開始の合図

 「遅くなってすいません」

 ついさっきまで、馬鹿みたいなテンションで配信してたとは思えない––公式ホームページに載っている清楚なVtuberを表したような声色の人が喋りはじめた。

 「配信終えた後、ミーティングがあったんですよー。今日も一日お疲れ様でした」

 …さっきの人と同一人物?

 「あ、配信聞いてくださったんですか…?まっ、ビックリしますよね」

 そう上品に笑う清楚Vtuberに俺は話を切り出す。

 

 「えと、昨日は通話ありがとうございました。大真さんとはその後、少しお話をして…隣にいるので、代わりますね」

 そう言って、俺はマイクを大真さんのほうへ向け…俺は黙ることにした。

 ……沈黙の時間が1分程流れた。吹雪さんも吹雪さんで何かを言おうとはせずに、大真さんの言葉を待っているようだった。

 「…あの」

 小さい声で、大真さんは話を始める。


 「あの…吹雪先輩のお誘いは嬉しいです。こんな私に言ってくれることが本当に…嬉しくて、光栄だと思っています」

 「……」

 「多分、吹雪さんがいてくれるのであれば…後輩とももっと上手く付き合えるとは思いますし、自分自身ももっと良い配信や絵が描けるかもしれません」

 「……」

 「でも…やっぱり、私は四時プロから脱退します。空さんと一緒にこれから新しいVtuberをつくっていきたいと思っています」

 「…そっか」

 案外、引き留めることはしないんだな。

 俺は、隣で泣きそうになっている大真さんの背中をさすってあげた。やましい気持ちはないよ?


 「すいません…」

 「大丈夫だよ。…まあ、鈴さんが裏で何かしらやっていることは聞いてたし、良いんじゃないかな?でも…」

 「…?」

 「でも、せっかくなら––」

 そう言って、吹雪さんは俺達にある企画を提案してきた。

 俺は、大丈夫なのか心配になったが––

 「大丈夫ですよ。私が言うんですし」

 そう言って、この企画を無理やり通してきた。さすが、大手だ。



 後日。

 吹雪さんは自身の配信で『大和大真ちゃんの脱退』の報告とリスナーへ注意喚起を行ってくれた。

 そして、ある一言を付け加えた。

 「四時プロは…夕焼空さんと戦争します!」

 ……この言葉が、俺と四時プロの間に起こった“大和大真争奪戦”をエンタメ化するきっかけとなった。





 


 「千里達は平日暇な時はあるの?」

 俺は鈴さん、千里、大真さんとつくったグループチャットで質問した。

 すると、千里は仕事があったのかなかったのか返事がすぐに来る。

 「今度の水曜日は空いてる…はずだよね?」

 「はい」

 鈴さんも千里の返信に返事をする。

 「じゃあ、水曜日に皆で出かけるので空けておいて。集合は––」

 俺はある場所を集合場所にして、会話を切り上げた。忙しいかもしんないしね。



 「空さんって女装趣味とかあります?」

 俺は返信を終え、当日のための準備に取り掛かる…はずが、俺のクローゼットを何故か漁っていた大真さんは––男性サイズの女性ものの洋服を拾い上げて、聞いてきた。

 「えと…趣味ではないけど」

 「まあ、あんなことしてたんで…みなまで言わなくていいです」

 「…いやいや」

 俺の傷に塩を塗りたくる。

 でも、その塩を塗る本人の顔は吹っ切れた様子だった。

 「じゃあ、今度の水曜日。これを着ていきましょ?…着替えは私が買っておきますので」

 





 水曜日。

 俺は最初の炎上の時と同じ服、髪を着け––駅前に立っていた。

 大真さんは…少しだけ間をあけているのが気になるが、全身黒のジャージ姿でいる。

 「これって本当便利ですよね」

 そう言って、服装には合わない笑顔で俺を見てくる姿は本当に可愛らしかった。

 「あっれ~!?何でこんな格好しているの?」

 俺達が駅に到着した数分後に、千里と鈴さんは到着した。

 千里はあの時と同じ格好をしていることに、思わず笑いそうになっているのを––鈴さんは持っていたお茶のペットボトルで口を塞がせた。

 「声でバレますって」

 千里がヒロインのアニメも佳境に入ってて、昨日千里の演じるヒロインのメイン回だったので…マネージャーとしてヤバいと感じたのだろう。でも、それも危ないんじゃね?


 「…で、こんなとこに来させてどうするの?」

 口を塞がれた千里は一気飲みで、中身を空にして聞いてきた。

 「…とりあえず、これ着けてください」

 そんな、千里の言葉は流され––大真さんは鈴さんと千里さんに、小さいマイクを着けるように促した。 

 「「…なんで?」」

 まあ、普通そうなるよね。

 俺がどう答えるべきか…悩んでいると。

 「ごきげんよう~」

 千里と鈴さんの後ろから、女性の声が聞こえた。

 「…あれ?吹雪さん!?」

 鈴さんは見覚えある姿に驚愕し、千里は「誰?」って顔でその人を見つめていた。

 俺も初めてみたんだけど…こんなボーイッシュな人が吹雪さんなんだってことにビックリした。


 「今日は私のチャンネルの企画に付き合ってね?…って、空さんその恰好できたんだ~…戦争っぽいね(笑)」

 吹雪さんにもマイクが着いてて、手元にはデジカメを持っていた。

 千里は未だに「え?誰なん?」って顔をしているけど、移動中に自己紹介すればいいだろ。

 「さ~って、じゃあ戦争する場所にいきましょ!!」

 そう言って、吹雪さんは––黒のジャージ姿の大真さんの手を引っ張り歩き出した。


 「…どこ行くのよ」

 千里は俺の耳元で囁きながら、聞いてきた。

 鈴さんの方も未だに状況が把握できていないのか…吹雪さんの後を追っていた。

 俺は女装しているので、極力声を出したくはない––それを、察知したのか吹雪さんは振り返ってこう言い出す。

 「競馬場で戦争するんですよ!!」

 …その顔は、エンタメを極めんとする…勝負師の顔だった。

 

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