3連単ですか?」

 「これって“100円かけた場合”なんですよね?じゃあ、これ…1万だと凄い金額になるじゃないですか!?」

 「そうなんだけど、人気馬とかだと万馬券とかにはならないですよ?」

 「ふぇ?そうなんですか?」

 「それに、当たる確率って宝くじ並の確立になっちゃいます」

 俺は、スマホに載っている言葉を自分なりの言葉へと変換し、大真さんに言う。

 「どうしましょ」

 会話はふりだしへと戻った。



 

 それでも、時間は迫りくる。

 千里は結局のところルーレットで止まった番号の“10番カナリア”という4番人気の馬を単勝(1位になる馬と予想)で購入していた。

 吹雪さんは未だに戻ってきてはいないが––

 「ご来場の皆様––」

 そんなアナウンスをしているのを、購入している俺の耳に聞こえていた。

 そんなアナウンスを背に、俺と大真さんは別々に馬券を購入した。

 


 「皆ぁ!!!!!」

 戻ってきた吹雪さんは馬券購入締め切り前に馬券を購入し、今はレース前の意気込みを収録している。

 「アナウンスは聞いてくれた!?凄く光栄なことなんだからね!!!!!!」

 別に録ったアナウンスの動画を、この意気込み前に編集して入れるのだろう。

 それを、わからない千里が「アナウンス?」と小さく言っていたのが少し面白かった。

 それでも、吹雪さんは動画の事を考えて話を進める。

 「レースももうすぐ!!!皆買った馬券を教えてくれぇい!!!」

  興奮しすぎなのか、少しだけ昔のコント王者みたいな口調なのはスルーし––馬券を見せ合いした。

 ちなみに、大真さんと千里は自腹で一万円分購入し、俺は吹雪さんから一万円を『ギャラ』という形でもらっていた。

 各々の馬券には、単勝や複勝等様々な買い方をしているようで吹雪さんが場を回す。

 「特別ゲストの山田千里さんは何故この馬券買ったんですか?」

 「運です!」

 「…え?」

 「運がいいんで」

 「…あ、うん」

 千里が「ダジャレですか?」という問いには答えずに、自分の馬券の紹介をする。

 「私は1番人気の馬“3番グレンデ”を複勝で買いましたぁ~!!アナウンスしている時に詳しい人いたんで聞いたら“この馬が良いんじゃないか”って言ってたのよ!!!」

 おい、ズルいぞ。

 「まっ、勝たないと大真ちゃん取り戻せないんでっ!!」

 そう言って、俺にドヤ顔をしているのにはイラついた。

 「さ、残りの2人は?」

 吹雪さんよりも先に千里が場を回すかのように、俺らに問いかける。

 大真さんは四時プロ在籍中のような淡々とした口調ではなく、少し流暢に喋りはじめる。


 「私は9番人気の“4番サイレンスサイレンス”を1着で来ると思いまして、それを中心にして3連複を複数購入しました。この服に運命感じちゃったんで」


 そう言って、多分Vtuberの姿だと見えないTシャツの番号を指さして答えた。

 「勝負師だね」「何か凄い意気込みを感じる」

 俺以外の2人はそんな感想を述べて、俺にも話題を振ってくる。

 「俺も大穴狙って12番人気の“1番カンダ”を複勝で購入しました。自分の心情にもピッタリだし」

 …当たらなくても、動画が面白くなればいいや…そう思った。



 

 場内にファンファーレが鳴り響く。

 「さ、レース開始だよ~!!!」

 吹雪さんの声はそのファンファーレに負けないくらいの声量で––レースの開始を宣告した。

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