夢と始動
炎上Vの闇~夢はなんだっけ~
千里は仕事の合間なのか、休みなのかわからないが––配信を終えた俺のスマホに直ぐにラインがきた。
「千里って案外暇人なのかよ」
「暇人ちゃうわw」
「配信見てたんでしょ?じゃなきゃ、こんな事言ってくるわけないやん」
「まあ、たまたま……?見てただけよ!!……にしても、空君って本当〇ろゆきさんみたいな事言うよねぇ~。人生苦労してるでしょ?」
「苦労していなかったら……こんなことになってないでしょ」
「あははw確かにwww」
「…で?何か言いたいことあったの?」
俺は配信を終えたけど、放送事故をしていないか不安になり……パソコンを再起動させる。
「空君って本当にお人好しっていうか、先読みしてるっていうか!本当、最高だわ!!」
「…じゃあ、今度何か奢ってくれ」
そう返信すると……パソコンが立ち上がると同時に、千里からゆるキャラのスタンプと––「〇ね!」という返事が届く。俺のパソコンから言ってるみたいで嫌だわぁ。
「ところで……今後もこんな配信だけでいいのかよ」
純粋な質問を千里に送ってみる。
すると、千里は【?】の顔文字を打って––
「まあ、今後もお願いしたい事もあるんだけど……空君自身したいことはないの?」
「したいこと?」
「そうそう。せっかくならVtuberでしたいことはないのかなぁ?って。声優を目指すもよし、芸能界に入るきっかけを作るもよし、アイドル売りしたいもよし……色々な可能性を作ってもいいんじゃないかなって」
「……」
一度や二度挫折した俺からすると…正直言って苦痛だった。
だって、そうでしょ?
「夢を成功させた人はいいよな……確かに失敗したこととかあるかもしれないけど、“現実”として今それを手にしている。俺は……自分では認めたくはないんだけど、ない。それを成功者でもある人から『頑張れ、できる』って言われても……何度足掻いても何も手にしなかった俺には……辛い。それなら、“正解”っていう線路を引いてもらったほうが楽だ」
……あー、ヤバい。酒がまだ回ってるのか?
柄にもないことを元同級生で…今じゃ、雲の上の存在にもなった奴に吐露してしまった。
数分、千里からの返信はなかった。
千里は声優だ。それに、今じゃ俺を雇用しようと…副業をしようと色々と画策している。それは、成功者である証なのだ。
そんな、千里に対して…今こうやって話す機会ができて––目の当たりにした光に俺は目が眩んでいるんだろう……。
「……成功っていうのは時間が必要。それは、同じ時間ではない。……私だって、今声優をしていたって『明日は無職』って可能性あるもん。逆に言えば、空君にだってこれから大きく、光り輝く未来があるかもしれない。チャンスをつかむのは一握りかもしれないけど、平等に来るもんじゃない?」
俺が色々な感情の海をさまよっていると––千里はこう返信してきた。
……わかっている。わかってはいるんだ…。
「そのチャンスを誰にも取られない!取らせない!!その心意気は常に持つべきだよ?空君にはそれができる。底辺だったかもしれないけど、チャンスをつかむために色々な事をしたり…今じゃ悪役をしてもらっているかもしれないけど…きっかけを掴むことをひたすらにしている」
多分、千里自身も上手く言葉には伝えれないんだろうけど……俺の言葉に正面から受け止めてくれている。
「同級生だから…っていうのはあるさ。でも、あんなに沢山いた中で『力になりたい』と思ったのは空君だけだよ」
千里はそう返信し、俺はスマホから目を離した。
「俺は酔っているからだ」そう言い聞かせて。
翌日。
空き缶となった缶酎ハイとコーラをまとめてゴミに出して、水を飲んで一日を開始した。
あの夜以降も千里には返信はできていない、勿論マネージャーの鈴さんにも連絡ができていない。
簡単に「昨日はごめんよ!」なんて言えれば楽かもしれない。でも––
『自分がどうしたいのか』……わからない。
同級生でもあった声優、恐らく大学まで行って目標を持って入社したマネージャー……そんな光にあてられ、ふと自分の陰を見て先が見えそうで……見えない。
そんな状況の中で今のままでいれば、きっと俺は何も得る事もできない。ましてや、他の人生を壊す…怖い。
だから、俺は……一気に増えたチャンネル登録者やフォロワーを見て……怖気づいていた。酒のせいではなかったんだ。
それでも、人というのは生活していかなきゃいけない。
俺は昨日マックのついでにと買っていたカップ麺にお湯を注ぎ入れ。昨日点けたままで、今はスリープ状態になっているパソコンの電源をつけ直した。
……デスクトップの画面が映し出された。俺の推しである大手Vtuber事務所の【四時プロ】の“大和大真”ちゃんが今にも画面外に飛び出そうとしている画像が、俺に手を振っている。
「おはよ」
別にそう言った趣味はないんだけど……今日は何か言いたくなった。
醤油味のカップ麺をすする音が部屋でこだまする。
上京した時から未だに家具も服も最低限で済ませるから、寂しい空間で生活しているのだ。
それでも、やっぱり寂しい気持ちはあるので––俺は推しのアーカイブを見る事にしている。
「……こんちは。今日も来てくれてありがと」
画面先のショートの髪型で中性的な顔立ちのVtuber、推しの大和大真ちゃんはそう言って俺に向かってツンとした態度で迎えてくれた。
……そこからは、大和大真ちゃんは色々な話をリスナーとしていた。
海外のリスナーもいるようで、片言で『サ、サンキュ』と言っている大信ちゃん。
「可愛い!」といわれて、「うっさい!」といって返す大信ちゃん。
…色々な姿を見せてくれる大信ちゃんに、俺は軽くだけど感情を移すことができて楽になった。
「さてと…返信しなきゃ」
大真ちゃんのお陰で––俺は千里に返信をすることにした。
「昨日はごめん。ゆっくりだけど…これから先の未来を考えるよ」
本当に短い文だけど……俺にはこれが精いっぱいだった。
それでも、千里は理解してくれているかのように––「わかったよ」と返してくれた。
そして、もう一つ。千里は––
「配信は少しだけ休もっか。ダークヒーローってのはキツイもんね。そこまで考えられなくてごめんよ~……ってなわけで、今日空いてる?」
急な誘いをしてきた。
「特には予定ないけど」
「自宅警備員の職務は真っ当しなくて大丈夫?w」
「うるさいな」
「いやー、ごめんww んじゃさ、今日は私とマネージャーでご飯行くから一緒に来る?事務所のお金で食べれるよ?」
「…行く」
「よっしゃ!決まりね!ナニ食べたいとかあったら後々連絡しといて!」
「……」
「うわぁ~むっつりスケベさん♡」
「……」
「……あ、仕事だから!あとで!!」
逃げたな。千里。
俺はスープまで飲み干したカップ麺を台所の流しに置き、コーラを肴にアーカイブの視聴を続けた。
「この配信で私は引退します」
その言葉が配信のラストで大真ちゃんは言って––配信は閉じられた。
俺は…その言葉の真意を知るのは––千里達とご飯を食べる時だった。
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