大真争奪戦~競馬1~

 Vtuberがリアルの世界に飛び出して何が悪いのか。

 実際、Vtuberがこの世に生まれ、育ち、大きなコンテンツとなっても––いつも言われていた問題だった。

 確かに『世界観』なんて言えば聞こえはいいかもしれない。

 「でも、推しがすれば別問題なんでしょ?」

 …それが、俺が出した答えだった。



 「さ!今日の企画は––」

 都内にある大きな競馬場へと四時プロのリーダーでもあるVtuber煙火吹雪さんと、俺達一向は足を運んだ。そして…

 「大和大真争奪戦!一万円をより大きくした方が勝ちゲーム!」

 吹雪さんは笑顔でカメラに向かい、天に拳をつきあげるように言っている。

 …それは、ここに来る前……大真さんが意を決して話した後のことだ。


 「せっかくなんだし、エンターテインメントをやりましょうよ」

 ウキウキな声が俺のパソコンのスピーカーから響いた。

 「「…え?」」

 双子のように同じタイミングで、その言葉を聞き返す俺と大真さん。

 「エンタメ…わかんないですか?」

 不思議そうに俺らの言葉に疑問形で返す吹雪さん。

 「いや、そこはわかるんですけど…具体的に何をするんですか?」

 「実はね、私達の事務所も【新しい試みをしましょう】ってなってるんですよ。で、私がしたい企画ってのがありまして…今回の事って丁度いいなと」

 「…というと?」

 「地方競馬ってわかるかな?大真ちゃんの名前からとった競走馬ってのは“中央競馬”っていってエリートが多いんだけど…地方競馬は~…んー、わかりやすく言うと“親しみやすい競馬”って感じなんですよ」

 「…あー、たまにVtuberやリスナーがレースの名前を買っているってやつですか?」

 「そうそうそれそれ!!!…そのレースの名前を実は購入してまして~企画にしたかったんです!でも、今のままだとインパクトに欠けるんじゃないかって」

 「…で、今回の事を?」

 「別に互いに不利な条件はないかと思うんですよ。私は企画を通すことができる、大真ちゃんは脱退した理由を作るキッカケになる、空さんは…悪者になるのは慣れているみたいだし…今回の相手にはピッタリなんですよね。それと––」

 吹雪さんは、一息ついた。

 「リスナーさんに新しい可能性、受け入れる事…何か凄くメリットがあると思うんです」


 その言葉に俺は納得し、大真さんもリスナーのことを考えて納得した。

 吹雪さんは「やった!」と言って喜んだ。そして––

 「ま、でも私が勝ったら戻ってもらうかもしれませんし?鈴さんにもビックリさせたいので」

 その言葉が案外吹雪さんの本心かもしれない。




 …ってなわけで、今競馬場にいてカメラを回している。それにしても、よく撮影の許可とか色々とできたな…。

 「四時プロをなめんじゃないよ!!!!!!!!!!!!!!?????????」

 その言葉と裏腹に笑顔の吹雪さんは、カメラに中指を立てていた。

 「ここはカットしないでね」

 ……本番の吹雪さんってマジで豹変するよなぁ。

 

 ちなみに、千里は『特別ゲスト』として顔出しで登場し、鈴さんはカメラマン兼天の声担当。

 大真さんは黒のジャージ姿のまま、俺は女装のままでカメラの前にたっている。

 「大丈夫です。編集で大真さんと吹雪さんはVtuberの姿にしますから」

 吹雪さんはコソッと言っていたが…あれ?俺は?

 「……空さんは女装の切り抜き動画とか再生数めっちゃ行ってるわけだし…隠すつもりなんてないでしょ?」

 「その通り!」

 関係のない千里が答えるので……ここだけはカットしてもらうことにした。

 …ちなみに、移動中に千里と吹雪さんは仲良くなったらしい。だから、俺達の企画をしゃべっていた。


 さてと、現状をざっとおさらいしましょう。

 “現在、俺達は野外ロケで競馬場にきている。Vtuberのエンタメの可能性を探る大手事務所のVtuber煙火吹雪さんが企画としてレース名を購入し、脱退騒動で色々とネットニュースになった大真さんの争奪戦をするということに決定。また、四時プロと繋がりがあることが判明(だから、丸く?収まった)、俺は女装癖のある事になっており…俺達の計画を千里は堂々とばらしていた”

 …………情報量が多すぎだぞ。これ。


 「––ってなわけで、やってやんぞー!!!!」

 俺が整理している間に、オープニングトークが終了した。







 競馬場。

 今、一世を風靡した馬を擬人化したアニメとのコラボが注目されているが––

 「実はVtuberとのコラボ…まあ、勝手にですがコラボしていることが多いんですよね」

 パドックに移動中の俺達一向に、吹雪さんは少しだけ苦笑いを浮かべながら言う。

 「四時プロで盛り上げることとかできると思うんですけどねぇ~…」

 きっと、事務所の人に否定されたんだろう。



 パドックに移動した俺達は––鈴さんがカメラを向けて、撮影を再開する。

 「さ、パドックへとやってきました~。…馬さんをビックリさせちゃいけないので静かに話しますね」

 「…(常識あるもんな)」

 「…って、ルールも話してなかったね。あ、夕焼空さんは後々お着換えに行ってきます~。大真ちゃんは暑くないの?」

 「暑くないで…っす」

 …あ、一応俺に配慮してくれてるのかな?

 それに、俺の横にいる黒ジャージの大真さんの額には大きな粒が流れているけど––Vの姿じゃわかんないだろうし、脱ぐ方がいいんじゃない?

 「あとで、お土産でTシャツ買います」

 大真さんも我慢の限界だったのだろう。倒れないでね。

 「さて、今回の勝負は私が買い取った第8レース『煙火吹雪のポケットマネーで買ったレースを経費で落としたいっ!』での勝負となります。互いに所持金1万円を増やした方が勝ちです」

 身振り手振りで説明し––この競馬場の特徴や名所等を事細かに説明していた。



 「さ、パドックでお馬さん達を見てみましょうか」

 

 説明を終えた吹雪さんは笑顔で言うと、収録を一時ストップさせた。

 すると、ストップした途端に俺の方にフラフラと大真さんは近づいてくる。

 「空さん…暑いんですけど…」

 「こんなにいい天気だったらねぇ…脱ぐとかできないの?」

 「……下何もつけてないです」

 「…は!?」

 「あ、下着はつけてますけど…」

 「…Tシャツとかは?」

 「買ってこないとないですね」

 「…そう言えば、俺の着替えがあるんじゃ?」

 「…あ、それもジャージです。あずき色の」

 「…あー…」

 どっちにしても、大真さんが倒れる未来しかない…俺達は入場して間もないのに、お土産屋へとダッシュした。


 


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