ネット記事

 ……迂闊だった。

 俺も、大真さんも…。



 3回目の配信を終え、チャンネル登録者もいつの間にか5桁になっていた。

 そんな現状に……少しだけ嬉しさを覚え。

 そして、俺の絵を“俺を作ったママ”でもある…大手Vtuber事務所にいた大真さんに新しいデザインを描いてくれたことに舞い上がっていた。


 

 「あの、空さん」

 未だに同居生活には慣れていない……でも、それは後々語ることになると思う。

 でも、今はそんな状況ではないことを部屋着姿の大真さんが告げてきた。

 「ど、どうしたんですか?」

  物音も立てないように入ってきたのか、気づくのが遅れて飛び跳ねる俺を無視し––自身のタブレットで、あるネットニュース記事を見せてきた。

 

 【四時プロを引退したVtuber『大和大真』が個人Vtuberとコラボか?】


 見出しだけを見れば…そこまで、大きな出来事には思えないかもしれない。

 しかし……正直まずい。


 ……大手事務所というのは『契約』で色々と成り立っている。

 そのキャラクターや人物を保護する––それが契約だ。

 また、契約を破棄した場合等は…正直色々と制約が発生するとも聞く。

 確か……海外なら大きな賠償金等が発生することもある。



 「もしかして、大真さんも何か契約とか…」

 俺は恐る恐る聞いてみると、大真さんは何かを思い出すかのように考えこむと––

 「覚えてないです」

 そう言って、微妙な顔をしていた。

 「でも、私とコラボした事のある方が引退した後、違う事務所で活動したら…色々と来たとか聞いたことあるんですよね…」

 大真さんの顔は変わらないけど––少し焦っているように見えた。

 

 ……ところで…何故バレた?

 限定配信していたし、切り抜き動画だったとしても声なんてのってないはずなんだけど…。

 「多分、これでバレたんだと…」

 大真さんは自身のサインを書く––そこには『大真』と書いている。

 「失敗しました…、仮名を書いておけば」

 チケ蔵って言ってたのに、サインには“大真”って書いているのおかしいもんね。

 それに、大手事務所に所属していたんだ…グッズ等にサイン書いている事は今のVtuberでは当たり前だし。

 ……だったら、きっと鈍い人でも––

 『チケ蔵っていう絵描きは大手Vtuber事務所四時プロに所属していた大和大真だ』

 そう思うのは必然だよな。



 

 

 「どうしましょう」

 大真さんの表情は少しづつ、状況が理解できてきたのか…悲しそうな顔をしていた。

 今すぐに抱きしめてあげたい!!!そんな衝動を俺は抑えつつ––

 「大丈夫ですよ。僕を誰だと思っているんですか?」

 強がりなのがバレているかもしれない。

 でも、俺にはこういう事しか言えなかった。

 ……って、衝動的に大真さんの両肩掴んでた…やば、めっちゃ細い。


 「こんなことになるなんて……。本当にすいません」

 大真さんは、俺が接触していることに対しての感情は何も抱いていないくらいに––切羽詰まった顔になっていく。


 「私は…本当に絵が好きなんです。絵が好きで……絵で生きていくことを両親は否定もせずに、背中を押してくれました。そして、背中を押してくれたから四時プロに入って…たくさんのリスナーさんに出会いました。私にとって、リスナーも大事な家族です…家族だからこそ、私は裏切りたくはなかった」

 大真さんの目には大きな粒が生まれ––流れていった。

 「私が今やっていることは……きっと、沢山の人を裏切ってます。わかっているんです。……でも、自分自身にも嘘はつきたくはなかった…“私が描いた絵で色々な人を幸せにする”ってことに」

 大真さんの感情はどんどんと大きくなる。

 「今でも思い出すんです……私が四時プロに入って、デビューして…ある程度のまとまったお金ができて…両親に初めてプレゼントしました。湯呑を。でも、恥ずかしいから“vtuberの私”として送ったんです。…そしたら、数日後に両親から電話がきました」

 大真さんの目には何度も涙が生まれ、流れていく。

 「“ありがとう”って。でも、両親は湯呑ではなくて“大真が描いている絵が嬉しくって”と言ってくれました。知っていたんですよ、私が自分自身をデザインしていたことに…やっぱり、ずーっと絵を見てきたからわかるんですよね」

 泣きながら、笑顔を浮かべる大真さんは…本当に素敵な人だと、俺は思った。

 「その時から、“私がしたいことは何だろう”と思うことが増えました。そして、今までやってきたことがしたいことなのか、自分らしいことなのか…自分で自分がわからなくなってきました。…その時です。空さんに出会ったのは」

 大真さんの顔はまっすぐと––俺を見つめている。

 

 「沢山の人を裏切ったとしても、私は私を見失うのはダメだと思いました。そして、そんな自分を好きでいてくれる人のために頑張ろうと。裏切ったことは正当化できないですけど……でも––」

 大真さんは覚悟をもった顔をした。

 「後悔はしていません」

 その顔を……俺は一生忘れることはないだろう。





 ネットでは多くのコメントが、記事に書かれている。

 そうなれば、やはり…前の事務所にコメントを求める輩や記者はいるものだ。

 前の事務所である四時プロは最初は静観する姿勢をとっていたが、あまりにも多くのコメントが来たため––

 「対応を検討します」

 そうHP(ホームページ)に記載していた。


 俺はというと、一人で対応するよりも仲間と考えるべきと考え、千里や鈴さんにもラインで連絡を取った。

 「どうすればいい」

 簡潔な言い方だが、内容はとっくに知っているはずだ。

 大真さんも大真さんで色々とやってくれているが…俺は「気にしないで」と言って、気晴らしになればと“大真さん自身のモデルを作成する”依頼をした。

 「んー、別にいいんじゃないの?」

 ラインには早速千里から返事がきた。って、何か軽くね?

 「おい」

 「あー、いや他人事とかじゃないよ?でも、大真ちゃん本人が言ってたと思うけど『契約書』に特に何も書いていないんなら効力はないしw」

 「契約書今無いって言ってたぞ」

 「事務所が保管してるかもしんないけどねぇ~…様子見しないといけないかもね」

 どこか軽いような…同じ契約社会で生きているからなのか…余裕あるな。

 千里はゆるふわなアニメキャラのスタンプを連投し––

 「まっ、空君がなんとかするでしょ」

 そう言って、会話を終了させた。

 

 「遅れてすいません」

 千里が半ば強制的に会話を終了させた数分後に、鈴さんから返信がきた。

 今日は千里とは一緒にはいないのかもしれない。

 「急にすいません」

 「いえいえ、ネットで記事拝見しました。…迂闊ではあったかもしれませんけど、人間って失敗するものですからね」

 流石、マネージャーなだけある。

 「後ほど、新しい連絡が来ると思いますので。DM(ダイレクトメール)の設定を確認しておいてください」

 そう返事がくると、鈴さんからの返事は来なくなった。


 「え…?」

 俺は状況を把握できないまま––言われた通りに設定を確認した。

 大真さんはというと––落ち着いてはいないが、俺が作ったホットミルクを啜っていた。


 

 「はじめまして!夕焼空さんであってますよね?」

 数分もしないうちに、DMに連絡がきた。

 それは、四時プロを牽引してきたVtuberからの連絡だった。

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