女装Vの中身(飲酒済)が、煽り付きでアキバを歩くとこうなる。
『お待たせしました––お待たせしすぎたのかもしれません』
…なんて、多分今あの芸人さん?監督?なら言ってるかもしれないけど。
俺は…正直乗り気はしない。
今、午後の4時を過ぎた辺りだ。
「ん~…まあ、こんなもんじゃない?」
俺の目の前で千里は––俺の足先から頭まで舐めまわす様に見て、何か妥協したかのように––ロケバスの中で呟いた。
先日言っていたことが…今事実になって、俺は今女装をしている。
「俺がしなきゃダメなのかよ?だって、あん時よりも老けているんだし…身代わりを見繕うくらいの財力、千里ならなんとかできるでしょ」
暑すぎて、スカートの下から空気を入れて涼しもうとする俺に––千里は大きく反論する。
「馬鹿じゃないの?それすりゃ、空君のアイデンティティなくなっちゃうじゃん。それに、昔やってたんだから別に今更恥ずかしがることないじゃん」
そう言うと、事前に黒色のローファーを履き、黒いシックなセミロングのスカートに黒のニーハイ(毛穴隠しにその下にストッキングを履いている)、上半身は黒色のフリルのついブラウスを着ている俺に––茶髪のロングのウイッグを着けさせた。
一応ということで、そのウイッグに固定目的で猫耳の黒いヘッドホンを着けて––俺の女装は完成した。
メイクの方は、千里の方が事前にプロの方に頼んでいたらしく。
年相応…いや、少し若い印象に見られるように俺を改造してくれた。
よく女装を初めてするアニメキャラが「これが…俺?」なんていって、鏡を凝視したり、顔を赤らめたりするけど––あれは幻だ。
「…で、何をすればいいわけ?」
俺が場慣れしているからかもしれないが––案外、簡単に現実を受け入れるもんだ。
「このヘッドホンは私からの指示が聞こえるようにしているから、何かあれば指示する。それと、このプラカードを持っていて欲しいんだよね」
そうやって渡されたプラカードには––裏表で何か書いている。
【若手人気声優の山田千里よりも私の方が可愛いと思う人はハッシュタグつけて投稿してね♡】【こんな超絶美少女の裏垢を知りたい人は…このQRコードを読み込んでね♡】
「…は?」
俺は何度も書き間違えじゃないかと思っていたのだが…やはり、見間違えではなかったようだ…ヤバすぎだろ。
しかも、表面に書いている【声優の~】のほうには千里自身のプロフ画像に目線を黒で塗りつぶしている…これ、事務所怒んないの?
「事務所には許可もらってないよ?」
「は!?」
「いや~…炎上って事務所も嫌がることでしょ?実は、空君とDMしたことですら怒ってたもん」
「…声優人生お先真っ暗になるぞ?」
「いやいや、声優っていたって色々な事あるじゃん。AV(アニマルビデオ)とかに出てた人いるし、ましてや––」
「おい!」
なんとなく、この先は聞いちゃいけないような気がして制止させた。
千里はそれでも何か言いたげだったけど…清楚ってそんなに溜まるものなんだろうか。
「……まあ、この事について知ってるのは私のマネージャーだけだし。マネージャーも親身になって今回のこと聞いてくれてさ、協力するって言ってくれたんだよね。それに…今日は事務作業があるから来れなかったみたいだけど、空君に興味があるみたい」
千里は切り替えるかのように言うと、俺に透明の液体を渡してきた。
「これ飲んで!」
「…酒?」
俺は匂いですぐに当てると、千里は悪びれることもせずに––
「これ飲んで昔だって路上配信してたじゃん?それに、『顔を赤らめる女性ってモテる』ってどっかの雑誌が書いてたし!!大丈夫。度数はほろ酔い程度のもんだから」
そう言いつつ、俺の口元にその液体を押し付けると––俺の頭を上に向けさせ––一気に飲ませた。
「さ、炎上!!エンジョイしてきてねー!!あ、援助おじさんとかには気を付けてね!!」
ロケバスから蹴落とすかのように––俺を降ろすと––ロケバスは走り去った。
ロケバスというものは…本当によくできているもんだよね。
演者が見えないように––ガラスには黒いフィルターが貼られているんだもん。
だから、俺が今どこに連れられているのかわかんなかったけど––
「…アキバかよ」
降ろされて見た景色は––慣れ親しんだ場所だった。
「空君聞こえる?一応、ココって許可申請とか何かいるみたいだから『一般人ですよ~』って気持ちでグルグル街を歩いて!」
俺の耳元で––さっきまで喋っていた声が聞こえ––俺はその通りに実行する。
アキバに降り立って直ぐに何人かが「なんだこれ」って目で俺に向けてきて、ましてや、写真を撮る輩もいたぐらいだ––めっちゃ怖い。
それに、声を出してしまえば––色々と即バレするリスクもある…気を付けねば。
俺は上野方面へと大通りを歩き始めた。
すると、一瞬にして俺が持っているプラカードの煽りに気づく人が増えていく。
右でカシャ、左でカシャ、後ろからカシャ––色々な方向から写真を撮られていることに両耳が塞がれててもわかった。
でも、真正面から撮ろうとする人がいないのは…地域の人々の特性なのかもしれない。
上野方面に歩き出して、数分もせずにそういった反応があったことに––ヘッドフォンから喜びの声が聞こえる。
「もうちょっと大胆になってみようか」
どこかの変態カメラマンみたいなことを指示してくる––ヘッドフォン超しの千里の声に俺は従うしかなかった。
「うぅ~…酔いが酷い…」
あの時に飲ませた酒…絶対、度数高いだろ。
上野方面へと歩いていた俺だが、ちょうど大通りがクロスするところで、再度アキバの方へと歩みを変えた。
その際、持っていたプラカードを先程よりも高く––目立つように持って歩き––『メイド通り』と言われる場所を我が物顔で歩いた。
「え?」「コイツきも」「え?でも、可愛くね?」
様々な声と––怒った様な、妬むようなメイドさんの姿に––俺は優越感に浸った。
…それほど、酔いが酷いんだ。わかってくれ。
アキバを一周したぐらいで––俺はロケバスに拾われた。
耳元で「もう一周しよう」と言っていたのだが、俺の酔いが思っていた以上に早く、ダウン寸前だったので今回はこのくらいで終了することにしたのだ。
それでも、思っていた以上に多くの反応があったようで…千里は満足気だった。
「さ、空君の家に帰しますか」
その言葉が聞こえた辺りで––俺は記憶がない。
翌日、俺は千里の言っていた成果を確認した。
そこには、大量のアンチコメがついていた。
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