不当契約

 「あの、大真さん近いです…」

 「…別にいいじゃないですか」

 「え…えぇ…」

 「私に依頼したのは空さんでしょ?」

 ……決して、やましいことをしているわけではない。

 俺の隣にいた大真さんは、急に俺の方に近づいてきて––体温が分かるくらいに俺にくっついてきた。

 大真さんの手にはタブレットがあり、そこに新しい自分のモデルの案を複数書いている。

 俺はというと、鈴さんから来た連絡をみて––DMの内容をひらいた。


 「あれ?」

 俺よりも先に大真さんが俺のDMに来た宛先を見て、声をあげた。

 「吹雪先輩じゃないですか。公式マークついてるし…本物みたいですね」

 「…誰?」

 「え!?知らないんですか…?私のいた四時プロの一番最初のVtuberさんですよ?」

 「へぇ…」

 「この方がいなきゃ、四時プロは成り立つ事はなかった!ってくらい凄い方なんですよ?」

 「…これ、警告とかじゃないよな」

 「…もしかしたら…」

 俺は隣にいる大真さんの体温が少し上がっているのを肌に感じつつ––俺も体が熱くなってくる。

 「よし…開くよ」

 意を決して、俺は大真さんに見えるようにDMの中身を開いた。

 

 「はじめまして!夕焼空さんであってますよね?」


 ……確認からだよね。そりゃ、そうだ。

 「はい。私が夕焼空です」

 開いて、直ぐに返信をする––すると、直ぐに既読マークが点灯した。

 「よかったです!」

 短い文が表示され、吹雪さんって方は更に文字を打っているようだった。

 …なんてくるんだろう、めっちゃ怖いんだけど。

 『訴えますよ!!』なんて来ることもあるんだろうか?

 隣にいる、大真さんも元先輩の言葉が気になるようで……俺のパソコンの画面が見えやすいようにしたいのか、隣に座っていた椅子から立ち上がると俺の片膝を椅子にするように俺の半身の前に陣取った。…近い。

 

 「今って大真ちゃんはそこにいますか?」

 短い文だが……見ようにとっちゃ怖い文が表示された。

 それを見た大真ちゃんは何も言わずに、俺が返信するのを待っている様子だった。

 「はい、いますよ」

 嘘をついても意味はないので、正直に答えた。

 すると、吹雪先輩は「(;´∀`)」と顔文字を打って––

 「安心しました~…急にいなくなったんでビックリしてたんです」

 大真さんの無事に安堵していた。


 そこからは、四時プロを辞めた理由などを聞かれた。

 しかし、俺も学習したんだ。

 「あの、サブ垢とかありませんか?」

 千里も公式垢でDMして怒られたとか言われてたし、事務所の方も見てたら大真さんにとっても……心苦しくなる。

 そんな気持ちを察したのか、相手の四時プロVtuberの吹雪さんは既読マークを付けた後––本当にサブ垢で連絡をしてくれた。

 「こっちの方が、大真ちゃんにとっても話しやすいですもんね(;^ω^)」

 …この先輩は分かる方なのかもしれない…そう思えた。



 そこからは、吹雪さんから再度辞めた理由等の質問が飛んできた。

 …でも、ここ数日、数時間での出来事を文章にするなんて難しいものだよな…。

 「僕のディスコ教えるので、通話しませんか?そっちの方が伝わりやすいですし」

 そう返信した俺を––大真さんは一瞬睨みつけた。その顔は少し鬼に見えた。

 

 「大真さん、この方は分かってくれますよ。それに、ちゃんと終わらせるべきじゃないですか?」

 俺はそんな大真さんに問いかける。

 「そうなんですけど…でも…」

 「何かあれば、俺の責任にしていいんで」

 そう言って、片膝を椅子にしている大真さんを隣にあった椅子に座るように促した。理性保ってくれてありがとう。

 

 俺が大真さんと理性の戦闘をしている中––吹雪さんから連絡が来た。

 「わかりました」

 簡潔な文ではあったが、俺は吹雪さんと通話することになった。



 ディスコ(パソコン等でできる無料通話ソフト)を交換し終えると、すぐさま電話が鳴り響く。

 大真さんはその音にビクッとしていたが、俺は3回目のコールでとると––

 「はじめまして、煙火吹雪(えんかふぶき)と言います」

 「こちらこそ、はじめまして。夕焼空と申します」

 「えっと、大真ちゃんはそこにいますよね?」

 「…あ、え~っと…」

 「あ、事務所の方はいないですよ。それに、これは友人としてかけていると思ってくださいな」

 「…だってよ?大真さん」

 俺の隣の椅子に浅く座っている大真さんは、その問いに––

 「はい」

 短い言葉だが、返事をした。

 そこからは、俺は会話の中心を大真さんへと移した。


 「よかった~…声聞けて本当に安心した」

 「…すいません」

 「いやいや、気づいてあげられなくてごめんね」

 「……怒ってないんですか?」

 「私は心配はしてたけど、怒ってはないかな?だって、Vtuberって移り変わりが激しいし––」


 俺は聞きながら「流石、何年もやっている人だな」なんて、煙火吹雪さんのプロフィールを見ながら思った。

 大真さんの方はというと、少し泣きそうな顔にはなっているけど……なんとか持ちこたえている。


 「それに、怒っているのは事務所のほうだしね」

 「…事務所ですか?」

 大真さんは唐突に出た吹雪さんの言葉に疑問形で返す。

 「うん。実は…私達も知らなかったんだよ。大真ちゃんが私達の新衣装とかモデルとかの案やデザインをしているなんて。それに、引退配信をした日あったでしょ?あの後、スタッフが『契約違反だっ』とか言ってたみたいだけど––」

 つぎの言葉に、俺も大真さんも驚いた。


 「実は、契約書の内容が大真ちゃんに不利な契約だったのが判明したの」


 その言葉を聞いた時、様々な疑問が浮かんできた。

 それを、一つ一つ潰していくように吹雪さんは答えていく。

 「私達が入った時って本当に『やってみよう』程度で契約書なんて本当の紙切れ同然の物だったんだけど…大真ちゃんが入った辺りで、私達3人は契約の見直しをしたの。リスナーさんの中に同業者の方がいたみたいで、軽く愚痴った『給料が安い』っていうのを四時プロのお偉いさんに聞いたら、おかしいってことになってね?でも、大真ちゃんに関しては事務所は隠していたの。…酷い話にはなるけど、さっき問い合わせてみたら『絵描きに集中していたので』なんて言い訳してたのよ?呆れるわ」

 実際、契約の不備に関しては色々と聞いたことはあったけど…身近にあるんだな。

 大真さんは吹雪さんの言葉の意味を少しづつ理解しながらも––怒る様子はなかった。

 「それに、大真ちゃんに対してはデザインとかの料金を支払ってないでしょ?『当たり前なんだ』とか言ってなかった?」

 「…確か言ってた気がします」

 「……はあ、やっぱり。本当にごめんね」

 画面の先だが……吹雪さんは先輩として、友人として、事務所の関係者として––謝罪をした。そして––

 「また戻る気はない…?」

 その言葉は、魔法の言葉に聞こえた。



 俺にだってわかる。

 今までの騒動を先輩の力でうやむやにし、契約も互いが良い関係として成り立つ契約にし、いばらの道に立たずに絵が描ける…そんな魔法があれば俺は使うかもしれない。

 「……大真さん?」

 俺は吹雪さんの問いに未だに回答しないので、大真さんの顔を覗き込む。

 すると、大真さんの顔には涙が浮かび上がり––どうしたらいいのかわからない様子だった。

 なので、俺は…

 「すいません。時間をくれませんか?」

 吹雪さんに時間の猶予を欲しいと相談した。

 すると、画面先の吹雪さんは「急だったもんね」といって、了承してくれた。



 「…ところで」

 会話が終了したかのように、少しの間があったのだが––吹雪さんは喋りだした。

 「夕焼空さんって…案外話が通じる方で安心しました。流石、鈴さんのお知り合いですね」

 「鈴さんの知り合いの方なんですか?」

 「聞いてないですか?鈴さんは創立した時に携わってたんですよ」

 「…あの人って何者なんだよ」

 「神様なんじゃないですか?w」

 「かもしれないですねw」

 そう言って、笑顔が少しだけ生まれた。

 鈴さんの過去…いつか知る時が来るのかもしれない。

 「それに、遅ればせながら…今までのアーカイブを拝見しました」

 「あ、ありがとうございます…」

 「私、思った事あるんですよ」

 「え、あ、はい。どうぞ」

 「普通に言っていることおかしくなくないですか!?」

 おい、先輩が肯定したら事務所怒るんじゃね?…あれ?これはどっちの意味なんだ?

 吹雪さんは「ま、事務所には内緒で」といってたけど––

 「事務所のメンバーもスタッフも一生懸命に『この子を売りたい』って気持ちで頑張っているのはわかるんです。だから、私は何があろうとここから出ようとは思っていません。それでも、『心』ってのはありますもんね。Vtuber自身が『やりたい』ってことをやるのが一番なので」

 吹雪さんはやはりできる先輩なんだな。こんな先輩がいるから四時プロは大きくなったんだと思う。



 「とりあえず、事務所には私から言っておきます。答えのほうは、大真ちゃんが言える時になったら通話かけてきてください」


 吹雪さんの言葉は、少しの余裕があった気がした。

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