第73話 剣爛武闘祭

 このように忙しない学院生活を送っていたが、なんだかんだで充足していた。


 エスタークの城にいた頃は家族たちから逃れるように孤独な日々を過ごしてきた。

少なくともこの学院では誰かの顔色を見て過ごさなくていい分、快適であった。


「暗殺の日々に怯えるよりも、女子生徒に追い回されたり、決闘を申し込まれる方が何倍もいい」


 ちなみにあれから何度も決闘を行った。システィーナが懲りずに挑んできたということもあるが、他の男子生徒も俺の存在が目障りらしく、何度も挑まれた。酷いときには早朝、昼休み、放課後、深夜、日に四回も行ったことがある。


 聖剣ティルフィング曰く、


「リヒト、リヒト、雨、リヒト、雨、雨、リヒト、雨、リヒトだね」


 とのことだった。


 意味が分からないが、まあ、それだけ稼働過多ということだろう。


 その姿を見て主であるアリアローゼは心配の言葉をくれる。


「リヒト様は他人に求められすぎます。そしてそれに真面目に答えてしまう側面も。どうかご自愛ください」


 メイドのマリーも参戦する。


「そうよ、そうよ。女子生徒の手紙はちゃんと返信するし、横恋慕した男子生徒にもきっちり対応するし、このままじゃいくつ身があっても足りないわよ」


「…………」


 ぐうの音も出ないので反論できなかったが、今後は要領よく立ち回ることを誓う。彼女たちは心許なさそうな表情で「できるのかしら」という台詞を漏らす。このままではリヒト君を題材(テーマ)にした学級裁判が開かれそうなので、話題をそらすことにした。


「やっとこの学院にもなれてきたが、この学院の生徒は生き生きしているものが多いな」


「そりゃそうでしょ。この学院は王国中から優秀な生徒を集めた教育機関。そのモチベーションは高いわ」


 マリーはえっへんと説明してくれる。


 アリアが笑顔で補足する。


「貴族も平民も身分にとらわれず学ぶことが出来、優秀な成績を収めれば将来が約束されます。皆、熱心に勉強に励むのでしょう」


「目の前に人参がぶら下げられているということか」


「有り体に言ってしまえば」


「それに生徒のモチベーションを保つため、この学院はイベントにも力を入れています」


「そうみたいだな。文化祭に体育祭なんかもある」


「はい。それだけでなく、定期的に武闘大会なども開かれています」


「武闘大会?」


「はい。王立学院は学究の場であると同時に、即戦力の人材を作り上げる場でもあります。この学院を卒業したものは士官候補として軍隊に入隊できますし、近衛騎士団に入団するものや上級冒険者になるものもいます」


「学生のときから実戦経験を養う、ということですか」


「その通りです。ちなみに直近のスケジュールですと――」


 アリアの手に引かれ、廊下にある掲示板に向かう。そこには催し物のスケジュールが書かれていた。毎月のようにイベントがあるが、そのイベントだけは太枠で目立つように書かれていた。


「剣爛武闘祭デュオ」


 奇妙な言葉を口にする。踊りなのか武闘なのか、よく分からない響きである。その様子を観察していたアリアローゼはくすくすと笑う。


「たしかに舞踏なのか、武闘なのか、紛らわしいですよね。でも、ご安心ください。ダンスのお祭りは別枠でありますから」


「となると武術の祭りなのか、これは」


「はい。先ほども触れましたが、この学院の生徒は即戦力を求められます。ゆえに常に生徒同士を切磋琢磨させている」


「授業の一環なのか?」


「いえ、あくまでのこれは余興です。剣爛武闘祭での勝敗は成績に関係しない――ということになっています」


「建前上というやつか」


「ですね。優勝者は大抵、のちの近衛騎士団長や元帥様です」


「まあ、優秀なものだから優勝するのかしれないが」


「そうですね。剣爛武闘祭は伝統ある武闘祭のひとつ、王立学院の威信を掛けて行っています。不正の入り込む余地は少ないでしょう」


「ひとつということはほかにもあるのか?」


「はい。剣爛武闘祭その名の通り〝剣〟を主体とした接近戦が得意なもののための武闘祭りです。魔術師が参加できないわけではないですが、レギュレーション上、不利になっています」


「なるほど。ま、この国は魔術の王国だしな、近接戦に特化した武闘祭があってもいいか」


「はい。ただ、歴代の優勝者は魔法剣士が多いですね。優勝者の統計を取ると魔法剣士科の特待生(エルダー)が突出しています」


「だろうな」


「はい、というか、ここ十年、優勝者はすべて特待生(エルダー)十傑です」


「さすがだ」


「その十傑を軽くあしらったあんたがいうと皮肉にしか聞こえないけど」


 マリーは呆れるが、反論はしない。先日の勝負も俺が圧勝したように見えるが、システィーナは決して弱くはなかった。何本か勝負をすれば俺が後れを取ることもあるだろう。彼女は剣士タイプであるし、次の戦いのときは前回の敗北を学習してくるはず。容易に勝つことは出来ないだろう。

 

「しかしまあ、どのように伝統があろうと俺には関係ないが」


「超他人事ね」


 マリーは呆れる。


「そりゃ、参加しないからな」


「はあ? まじで」


「まじで」


 彼女の口調に合わせる。


「剣爛武闘祭で優勝すれば将来は約束されるのよ」


「自分の将来は自分で切り開くさ」


「立派なご意見だけどさ、自分の価値を他人に認めてもらおう、って気持ちはないわけ?」


「ないね」


「自分の価値は自分だけが知っていればいいってこと?」


「自分に価値があると思っていないだけさ。だから他人に認めてもらおうだなんて思わない」


「ここまで自己肯定感と承認欲求ない人間も珍しいわ」


「世の中広いからな。俺みたいな人間もいるのさ」


 俺は大貴族の落とし子として生まれた。幼き頃に母を亡くし、義母や兄たちに疎まれてきた。もしも彼らの前で実力を見せて仕舞えば幼き頃に殺されていただろう。俺は必然的に己の才能を隠さねばならなかったのだ。


 圭角を隠す生き方を選ばざるを得なかった俺に自己承認欲求など皆無であった。


 同じような人生を歩んできた姫様は俺の気持ちがよくわかるのだろう。マリーのように無理強いはしなかった。


「リヒト様の実力を学院中に認めさせるいい機会だとは思いますが、参加される必要はないでしょう」


 そう纏めると、以後、武闘祭の話はしなかった。マリーも主人の意向に逆らう気はないようで、


「ま、リヒトの本業は護衛だしね」


 とメイドとしての業務に戻っていった。


 このようにして学院生活は穏やかに進み、剣絢武闘祭も〝俺〟抜きで滞りなく行われるはずであったが、それを望まぬものもいた。そのものたちの過半は悪意に溢れていたのだが、うちひとりは善意の塊であり、俺の実力が世間に認められることを切に願っていた。そして剣爛武闘祭の優勝者に贈られる特典を心の底から欲していた。


 

 リヒト・アイスヒルクの剣爛武闘祭出場を切に願っている人物が幾人もいた。彼の実力が過小評価されていると知っているものは等しく、武闘祭の参加を望んだ。具体名を挙げてしまえばそれは彼の妹、エレン・フォン・エスタークなのだが、彼女と同じくらい参加を望んでいるものがいた。


そのものはリヒトの評判よりも、実力を評価していた。〝とある〟計画の実験隊としてリヒトの実力を欲していたのだ。


ランセル・フォン・バルムンクはワイングラスを片手に禿頭の執事に語りかける。

「計画は滞りなく進行しているな。さすがだな」


 禿頭に執事にねぎらいの言葉を述べる。


「はは、もったいないお言葉」


 深々と頭を下げるが、禿頭の執事は主の功績を語ることを忘れなかった。


「此度の計画、すべてはランセル様の遠大にして緻密な計画があってこそです。わたくしはなにもしておりません」


 追従ではなく、事実だったのでバルムンクはなにもいわずに話を進める。


「実験体は完成した。あとは実戦に投入するだけだ」


「は。それゆえにあの少年を求めるのですな」


「そういうことだ。あのリヒトという少年、我が家伝来の神剣の信を得、俺の召喚した古代の悪魔を滅ぼした。その実力は果てしない」


「おそらくは学院最強かと思われます」


「そうだ。最強にして不敗の神剣使いだ。実験体の試運転としてはこれ以上ない逸材だろう」


「御意。たしかにその通りでございます」


 肯定する執事だが、彼の主は執事の中にある「否定」を見逃さなかった。


「不服があるようだな」


「恐れながら」


「言え、おれとおまえに遠慮などいらない」


 ならば、と執事は忌憚ない意見を述べる。


「ランセル様があのリヒトという少年を高く評価するのは理解しておりますし、事実、あの少年は学院最強でしょう。しかし、ランセル様が固執するほどの個性ではないかと」


「おまえはそう思うか」


「は――。実験体はこの世で最も禍々しく強力です。試運転をするのは構いませんが、その栄誉をたかが学院生徒に担わせるなどよろしいので?」


「荷が重いか。おれはそうは思わないが」


 実験体である〝究極生物兵器〟はその名の通り究極。あらゆる生物の長所を持ち、殺戮に特化させた虐殺兵器だ。並の騎士団ならば一時間で駆逐できるほどの力がある。しかし、バルムンクはあの少年〝も〟同様の戦力を保持していると知っていた。彼がさらに神剣を使いこなすようになれば騎士団などいくつでも壊滅できる〝力〟を持つようになるだろう。


 まだその〝真価〟は開放できていないようだが、その進化を解き放つ手助けくらいはしてやるつもりだった。


 最強不敗の神剣使いに成長をさせた上、力でねじ伏せる。それが戦士バルムンクとしての望みだった。その計画を話すと禿頭の執事は主が謀略家である以前に戦士であると再確認する。


 それは仕方ないことであったので、これ以上の反論はしなかったが、執事は謀略家としての主に質問をする。


「ランセル様の意志は理解できましたが、あの少年が進化を遂げる前に倒れたらどうするのです? 究極兵器は最強の生物兵器です。それに剣爛武闘祭は子供の祭りではない。途中、実力者に敗れ、死を遂げることもありうるでしょう」


「なるほど、それはたしかにそうだ。武闘祭には我が娘、システィーナも出るしな」


 あれは女に生まれたのが惜しいほどの傑物だ、と、つぶやく。


「しかしまあ、途中で敗れるにしろ、俺の望み通りの結果になろうがなるまいが、どうでもいい。もしもあの少年がそこで力尽きるのならばそれまでの人物だったということ」


「政敵の有力な手駒が死ぬだけ、ということですか」


「そうだ。あの少年がいなければアリアローゼ陣営など容易にひねり潰せる」


「たしかに。卵の殻を砕くよりも容易でしょう」


「そういうことだ。つまり、どのような結末になってもおれとしては愉快なだけだ」

 しかし、願わくは、と続けるバルムンク。


「我が半身ともいえるこの神剣バルムンクが真の力を発揮する舞台に立ってみたいものだ」


 自身と同じ名を持つ神剣を抜き放つと未だ見ぬ強敵を夢見る。

 

 怪しくきらめく刀身に映るは見慣れた自身の顔と、将来、剣を交えるべき少年の顔だった。


 相も変わらずリヒトに固執する主を見る執事。過大評価が過ぎる、という主張をやめない執事であったが、それは虚実であった。


 リヒト・アイスヒルクの実力を執事は知っていた。


(あのものはシスティーナを弄ぶほどの実力者だ)


 魔人アサグを倒したのもまぐれではないだろう。魔法剣士としての才能は父であるエスターク伯爵に匹敵するものがあるかもしれない。


 それは調査によって確認していたが、だからこそ主に固執してほしくなかった。


(ランセル様のたぎる気持ちを邪魔することになるが、主を守るのも執事の勤

め……)


 執事は忠臣としての責務をまっとうするための計画を練り始めた。

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