第4話 鳥籠の少女
「で、どうだい? 何かわかった?」
「特に報告できるような進展はない」
「俺の方はあったよ。ほんのわずかだけど、怪異の存在を感知した。憑りつかれている人物がどこに勤めているかはわかった」
「ほう、それはすごいな。どこだ?」
カーティスの能力を今一つ信じきれていないジョンの返事はおざなりなものになる。
ジョンはグラスに水を注いで口を付けた。
「……サン=フォルティス市警だよ」
カランと氷が乾いた音を立てた。
「ヤツが取り憑いたのは警察の人間だ。そして今、きみたちは街中に散らばって深夜まで見回りをしているんだよね?」
獲物は選り取りみどりだ。ジョンはぞっとした。
「ひとまず、きみには怪異討伐に協力してもらいたい。ヤツがいなくなれば、不審死の数は減る。怪異によって死んだ人間をジャックの事件に偽装していた奴の犯行もやむかもしれない」
「わかった。で、協力と言うのはどうしたらいい。あの化け物を見つけて撃ち殺せばいいのか?」
「あの怪異はロゼット家の特殊な銃弾でしか殺せない。きみの役目は速やかに現場に行って、怪異のターゲットとなる人物を逃がすことだ」
カーティスが苦しそうに目を瞑った。
「……ああ、かなりでかくなってるな……。今、ちらっと、エイモス通りで反応があった。今夜暴れだしそうだ……」
反応が消えた、と言ってカーティスはこめかみを押さえる。
「エイモス通り……。ここからはかなり遠いな」
走っても三十分以上かかる。
すぐに移動すべきだろうとジョンはぐっと水を飲み干して出ていこうとした。
「……ちょっと待って、もう少し場所を探る」
「頑張ってください、カーティス様」
美女姿のイヴが励ます。
カーティスは震える手で懐に手を入れた。
集中力が切れてきたのか、ぜーぜーしながらタブレットをザラザラ手のひらに出す姿は危ない。無粋な客としてこちらを睨んでいた店主の目は一気に不審なものに変わる。
「……ん?」
ケースを懐に戻したカーティスは眉間に皺を寄せた。スーツの袷の中をそっと確認すると「やられた」と呟く。
「銃がすり替えられてる。おまけに――予備弾倉を持ってきたつもりが」
カーティスが取り出したのは盗聴器だ。
すり替えられたとはどういうことだ。おまけに盗聴器など穏やかじゃない。
「……カーティス様」
「あの子しかいないだろうね。イヴの支度をさせている間にすり替えたらしい。……じゃじゃ馬娘め」
◇
怒らないから帰って来なさい、と聞こえた声に、アンナは耳からイヤホンを抜いた。
ぴったりとしたパンツスーツに、足元は走りやすい革製のブーツ。長い髪もまとめて帽子にしまったアンナは足早にエイモス通りに移動した。懐には兄からこっそり拝借したオートマチックピストルがある。
兄とジョン・スミスとか言った刑事の話では、エイモス通りにいる警官に怪異が取り憑いているらしい。
深夜までその警官を尾行して、怪異が剥がれた瞬間に撃てばいい。
セイフティを外して、スライドして弾を装填して、トリガーを引くだけ。
アンナは銃を実際に撃ったことはないが、この手順だけは頭の中で何度も練習してきた。自分が生き延びるためのたった一つの突破口になるかもしれないから。
『アンナ。諦めて分家に嫁ぎなさい』
――十六歳の誕生日、寝たきりの祖母はアンナにそう命じた。
『ロゼット家の男と結婚すれば、お前が産む子は異能持ちになる可能性は高い』
異能。
ロゼット家では異能を持つ子どもがどんどん少なくなっている。
現に自分と兄は同じ父と母から生まれたにもかかわらず、異能の才を継いだのは兄だけ。アンナに異能の才はなかった。
才のない子どもに与えられる権限は少ない。
死ぬまでロゼット一族の囲いの中で暮らし、同族結婚の道具として生きるのみ。
祖母もそんな女の一人だった。
嫁いだ先で産んだ子どもの一人が――アンナたちの父が、異能を授かって生まれたから、祖母は生きながらえることができた。役立たずは奴隷のようにこき使われたり、汚れ仕事をさせられた挙句に始末する家もある。
十六になったアンナにも既に一族から声がかかり始めていた。
異能は異能と結婚するのが一番良い。しかし、無能でも一族の血を引く娘だ。「異能持ちの母」になれる可能性はある――そんな風に、子どもを産む道具としてしか扱われないことがアンナには耐えがたかった。
(もしも「無能」のわたしが怪異を始末出来たら、一族からの評価はきっと変わる)
ロゼット家謹製の対怪異用の銃弾は、異能持ちでなければ効果が発揮されないと言われている。だが、まかりなりにもこの身には兄と同じ血が流れているのだ。
(出会ったばかりの刑事に協力を求めるくらいなら、妹のわたしの方が役に立てると証明してみせる)
足早に着いたエイモス通りは、住宅街が近いこともあってか静かなものだった。
ベーカリーや雑貨屋はシャッターが下ろされ、小さなスナックやパブにぽつぽつ明かりがついている程度。
ターゲットの警官はすぐに見つかった。
いかにも見回りをしていますと言った顔で街を歩き、女性が歩いていたら早く帰るように声を掛ける。優しそうな人だ。アンナは距離を取りながら彼の後ろを尾行する。
警官が路地を曲がった後、ふいに姿を消した。
(えっ⁉)
見失ってしまったのか。
慌てて一つ向こうの路地を覗くも誰もいない。
建物の中に入ってしまったのか。焦るアンナの背後から、
「きみ」
「――――ッ!」
声を掛けられたアンナは息を飲んだ。
追っていたはずの警官はいつの間にかアンナの背後に回り込んでいたのだ。
「さっきから俺の事をつけているよね? 何が目的かな?」
「……あ、と、すみません。何か事件かなって、気になって……」
「探偵ごっこのつもりかい?」
優しそうなお兄さんは怖い顔をした。
「知っての通り、この街には殺人鬼が潜んでいるかもしれないんだ。きみも早く帰りなさい。家はどこ? ……って、きみ、女の子かい……⁉」
帽子の下のアンナの顔を覗き込んだ警官は驚いた顔をした。
……ふと、思う。
これまでの被害者はみな女だ。
偏見上等だが、女に劣情を抱いた男の「欲望」を怪異が食い破って出てきたのではないかとアンナは勝手に推測している。
(作戦変更)
潤んだ瞳で警官を見上げ、制服の裾を掴んだ。
「ごめんなさい、……わたし、家出してきたから家には帰れません……」
「ええ? 家出⁉」
「でも、街には殺人犯がうろついているかもしれないんでしょう? 警察の人の後ろをついて歩けば大丈夫かなって……。お願いします、少しの間側にいていただけませんか……?」
いじましくぽろぽろと涙をこぼす。
「いや、困るよ……」
と言いながら、警官もまんざらではなさそうだった。
男装をしていてもアンナが美少女であることはわかるだろう。
「ともかく、俺で良かったら話を聞くから――場所を移そうか」
警官が市民を泣かせているのも人に見られたら外聞が悪いだろう。アンナを「保護する」名目で、どこか腰を落ち着ける場所を探し始める。
(早く出なさい、怪異)
アンナは服の上からそっと銃を押さえた。
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