推しタクシー?

 「そういえば…空君さんって一人暮らしみたいですけど、ワンルームなんですか?」

 鈴さんは決起集会(?)で来ていた居酒屋から出た時に聞いてきた。

 千里は未だに店内にてトイレに行っているのか、会計しているのか––未だに出てきていないので、俺達は千里が来るのを待っていた。

 ……一人暮らしとか色々と知っているのは、きっと千里が俺の個人情報を直ぐに言うんだろうな。情報漏洩ぞ?処すぞ?

 

 「いやぁ~、上京したら簡単に友人ができると思って…2DKなんですよ」

 「え!?家賃とか大丈夫ですか?」

 「一応、ブラック会社で勤めていた時の貯金や今は失業保険とかもありますので…。それに、都内ではなくって埼玉なんですよね。家賃の関係で」

 「あ~!電車便利ですもんね」

 「そうなんですよ。地方なら終電もうすぐなんですけど、まだあるって本当凄いですよね」

 「千里も言ってましたね(笑)」

 …あ、干芋って住所わかんないんだっけ。

 ってか、なんでそんなこと聞くんだ?世間話にしては凄く詳細聞いてくるような感じだけど。


 鈴さんは何かに納得したかのように頷くと––

 「千里遅いんで様子見てきますね!あと、タクシーも呼んでおきますので!!」

 そう言って、再度店内へと千里を連れ出すために入っていった。

 ……そうなれば、俺は推しでもある 大真さん と2人きり…。

 「あ、改めてまして 空 と申します。僕も実は本名なんですよ。名字は違いますけど」

 「…知ってます」

 「あ~…」

 会話が続かない…。

 【ファンが推しを目の前にすると何もしゃべれない】ってのはこの事だよな。


 …あれ?何で俺の名字が違うの知ってるんだ?

 って、言っても【夕焼】って名字はなかなかいないもんね。気のせいだ。


 そんな緊迫した空間が––本当に一時間以上あった様な気がした。

 「お待たせしました~!」

 それを切り裂いたのは、鈴さんの声だった。

 鈴さんの肩を千里は借りて、フラフラと2人して店内から出てきた…そんなに酔ったの…いや、これは本当にお金事務所から出なかったんだな?

 「タクシーはもうすぐ来ますんで」

 鈴さんは、フラフラ千里を近くにあったベンチに投げるかのように置く。大丈夫か?演者だぞ?

 「…お金無いんですけど」

 そんな千里と鈴さんを見ながら、俺は鈴さんに向けて財布の中身をみせた。

 一応、お金は多少持ってるけど…それなら、電車で帰ったほうがいいんだけど。

 「大丈夫ですっ!タクシー代は事務所持ちで支払いさせてもらいます!!そうじゃなきゃ、わざわざ来てもらった面目が立ちません」

 鈴さんはドヤ顔眼鏡キラーンッ!って感じでポーズをとっている。後ろでは千里が「おい!じゃあ、飲食代も出せよ!」って大真さんがそっと買ってきた水をがぶ飲みしながら叫んでいる……が、無視されているのは千里と鈴さんの関係が良くわかる。




 程なくしてタクシーが2台やってきた。

 「私は千里を送ってきます」

 鈴さんはそう言って、片方のタクシーに千里を放り込むと––俺にある程度のお金を渡してきた。あ、現金支給なんだ。

 「足りない時は連絡くださいね?」

 鈴さんは俺の耳元で囁くと、タクシーに乗り込んで走り去ってしまった。



 俺はタクシーが見えなくなるまで見送り––

 「さ、帰るか」

 俺はタクシーに乗り込んだ。


 ……さて、ここで問題です。めっちゃ難しいのでよーく聞いておいてください。

 “今、自分の隣に中性的な顔立ちの美少女がいます。身長は今確認すれば、140cm代かもしれません。そんな美少女は貴方の推しです。どうしますか?”

 A,一緒に帰ろうとタクシーに乗せる

 B,美少女をタクシーに載せて、自分は電車で帰る

 C,お持ち帰りする

 はい、お答えください。

 …はい、時間切れです。時間なんて有限なんじゃ、アホ。

 

 


 「えと…」

 俺は何て回答すればいいのか、考え込んでいると––

 「埼玉方面へお願いします」

 俺の隣には美少女の––大真さんが乗っていた。

 「住所を運転手に言ってください」

 大真さんはキョトン顔をしている俺の目をまっすぐに見て言ってくる。

 「え?あ~…」

 何か雰囲気に負けて、俺は運転手に自分の住所を伝え、運転手はナビにその住所を入力して––走り出した。

 いやいや、状況がわかんないんだけど!?

 俺は頭の整理ができないままでいるのだけど、運転手もいるし、変にひそひそ話をすれば勘違いされるかもしれないと思い何も聞けずにいた。

 「何も聞かないんですね」

 小さい声だけど、俺の隣に座っている大信さんは呟いた。


 タクシーはどんどんと埼玉の自宅へと近づいてくる。

 案外、埼玉も都会なんだなって外に流れる風景を見ながら、現実逃避をする。

 タクシーの運転手はというと、長距離のお客は一回で大きなお金が動くからなのか…たまに聞こえる鼻歌に「あ、これ80年代の曲だ」なんて脳内で回答することで、現実逃避に拍車をかけた。

 隣にいる、大真さんも自身のスマホで何か操作しているみたいだけど…直視できない。あー!!尊い!!!


 「ありがとうございました~」

 タクシーの運転手は俺の自宅付近に到着し、後部座席に座っている俺達のドアを開いた。

 あ、もうこの尊い時間は終わりなのか…一生幸せにします。ありがとう。

 「んじゃ、大真さん…このお金」

 多分、大真さんも埼玉方面なんだろな、今のVtuberって県外からでも配信できるから地方の人が多いって聞くし。

 なので、俺は大真さんに鈴さんからもらったお金を渡そうとするけど…あれ?いない?

 「いやー、着いた」

 …ん?外に出てる?

 「ほら、空さんお金払わなきゃ」

 さっきからずっと処理できていない脳内をフル回転させ…る前に俺はタクシーにお金を渡し、領収書をもらって……タクシーを降りた。

 「空さんの部屋ってどこなんですか?鍵ください」

 大真さんは俺の方に両手を、小型犬のような眼差しで差し出す。

 俺はそんな大真さんに気圧され––部屋番号と鍵を渡した。

 すると、大真さんは「ありがとうございます」と言ってすぐさま部屋の方へと歩いていってしまった。

 

 「あれ?なにこれ?夢?…夢だよな~アハハ」

 今までずーっと夢のままでいたんなら本当に幸せな夢でした。神様ありがとう。

 …でも、どこから夢なんだ?

 「帰ろ」

 俺は何が現実なのかわからないまま……合鍵を、誕生日に買ったキーケースから取り出すと自室へと向かった。

 「良い夢だったな」

 そう思いながら、鍵穴に鍵を入れて回す………開かない。

 鍵閉めてなかったっけ?…泥棒か!?

 俺は恐る恐るドアを開けた。


 

 「空さん遅いですよ。…こっちの部屋何も使ってないんですよね?使わせてくださいね」

 大きなTシャツをワンピースのようにし…多分、短パンを履いている––部屋着姿の大真さんが笑顔で言った。

 

 「今日から住ませてもらいますね!」

 この言葉が理解できたのは、次の日のことだった。

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