2人の飲み会は炎上しますか?

「さて…と。久しぶりね?空君」

 都内にある個室完備のレストランにて、俺と人気声優の山田千里は久しぶりの対面を果たした。

 ラインを交換しても数日は連絡が来なかったから「あ、これは美人局か?」なんて気持ちになっていたんだけど…夜、急に呼び出しをくらい、今ここにブルブルと携帯のバイブのように震えて座っている。

 そんな俺を見てからなのか、テーブルに置いているメニューを千里は広げて俺に見せてきた。

「ほら、何か食べたいのはないの?久しぶりに会ったんだし––奢るから食べようよ」

 笑顔で言っているのが、俺にとっては怖かった。

 それでも、“同級生”という意地もあるから「へぇ~」なんてアホみたいな相槌を打ちながら––メニューに目を通す。

 メニューにはそこまで案外高くない品ばかり…だけど、自宅警備員の俺には少し痛い…これ、分割払いとかできないの?

 「ま、適当に頼んでおこうか?時間もたっぷりあるし」

 千里は焦っている俺を見てからなのか、席に備え付けてあるタブレットで注文を始めた。時代は進んでいるんだね。


 数分もせずに、飲み物と軽いつまみのような物を店員は持ってきた。

 このレストランは見た目は高級そうに見えて、実はリーズナブルに庶民的な料理を提供してくれるレストランだと…帰った後に調べてわかった。

でも、この時の俺はそんなことは知らないから––未だにブルブルと震えている。だって、照明が暗いんだよ?

 「空君はビールじゃなくて、コーラでいいよね」

 飲み物が運ばれた後の確認になんの意味があるのかわかんないけど–俺にコーラの入ったグラスを渡してきた。

 千里の方にも同じような黒い飲み物が置いていたんだけど––

「あ、私は赤ワインだから」

 そりゃそうだよね。ワイングラスなんだもん。

 「乾杯しましょ!かんぱ~い!!!」

 そう言うのと同時に乾杯した後––千里はグラスに入った赤ワインを一気に飲み干した。

「…っかぁ!!!!!!!!!美味いんじゃぁ!!!!!!!!!!」

 普段は清楚キャラを演じることの多い人気声優のおっさんボイス…売ったら高そうだな。

「空君…変な事考えてたら潰しにいくから」

「…は、はい」

 俺の心の声を読むなよ。

「で、今日は何で俺を呼び出したんだ?もしかして、裁判する…とか言うんじゃないのか?」

 乾杯したが未だに手に持っているコーラを飲めずにいる俺が勇気を振り絞り––早速2杯目の赤ワイン一気飲みをしている千里に問いかけた。

 俺が恐怖しているのを察してか––千里はおじさんのような高笑いをしながら答えた。

「ぐわっはっは!!!いーっひっひ!!!!…あ~…面白っ。んなことないない。ってか、裁判したって結局時間とお金の無駄になるでしょ?」

「…確かに」

 ネットとかで簡単に“裁判します”“弁護士に相談しています”とか言っている有名人いるんだけど––実際大きなことにならないのは…そういう事なんだ。

 「で、何で今日呼び出したか…だっけ?『久しぶりに同級生と飲みたい』じゃ通用…しないよねぇ~。まあ、簡潔に言えば…」

 千里は言いかけると––新しくついだ赤ワインを再度一気に飲み干した後––

「Vtuberのプロダクションを作りたいんだよね~…副業みたいなやつ?声優ってさギャラ安いのよ!マジで!!」

 清楚キャラはもう微塵もなくなった。確かに、今売れている声優って『事務所が売りたい』ということだったり、大人の事情というギャラ問題で若手声優を起用することが未だに主流になっている…と専門学校の講師から聞いていたけど––本当だったんだ。

 「でね?知り合いの子だったり、パソコンに詳しい人とか…まあ、声優で培ったコネクションを使って集めたわけ!ちゃんと事務所にも許可をもらってね?」

 「ほぉ~…凄いじゃん」

 やっとのことで、俺は緊張から少しづつ解かれていき––ここでコーラを初めて飲んだ。

 「空君。君って暇人でしょ?」

 「…いや、心外なんですけど」

 「あっは!マジ冷たいじゃん!ま、ま!そう言わないでさ~、空君はもう採用しているんだし仲間なんだよ?」

 「は?」

 「だって、暇人じゃん?自宅警備員とか…なんか言ってるわけだし?毎日配信してるんだから暇じゃん」

 何も言い返すことができない。

 「でね?炎上を狙ってなのか知んないけど、私の名前を使って売名行為したんだからさ~」

 ぐうの音も出ない。

 千里はいつの間にか赤ワインからビールへと主戦を変えている。

 「空君には一つ、課題を与えようと思って。あと、今後はこっちがVtuberの姿を見繕うんだけど~へへ、カッコいいで?」

 お、おう。もう、話がぐちゃぐちゃだ。

 

 「炎上させよ!ソラ君として!!炎上、炎上!!!炎上して花火大会開催じゃ!!!!」」


 千里は壊れた目覚ましのように騒いでいる––飲みすぎだ。

 俺は千里の手元に置いている注文用のタブレットを奪い取り、水を注文した。

 

 「あのさ~、空君?君は勿体ないって。専門学校の時は目立つ存在じゃないし、眼鏡もさ~伊達でしょ?似合ってない眼鏡をして、金髪なんて本当合ってなかったもん!今は~ん~…まあまあ?」

 千里は暴走気味に俺の容姿を批評し始めた。昔は確かに『遅れてきた高校デビュー』みたいにはっちゃけていたけど…今は黒髪に短髪の無難な洋服を着て目立つのを極力控えている。

 「まあ、私も?人の事は言えませんけど~?今は結構清楚でしょ?事務所がうるさいのよ~…いや、いいんだけどさ~」

 確かに、今目の前にいる千里は専門学校時代とは印象が違う––専門学校の時から女性としては高身長でスラッとした体だったけど、専門学校の時はショートの髪型にTシャツ、ジーンズが主だった。でも、今の千里はセミロングの髪をなびかせて、恰好も凄く清楚なイメージを印象付ける感じがした。

 俺にその清楚な恰好を自慢するかのようにポーズをとっては、ビールをグイッと飲む千里を見ながら––今まで思っていた疑問を投げかけた。


 「何度も聞いてるかもしんないけど、何で俺がVtuberをやってるの知ったの?それに、何で俺にこの話をするの?」

 

 千里はビールが空になったからか、テーブルに運ばれた水をがぶ飲みし始めながらもポーズは崩さないように––

「簡単じゃん!空君酔っぱらって配信や呟きで自分の写真とかあげてたでしょ?コスプレだったけど。それに、空君の名前検索すれば声優事務所にいた時の写真とか出てくるわけじゃん~…で~…えっと、なんだっけ?」

「なんで、そのプロダクションに俺が採用されてるかってこと」

「あ~!それそれ!…えへ、えへへ、可愛いじゃん?空君。それに、年上の私にも話しかけてくれてたし!」

 つまり、コネ採用?

「コネとかじゃないよ?でも、今までのVtuberにはないものを提供するには空君はピッタリと思ってね?」


 千里はポーズをとりおえたのか、再度俺からタブレットを奪い取ると水を注文した。

 さっき千里が言っていたが、千里は1つ年上だ。

 専門学校は色々な年代の方が入学してくるんだけど、千里はそのある意味腫物のような扱いが入学当時あった。だから、俺が何気なく喋ったら人気者になった––そして、その時から疎遠にはなっていた。

 それでも、当時流行っていた【勧誘しなきゃ入れないSNS】での交流は卒業まであった。だから、今こうやって話せているのかもしれない。



 2人きりで飲み始めて、1時間くらい経った。

 食事も肉やサラダ等きたけど、やはり飲兵衛相手だとつまみが主になる。

 俺はそれをちょくちょくとつまみながら––千里の言葉や愚痴に付き合っていた。


 すると、千里は次第にスマホで時間やメールを確認するようになってきた––多分、事務所のスタッフから連絡があるのだろう。

 酒を飲みつつ、自分のマネージャーの管理能力の高さを話していたから…多分、絶対にそうなんだろう。

 「あ~、もうこんな時間だし~…マネうるさいからお開きって感じかな?」

 「お~、人気者は大変だ」

 「まあ、仕事もらえるのはありがたいもんね」

 水を飲んだからか、千里のテンションはどんどんと落ち着いてきた様に見えた。

俺はなけなしのお金が入っている年期の入った財布を取り出すと––千里は静止するように––万札が大量に入った財布を取り出して、お代を店員へと渡した。

 「ま、これからよろしく~代ってことで」

 千里はフフっと笑いながら言うと、残っていたつまみの枝豆を食べ––

「まあ、計画は今後再度話すけど~。空君には『炎上をさせる』ってことを先ずは目標にして…稼いでいこう」

 そんな無理難題––失敗した課題を俺は課せられた。


 約2日経った後、千里からラインが入った

「これ!空君をイメージしたんだけどどうかな?」

 添付された画像にはVtuberとしては地味な姿をした男性と可愛らしい女の子の画像が入っていた。

「はい?」

 この答えを理解したのは、更に翌日の事だった。

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