チューベローズ

 近藤まひる、十七歳。二年三組十五番。クラスの中心から少し外れた、だけど決して陰ではない、そんなポジションの女子だった。

 彼女のことは、すぐに分かった。私のクラスは二年二組。すぐ隣のクラスだったし、何より彼女のアッシュヘアは、他に比べてよく目立った。


「ねぇ」

 突然、声を掛けられて、私は思わずビクッとした。私が人見知りだからじゃない。ハスキーボイスの華奢な彼女が、当の近藤まひるだったからだ。

「ちょっと、話があるんだけど」

 彼女は周囲を一瞥して、私の腕を思いっ切り掴んだ。そのまま校舎の裏まで引っ張って、私の顔をじっと見た。

「見たでしょ。私のセックス」

 私は小さく首を振ったが、彼女はそれを許さなかった。ずいとカードを突き出して、私にドンと押し付けた。

「それ、公園に落ちてた。どう見ても、あんたの」

 やらかした。見当たらないと思ったら、帰るときに落としたのだ。

「あ……、えっと……」

 違います。知りません。人違いです。……そう言おうと思ったのに、先回りされた気分になった。

 じりじりじりと、下がる私。ぐいぐいぐいと、寄る彼女。四月下旬のぬるい空気が、私たちの動きを縛った。

「ねぇ、何で逃げるの?」

 ぎゅっと腕を掴まれて、私はひぃっと声をあげる。彼女は一瞬ポカンとして、次にプッと噴き出した。

「ウケる。怯えすぎでしょ」

 彼女は一しきり笑い終えると、「別に、怒ってないし」と言った。セックスを見たのが私かどうか、確かめたかっただけらしい。

「あたしさ、外でセックスするの、好きなんだよね」

 近藤まひるはあっさりと、援交していることを認めた。自分の本能に従って、股を開いていることも。

「だって、気持ちいいじゃん。あんた、セックスしたことないの?」

 私が「ない」と言い張ると、彼女はにやりと口角を上げた。そのまま私の顎を持つと、柔らかい唇を重ねた。

 うそ、でしょ。これって、ディープキス……。

 すぅっと首筋をなぞられながら、甘くて深い接吻に溺れる。……やがて顔を上げた頃には、私は思わずぼうっとして、彼女の胸に寄り掛かっていた。

「可愛いじゃん。鈴木せつか」

 私の肩を優しく抱いて、彼女は耳元でつぶやいた。「あんたが落としたカードの裏側、ちょっと見ちゃったんだけど」とも言った。

「あのイラスト、あんたが描いたんでしょ? ふつーに上手くて、びっくりした」

 講義中に描いた落書き、見られちゃったんだ。私はぼんやりと思いながら、夢のような心地でいた。

「あれさ、あのアニメの主人公でしょ? 実はあたしも、好きなんだよね」

 ひそひそひそと囁かれ、私はすっと目を細める。……まさか、こうなるとは思わなかった。自販機でジュースを買っただけで、イラストを描くのが趣味なだけで、近藤まひると関係を持つようになるなんて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る