始動~推し様!?~

 「あー、やっときた!」

 「ども」

 午後19時を過ぎたところだろう。

 俺は都内にある居酒屋チェーン店に来ていた。

 勿論…普通の男の姿で。


 「遅いから、先に始めてるぞ~!空君はコーラね!?」

 「はいはい」

 手元に焼酎のロックらしきグラスを置いて、隣にある座布団をバンバンと叩き、俺に来るように促す千里に軽い返事をし、座った。

 あまり来た事のない店だったが、店内は完全個室のようになっている。

 俺は少し薄暗い個室の空間を見回して……目の前に2人人影があるのが分かった。

 そして、それと同時に居酒屋のスタッフが俺にお通しとコーラを持ってきて––俺の目の前にドンと置いた。

 「ほいほい~っと。乾杯しなきゃね!!…って、まだ会ったことないんだっけ?」

 千里はついでに頼んでおいたのだろう、ビールの大ジョッキを片手に持っていた。


 「あ、どうも。天音鈴です!ラインでは会話したことありましたけど」

 「あ、どうも」

 拍子抜けした返事をする俺。目の前にいる子は、声優山田千里のマネージャーであり今回の計画の参加者の 天音鈴さん か。

 思っていた以上に若く、俺とさほど年齢は変わらない…のか?

 見た目もキャリアウーマンを彷彿させるスーツ姿だが身長は150cm程、セミロングの髪をポニーテールにしている…眼鏡もかけているのだが––『アイドルです』といっても通用するかもしれない。

 そんな、鈴さんは「あまり飲まないでくださいよ」と俺に挨拶したあと、千里にくぎを刺している。


 ––そして、俺から見て左斜めにいる方は…。

 「初めまして。私は大和大真です」

 …は?は?は?

 「…あ、もう違うんだ…」

 …はい?ん?ん?

 「えっと…大真(たいしん)って呼んでください」

 状況が呑み込めないんだけど…?四時プロの大真ちゃんが何で?

 …それにしても、鋭い目つきに、中性的な服装。そして、ショートの髪型は本当に四時プロの大真ちゃんのままで驚いた。


 「あ、そうだった。空君には何も言ってなかったよね」

 千里はそう言って––乾杯もせずにビールに口をつけて、髭を生やしていた。

 そんな、千里は髭をかき消すかのように––ビールを飲み干すと––



 「これから、Vtuberプロダクション設立会議をします!!」



 そう言って、鈴さんから手渡された水を一口飲んだ。


 「は?待って?色々訳わかんないんだけど」

 俺はそんな上機嫌になって酔っている千里に聞く。すると、千里ではなく鈴さんが俺に答えてくれた。


 「実は、千里本人もVtuberデビューすることになっているんですよ。今放映しているアニメが終了次第ではありますけど。終わった後に、空君さんとのコラボで“千里”とは言わないですけど…匂わせ程度でデビューします。そして––」

 鈴さんは隣にいる、大真ちゃんを見て。

 「こちらにいる、大真さんには絵師としてだけではなく。私達のプロダクションから転生してもらいます」

 大真さんは小さく「どうも」と言って、自分の手元にあったオレンジジュースらしきものを一口飲んだ。


 「……いやいや、ツッコミどころ多いんですけど!?」

 俺は自分の想像以上の声で突っ込むと––千里は『えへへ』と笑って俺に肩を組んできた。

 「空君は凄いよ!本当に凄い!!この大信たんはねぇ~……空君の配信を見て、私達の計画に乗ってくれたんだよ!?」

 …そうなんだぁ…へぇ…ってなるかよ。

 鈴さんは悪酔いしてきている千里を俺から引きはがしながら––

 「実は、大真さんはイラストレーターとしての活動もされてまして。空君さんのVの姿とかは大真さんが描いてくれてるんですよ!四時プロのほうでは隠してたみたいなんですけどね…って、千里は水のみなさい」

 「…そうなんですよ」

 大真さんの顔に少し照れがあって…ヤバい、可愛い。

 千里と鈴さんはバランスを崩して––千里が鈴さんに「あーん、きてぇ~♡」とか言っているのは…無視しよ。

 大真さんはそんな2人を尻目に––地味な俺の目を真っすぐとみて––

 「Vtuberだからって縛られるのは…もうこりごり。事務所は言ってなかったけど、暗黙の了解を押し付けるような。…そんな時、空さんの配信の言葉が助けになった。Vtuberにも色々な可能性があるんだ~って。…まあ、千里さんのプロフ使ったのは良くないとは思うけど」

 …あれ、俺のせいになってるの?

 「だから、四時プロは辞めてここにきた。私の事がやりたいことをやるために」

 言葉は配信と同じように簡潔だけど…嬉しかった。


 俺はそんな言葉を聞いて舞い上がって––コーラを一気飲みした。

 居酒屋ってさ…ジュースでも酒飲んでる感じしない?場に酔ってる感じ。

 だからなのか…俺は大真さんにこう返した。

 「じゃあ、今度けっこ––」

 「ご飯食べましょう」

 ……くそぅ、今ならいけると思ったのに。


 そんな場が荒れてしまった状態を––この企画のブレーン担当が治めるように語りだす。

 「ってなわけで、今回は初顔合わせをしました!ちなみに、千里はアニメ終了次第、大真さんはモデルと場が収まった後にデビューします。なので、空君さん!貴方の腕次第で今後変わってくるので…頼みますよ!!」

 鈴さんも…何か酔っているんだろう。俺の両肩をグッと掴んできた。

 「…が、がんばります」

 千里も大真さんも凄い眼差しで俺を見ているのには––今までにない緊張と高揚感があった。

 

 そこからは、交流も兼ねて談笑した。

 やはり、話題の中心は大真さんで「好きな物」から「性癖」まで千里を中心に質問をされていた。

 

 「さ…今日はお開きにしましょうかね」

 1時間程した時、鈴さんは明日の予定を見て会をお開きにした。

 

 「あ、支払いは千里がします」

 お会計、2万円弱を鈴さんは千里さんの前に置き––俺と大真さんと鈴さんは店を出た。

 「経費では落ちませんのでね」という鈴さんの言葉が何か可愛らしかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る