第72話 バルムンクの娘

 ゆっくりと学院を歩く。転入したてではあるが、学院の敷地はほぼ把握している。俺は姫様の護衛であるから逃走経路や護衛に必要な情報はすべて頭にたたき込んでいた。


その情報を元に人気のない場所、他の生徒に被害が及ばない場所を選定し、彼女をおびき寄せることにする。


王立学院は騎士科、魔術科、神聖化、花嫁科、などに分かれており、それぞれに広大な敷地と施設を持っている。個別に小さな町規模の施設群?を抱えているのだが、その中でも特筆すべきは我が魔法剣士科だった。


その敷地は三日月が沈むまで、施設群は王侯貴族のそれ、と表されるほど立派なのだ。エスターク城育ちの俺ですら驚嘆するほどの規模を誇り、人気のないところを探すなど雑作もないことであった。


雑木林を見つけるとそこに向かう。


きのこ狩りに向かうかのような気軽な足取りで入ったが、俺を追う影は違った。雑木林の深部に到着すると同時に斬撃を加えてくる。


「——手荒な歓迎だな。剣の腕よりも礼節を学ぶべきなんじゃないかな」


 冷静に言い放つと影だった少女はきっと俺を睨みつける。


 赤毛の少女は語気を荒げながら言い放つ。


「まさか,貴様から説教をもらうとは。盗人猛々しいとはこのことだな」


「盗人とは酷い。落とし子にして忌み子だが、人様のものを盗んだことはないよ」


「なんと厚顔無恥な! 貴様が腰に下げているものはなんだ」


「…………」


 沈黙してしまったのは彼女の指摘に心当たりがあったからだ。腰に下げている神剣ティルフィング、この剣は俺が実家から持ち出したものだった。


 無論、自分の意思で持ち出したのではなく、妹のエレンがしでかしたことだが。しかし、それでも家宝を城の外に持ち出した事実は代わりなく、盗人と指摘されても仕方ないかもしれない。


 俺は神剣を実家に戻すか真剣に考え始めるが、それに不平を漏らすは当の本人。


『待て待て、待ってクレヨン!』


 謎の造語を作るは神剣ティルフィング。


『たしかにワタシは君の妹ちゃんが持ち出したものだけど、君は正当な所有者なんだよ。だから君は泥棒じゃない。ノット・盗賊(シーフ)』


「それはおまえの認識であって客観的事実じゃないしな」


「おうふ!」


 そのようなやりとりをしていると赤髪の少女は苛立った声を上げる。


「貴様! なにを独り言をつぶやいているんだ! あたしを小馬鹿にする気か!」


「まさか、俺は芸人(コメディアン)じゃないよ」


 神剣と会話をしている、と言い張っても信じては貰えないだろう。だからこのような返答になったが、それがまた彼女の気に障ったようだ。遠慮なく第二撃が飛んでくる。


 分厚い鉄の塊が鼻筋に飛んでくる。


「すごい大剣だな。その細腕でよく振り回せるものだ」


「女だからと小馬鹿にするな」


「そんなつもりは毛頭ない。最近、そういった言動に厳しい風潮があるからな」


 その物言いが火に油を注いだのだろう。さらに鋭い斬撃が飛んでくる。


 なんとか回避するが、先ほどまで俺がいた場所に大穴が空いている。もしもまともに食らえばリヒト風ハンバーグが完成していたことだろう。


「というか、ここまで恨まれる理由がわからない。たしかにこの神剣は城から勝手に持ち出したが、それはエスターク家の問題だろう。それとももしかして君は義母や兄に雇われているのか?」


「エスタークの事情など知らぬ! それにティルフィングなどどうでもいい。あたしが問題にしているのは黒き剣のほうだ!」


「なんだ、こっちか」


 もう一方の神剣、魔剣グラムに視線をやる。


「しかし、こっちも盗んだ覚えはない。ヴォルクという屑から奪いはしたが」


 この神剣の元々の所有者はヴォルクという男爵家の小倅だった。やつはこの魔剣と悪魔化した身体で俺に挑んできたのだが、返り討ちにしたという経緯がある。ただ、言い訳をさせて貰えばこの神剣も自分の自由意志によて俺の腰に収まっていた。力づくで奪ったものではない。


「明文化はされていないが、神剣同士で戦い勝ったほうは相手の神剣を所有する権利が与えられている。古の習慣に照らし合わせればグラムが俺の腰に下げられていても問題ないはず」


 もっともな道理を吐いたつもりだが、赤髪の少女は意外な論法で責め立ててくる。


「ヴォルクなど知らぬ! だが、その神剣が我がバルムンク家所有のものであることは知っている!」


「バルムンク家——」


 思わぬ名、ではないか。バルムンクとは少なからぬ因縁を持っている。バルムンク侯爵は俺の主人であるアリアローゼの命を狙うものであったし、政敵でもある。さらにいえば俺の父親であるエスタークの盟友ともいえる存在だった。


「そうか、君はバルムンク侯爵の娘なのか。侯爵には息子がふたりいると聞いていたが」


 バルムンク侯爵は個人的武勇もだが、政治家としても優秀な人物として知られている(王家に対する忠誠心は別にして)しかし、その息子はバルムンクの血筋を疑いたくなるほど不出来である有名だった。しかし、娘がいるとは。――と思っていると彼女はこう言い放つ。


「我は妾の子だ。おまえと同じ落とし子」


「なるほど、嫡出じゃないのか」


 非婚外子、非嫡出子、落胤、言い方は無数にあるが、要は正式な妻との間以外に出来た子を「落とし子」と呼ぶ風習がこの世界にはある。


「おまえも落とし子なのか。同じ境遇だな」


「だからって仲良くなど出来ないがな」


「ああ、分かってるさ。しかし、この魔剣グラムについては説明してくれるんだろう?」


「もちろんだ。その神剣は我がバルムンク家が所有するものだ。すみやかに返却しろ」


「この剣はヴォルクから奪ったものだ、それは認めるが、仮にもしこの剣の正当な所有者がバルムンク家だとしたら王女暗殺未遂にバルムンク家が関わっていることになるが」


「我がバルムンク家は王国開闢以来の家柄だ。王家に対する忠節はどの家よりも篤い」


「世間の評判とは真逆だな」


「無責任な世人の世迷い言など!」


 彼女自身、父の風説は知っているようで、迷いを振り払うかのように大剣を振るう。


「魔剣グラムはヴォルクという一般生(エコノミー)が我が家から盗み出したもの。恐れ多くも王女暗殺の凶器とした」


「ものは言い様だな」


「なんとでもいえ。魔剣グラムの所有権は我がバルムンク家にある」


「そうかもしれないが、バルムンク家から返却要求は来ていないぞ」


「それは……」


 ぐ、っという表情をする赤髪の少女。どうやら魔剣奪還は彼女が個人的に動いているようだ。父バルムンクとしては神剣の一本や二本、気に掛けてすらいないのだろう。それに下手に藪を突いて王女暗殺未遂の関与が判明しても困ると思っているのだと思われる。冷静の物事判断できるというか、老獪な男だ。


 しかし、その娘の赤髪の少女は違うようで、私情丸出しの発言をする。


「たとえ父上が要求しなくてもあの神剣が我が家のものであることに変わりはない。あれは将来、我が受け継ぐ予定のもの。返せ」


「なるほど、つまり魔剣グラムを自分のものにしたいというわけか」


 その通り、と言う変わりに殺意の籠った一撃をもらう。ずしりと重い一撃を件の魔剣グラムで受ける。


「な、片手で我が大剣を受けるだと。貴様の膂力は化け物か」


「まさか、俺は普通の人間だよ。片手で受けられるのはグラムのおかげさ」


「ますます欲しくなるな。返せ!」


「猫の子じゃあるまいし」


 神剣と人妻は簡単に貸し借りできない、そのように伝えると所有権の譲渡を拒む。すると赤髪の少女の髪が逆立つ。怒髪天をつくとはこのことである。


 殺意と悪意を込めた斬撃が無数に飛んでくる。


「見事な剣捌きだだな」


「我は騎士科中等部の特待生(エルダー)だ」


「その中でも特別だろう」


「ああ、我は十傑に数えられる」


「十傑か」


この王立学院は下等生(レッサー)、一般生(エコノミー)、特待生(エルダー)と能力別でランク付けされている。クラス運営こそ混合で行われるが、生徒間の格差、色分けは如実にされていた。


下等生(レッサー)は下等生(レッサー)同士でつるみ、特待生(エルダー)は特待生(エルダー)同士で連帯する。それが通例というか常識になっていたので、特待生(エルダー)との繋がりは薄かった。


知っている特待生(エルダー)は妹のエレンくらいなので十傑と呼ばれてもピンとこない。


赤髪の少女もそれを察しているのだろう。呆れながらも十傑について説明してくれた。


「この学院には十傑と呼ばれる英傑が一〇人いる」


「その全員が特待生(エルダー)なのか」


「ああ、十傑は優れた英雄の素質を持つ生徒のみが名乗れる名誉ある称号だからな」


「優秀ならば特待生(エルダー)になってるはず、という理論か」


「そうだ」


「飛んだ権威主義だな」


「なんだと!?」


俺の言葉に激発する赤髪の少女。


「そうじゃないか。個人の素質ではなく、肩書きで人を判断するなど」


「我は肩書きで選ばれたのではない。優れているから選ばれたのだ」


「中には階級に興味がなく、あえて下等生(レッサー)で留まっている生徒もいるかもしれないぞ」


「そんなものはいない! 下等生(レッサー)は下等生(レッサー)だからその地位に甘えているんだ!」


「姿形はともかく、考え方は父親そっくりだな。選民思想の塊だ」


「優れたものが統治を行なってなにが悪い!」


俺の皮肉にまったく答えた様子がない。彼女の中ではバルムンク的な生き方が正義なのだろう。


貴族とはそういうものなのでいまさら驚きもしなかった。俺の義母や兄たちとさぞ話が合うだろう、そのように纏めると彼女の会話を切り上げるための準備をする。


といっても彼女を改心させる言葉を用意するのではない。言葉ではなく、行動で彼女の信念に掣肘を加えたかった。


具体的になにをするのかといえば、武力によって彼女の蒙を啓くのだ。彼女は特待生(エルダー)であることに自負を持っているようだ。また下等生(レッサー)を無能とさげすんでいる。


俺はその間違った認識を〝これ〟で改めさせる。間断なく大剣で連撃を加えてくる赤髪の少女、彼女の攻撃はすべて魔剣グラムと聖剣ティルフィングでいなしてきたが、あえてそれらをしまう。


右手の聖剣が光り輝く。


『ちょ、お、おい、リヒト、なにする気さ!』


「おまえたちを鞘に収めるだけだ」


『君って自殺願望あるの? あの大剣の猛攻を素手で受ける気?』


「まさか、そこまで酔狂じゃないさ。これを使う」


 俺は懐に隠している短剣(ダガー)を取り出す。


『ちょ、それも同じじゃん!』


「違う。これはれっきとした金属だよ。あの大剣と同じ材質だ」


『大きさが違いすぎる』


 たしかに赤髪の少女の大剣は彼女の身の丈ほどあり、俺の短剣は小枝のようにか細い。しかし、この短剣は俺が幼き頃より愛用している業物だった。


「これで巨大熊(グリズリー)の皮膚を切り裂いたこともある。心配は無用だ」


『あの大剣はグリズリーより厄介だと思うけど』


「だからだよ。あの立派な大剣をこの小物で返り討ちすれば厭でも気がつくだろう。自分が井の中の蛙であると」


『そりゃそうだろうけどさ』


 それでも不平満載のティルフィング。それを制するのは相棒である魔剣グラムだった。


『ティルよ、心配は無用だ。リヒト殿は最強不敗の神剣使い、我らの助力なしでもこの場を収めるはず」 


『ワタシより付き合いが短いくせに知った風な口をきくのが気に入らない』


 ぷすー、と口を曲げるティル。


『だからこそだ。我は何十年もバルムンク家の宝物庫で眠っていた。その間、多くの手練れを見てきたが、我が身を預けられる逸材とは出逢うことはなかった』


『あの娘を含めて?』


『そうだ。バルムンクですら不服だと思っていたからな。しかし、やつらに強制的にかり出されてリヒト殿と出逢ったとき、我は天啓を得た。このものこそ我の主になる人物であると。この世界に調和と平穏をもたらす人物であると』


「買いかぶりすぎだ」


『いや、貴殿は過小評価されすぎだ。世間はまだその価値に気づいていないだけ。しかし、いつかその価値に気がつき、助力を求められる日がくるであろう。そのとき、我はおまえのそばにいたい。おまえの左手に握られ、共に戦っていたい』


「…………」


 魔剣グラムの真剣な思いを感じ取る。無機質である剣の心意気を感じ取るなど、奇異な光景であったが、自嘲する気にはならなかった。それはティルも同じようでそれ以上文句を言うことなく、茶化すことはなかった。


『あとからしゃしゃり出てきた剣に正妻の座を奪われるわけにはいかないからね』


 そのような論法で同心してくれる。俺は彼ら彼女らの気持ちに感じ入りながら、集中する。短剣で大剣を跳ね返す、言葉にするはたやすいが、実行するのは骨が折れる作業なのだ。


(……剣たちの前では余裕ぶったが、少しでもし損じれば死ぬ)


 赤髪の少女の大剣はおそらくダマスカス鋼。その腕前も特待生(エルダー)十傑に恥じぬものだった。わずかでも手順を間違えれば俺の首は飛ぶ。そのような覚悟の元、呪文を詠唱し始める。


 それを見た赤髪の少女は剣圧を強める。


「無駄だ。呪文を唱えさせる隙など与えない」


「なるほど、俺が一流の魔術師だと分かっているのか」


「ああ、あたしは魔法が苦手だからな。その分、小賢しい手法を使うやつは匂いで見抜ける。様々な魔術師と戦ってきたが、おまえのような手合いに時間を与えてはいけない」


「たしかにこのような圧を賭けられては呪文を掛ける暇がない」


「これでその短剣に魔法を付加する時間もあるまい。つまりその短剣では絶対、勝てないということだ」


「それはどうかな」


 そのように漏らすと俺は勝負を決めに行く。魔法剣を諦め、抜き身で勝負することにしたのだ。


「馬鹿な、自殺する気か」


「前者は認めるが、後者は否定する」


 そのようにいうと短剣を下段に構える。


「しかも短剣の利点である小回りを捨てた戦法を取るとは。笑止」


 赤髪の少女は勝利の笑みを漏らすが、その笑みは永続しなかった。すぐに氷結する。大剣を振り下ろす赤髪の少女、刹那の速度で振り下ろされる大剣を平然と躱す。そこまでは武芸が達者なものならば誰でも出来るだろうが、俺はさらにその上を行く。


 その後に続く少女の必殺の一撃、

「赤龍の咆哮」

 さえもかわしたのだ。


 赤い巨竜が暴れ回っているような一撃さえ、俺には通じなかった。


 通常、剣をかわすときは安全の〝マージン〟を取る。物語のように紙一重でかわすのは愚か者のすることであった。しかし、俺はあえてその禁を破り、紙一重でかわす。実力差を見せつけるということもあるが、そちらのほうがより攻撃的な動作に移行しやすいのだ。


 言葉にするのはたやすいが、これほどの質量のものが皮膚の横をすり抜けるのは恐怖心を感じる。剣圧と風圧を計算に入れなければ俺の頭はザクロのように木っ端微塵になっていたことだろう。だが少女の挙動、癖、風圧、天候さえ計算に入れていた俺は薄皮一枚で避けることに成功した。


 それだけでも少女は驚愕をするのに、俺は流れるような動作で反撃を加える。少女の大剣を這うように短剣を振り上げるとダマスカス鋼を切り裂く。同じダマスカス鋼の剣であるが、質量が違いすぎる。この小枝のような短剣では大剣を破壊することは不可能であったが、俺が求めるものはそんなことではなかった。


 少女は俺の反撃を予想し、短剣を避ける体制を整えていた。武芸の達人である彼女にこの短剣は届かないだろう。――〝普通〟の方法では。


 だから俺は小細工を弄したのだ。


 ダマスカス鋼同士が触れ合うと強烈な摩擦反応が生まれる。


 金属同士が反発し、火花を散らす。


 そう、この〝火花〟こそが俺の策であった。


 溶接をするかのように発生する火花、細かな金属の粒子が赤髪の少女に降りかかる。


 この世界の獣は火を恐れる。二本足の獣である人間も例外ではなかった。


 突如、目の前に大量の火の粉が降りかかってきた少女は動揺する。攻撃力こそ皆無だったが、火を恐れてしまったのだ。


 ――それが彼女の敗因だった。


 恐怖を感じたことにより、彼女の回避動作は大幅に修正された。


 そして俺は修正後の軌道を完璧に予測していた。


 俺の短剣が彼女の首元に届くのは必然であった。


 計算し尽くした上で、彼女に短剣を突き立てたのである。


 赤髪の少女は武芸の達人、計算し尽くされた俺の行動の凄まじさを肌で感じたのだろう。うなだれながらも「我の負けだ」と大剣を離し、敗北を認めた。


 その姿を見て少しだけ「ほう」と感心してしまう。バルムンクの娘だと聞いていたから諦めの悪い小悪党タイプかと思ったが、実はなかなかに潔い性格をしていると思ったのだ。武道を極めようとするもの独特の清涼感すら感じさせる。


 俺は思わず、彼女の名を尋ねてしまう。


「名はなんというのだ?」


 この少女との出逢いに特別なものを感じてしまったのだ。


 それは赤髪の少女も同じらしく、彼女は反発するでもてらうでもなく、自分の名を名乗ってくれた。


「我が名はバルムンク――、システィーナ・バルムンク」


「フォンがないということはおまえも俺と同じ落とし子か」


「ああ」


 なるほど、だから俺に突っかかるし、魔剣グラムに執着するのか。合点がいった。落とし子というものは古今東西肩身が狭いもの。家宝ともいえる神剣を継承できる可能性は低い。彼女は神剣を正式に譲り受け、バルムンク家の中での立場をたしかなものにしたいようだ。


(――俺とは正反対の生き方だな)


 俺も落とし子として育てられたが、もはやエスターク家にはなんの未練もなかった。今さら父や兄たちの歓心を買って家での立場を良くしようなど発想はないのだ。しかし、彼女にとってバルムンク家はすべてのようで――。


 戦いに負けたあとの彼女の悔しそうな表情が脳から離れない。


(――わざと負けてやればこの娘は喜んだのだろうか)


 そのようにせんないことを思っていると、少女は言う。


「見事な剣技だ。おまえの業は特待生(エルダー)十傑をしのぐものだった」


「たまたまだ」


「決闘を挑んで負けたのだからなにをされても文句はいえない。殺せ」


「たしかにこの国では決闘中の死は殺人に問えないしな。しかし、決闘はもう終わった」


「命を助けるというのか」


「そんなたいそうなものじゃない。戦いの後に血を見るのは厭なだけさ」


 そう言って短剣を鞘に収めるが、システィーナは納得しない。


「こちらから決闘を挑んだ上にそのような慈悲を掛けられたのでは戦士の名折れだ。そうだ、おまえは男だろう。あたしの身体を好きにするがよい」


「…………」


 意味不明な言葉に思わず言葉を失ってしまうが、システィーナには制服の上着を脱ぎ始める。脱いだそばから綺麗に畳むのは育ちの良さが出ていたが、そんなことは問題ではなかった。


「あほなことをするな」


「あたしは決闘に負けんだ。手込めにされても文句は言えない」


「俺を下衆な盗賊と一緒くたにするな」


「男は皆、獣であるとメイドにならったぞ」


「どんな思想の偏ったメイドなんだ。……まあいい。ともかく、服を脱ぐな」


 ブラウスのボタンをほどいていたシスティーナに制服の上着を着せると、彼女の胸元を見ないようにしながら諭す。


「本当にいいのか?」


 システィーナは制服を開き、胸を強調するが、どんなに誘惑されても屈することはなかった。彼女は変わった男だな、と漏らすが、感謝したり、心を許すようなことはなかった。


「このことは貸しだなどとは思わぬ。むしろおまえの甘さだと思っている」


「自分でもそう思うよ」


「しかし、慈悲を受けたのは事実、この恩はいつか返す。それに闇討ちもしない」


「それもありがたい。寮生だから朝駆けや闇討ちされると肩身が狭いんだ」


「いつか、実力でおまえを上回り、正式な決闘で魔剣を取り戻す。それまではこの大剣があたしの相棒だ」


 彼女は大剣を握り直すと、それを背中にくくりつけ、立ち去っていく。


 未練がまるでないような足取りだったが、聖剣ティルフィングいわく、リヒト・フラグが立ったとのことだった。それを証拠に建物の影に入ったら顔だけチラリと出してこちらを確認するよ、とのことだった。


 事実、彼女は最後に顔だけひょこっと出してこちらを見つめてくる。俺はそれに気がつかないふりをしながら、決闘の後始末をした。

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