3回目の配信~炎上Vのママ~

 四時プロから引退––離脱してから2日しか経っていない。

 それでも、私には長い時間だったように思う。

 

 「早速ですが、私が新デザインを描きます」

 今一緒に住んでいる…住み始めようとしている––炎上Vtuberの空さんの隣に座り、タブレットに電源をつけた。

 一昨日(おととい)まで描いていた四時プロの先輩方の衣装デザイン等が出てきたけど……それを、私は四時プロでも仲良くしていた数少ない後輩に一斉に送信し、削除した。

 そして、新しい真っ白なキャンパスに…空さんのラフを描くことにした。

 「配信は夕方以降にしましょう」

 案を思い浮かべながらも、私はやっとの事で寝ぐせを直してきた空さんに聞こえるように呟いた。


 







 時刻は18時を過ぎた。

 俺は隣で終始無言でいる…推しでもあった大真さんに気圧され––配信予告を投稿した。

 勿論、千里やマネージャーの鈴さんにも報告をしたわけだが

 「大真さんはそういう人なので」

 その言葉を“了承している”と捉え、俺はSNSの反応を見てみることにした。

 勿論……ここ数日の炎上の件で色々と注目の的となってしまっている。

 なので、大真さんには「無言でいてください」と念を押した。

 ……って、待って。は?推しと配信するの?…あ、もう四時プロの大真ではないんですけど。

 でも、姿も声も全てが3次元プリントされたような(本物なんだけどね)方がいるとか……やば、鼻血出そう。

 色々な興奮を––トイレに行くのを抑え、俺は大真さんに再度気になる事を聞いた。

 「その……本当にいいんですか?」

 その問いに、大真さんはこっちを振り向くことはなく––

 「私がしたいことなので」

 素っ気ない返事がきた。集中しているのだろう。

 

 配信時間が刻一刻と迫ってくる。

 俺は自室にある簡易的な防音室に入る、大真さんのタブレットと今使っているパソコンはWi-Fi経由で繋ぎ、同じ回線であればタブレットで作業していることをパソコン上で確認できるように設定した。

 「さて~っと」

 俺はカメラ、マイク…各種機材のチェックを終え––最後に大真さんの描いている物がリスナーにも見えるように配信ソフトで設定した。…今、大真さんは棒人間のようなものを描いている。何描こうとしてるんだろう。

 「大真さん~配信準備できましたけど」

 俺は隣室にいる大真さんに聞こえるように、声をかけると––設定した配信画面に「わかりました」と書いてきた。

 「じゃあ、配信するかぁ」

 俺にとって、夕焼空にとって3回目の配信がスタートされる……けど、俺はビビッて今回はチャンネル登録者限定配信にした。



 「やっほー、夕焼空だよ~。……挨拶ってさ、何でこんなに難しいんだろね。さて、今日は突発的な配信をしてごめんね」

 2回目の配信に比べると––閲覧数は3桁程だった。まあ、限定配信だしね。

 「今日はね!ゲストがきてます!」

 そう言って、画面上に黒い人影を載せ––

 「この方です!!!…えと、名前どうしよ」

 ……考えるの忘れてた。『大真です』なんて言ったらマジでヤバいだろうし。

 【どうも、チケ蔵です】

 色々な事を考えていると、手書き文字が俺の配信上にバンと描かれた。

 「…うん…はい、チケ蔵さんが来てくださいましたぁ。……まあ、誰かわかんないよね」

 きっと、大真さんもさっき思いついたんだろう…どこかで聞いたことある名前だ。

・誰?

・誰?

・誰?

 同じようなコメントしか現在流れてこない。そうだよな。

 「俺の事を描いてくれた方なんですよ。この女装めっちゃ可愛いのはチケ蔵さんのお陰なんです」

 俺は大真さん…こと、チケ蔵さんのプロフィールを軽く紹介する。––すると、

・ママ?

・残念な子産んでしまいましたな

・親子配信か

 俺が如何に炎上しているのか、普通だったら親不孝者な俺を象徴するコメントがさっき以上に流れた。おい、俺の不幸好きだな。


 チケ蔵さんは「どうも、お初にお目にかかります」と書いて、添えるかのように汚い棒人間を隣に描き始めた。

 「チケ蔵さん!?」

 その棒人間は段々とデフォルメされた––女装した夕焼空になっていくんだが…何で、こんなに顔がひょっとこ顔なんだよ。

・チケ蔵さんの画力やば

・笑いのツボ抑えてるww

・さすがママだわ

 閲覧者が少ないからなのか…何か暖かいな。この配信。

 批判的な…攻撃的なコメントが未だにないのは凄く珍しくて、俺は少し肩の荷が下りた。

 初ゲスト、元推し、四時プロへ配慮……色々な緊張があったけど…これなら大丈夫か?


 「今日は、このチケ蔵さんが俺のデザインを作ってくれるみたいです」

 俺はリスナーに言うと、リスナーは「おお」っといった反応を示し––

 【がんばります】

 大真さんこと、チケ蔵さんはその反応に答えていた。


 そこからは本当に他愛のない話が繰り返された。

 初配信や2回目の配信みたいな起伏の激しいものではなく、ただただチケ蔵さんのイラストを見ながらしゃべる。

 だからなのか、俺の配信の閲覧者は4桁には超えることはなかった。

 色々なVtuberが“閲覧者を増やしたい”と思っているのだろが、俺はこれでも幸せだった。

 だってそうじゃん?推しが絵を描いてくれて、リスナーとは談笑できる…これほど癒し空間は猫カフェ以外ないってもんよ。



 

 【これでどうでしょう】

 配信を始めて、約30分時間程だろう。

 ラフというよりも、清書に近いような感じで俺の新デザインの案が描かれた。

 そこには、まだ登場していなかった男性版の姿に銀髪、ロング等の多種多様の髪型と、ダボッとしたパーカーを着ているものが。そして、もう一つ––

 【女装ってことで、体型が隠れるように大きな和ロリを描いた】

 そう笑顔の俺の隣に手書きでコメントした。


 「わ!!!すげえ!!!」

 俺の想像していた物の倍以上の出来に––俺の推しが描いてくれたことに––つい叫んでしまった。

 過程は談笑しつつも見ていたはずなのに…やばい感動する。

 俺は何度もチケ蔵さんにお礼をした。そして……

 「サイン書いてください!」

 ママでも、一緒に住む人相手でもない…本当に一ファンとしてお願いした。

 チケ蔵さんも【いいよ】と快く了承し、パパッとサインを書いた。

 

 「う~(´;ω;`)」

 あまりの嬉しさに涙が止まらない…俺は「大事にします」とお礼を言って––

 「これ…このまま配信終えて、優越に浸るしかないわ」

 そう言って、軽い挨拶をしたのち配信を閉じた。

 


 …それが、後日ネットニュースになるなんて、俺も大真さんも気づきはしなかった。

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