第70話 友人のクリード

 このように一風変わった学院生活を送る俺であるが、楽しみがないわけではない。俺は食べることが好きなのだ。


 朝は寮母のドワーフのセツさんが朝食を用意してくれる。俺が大喰らいであることを知っている彼女はリヒト盛りという造語を作り出してくれた。リヒト盛りとは通常の三倍、食事を盛ることだ。寮では一応、おかわりは一回までと決まっているので、その穴を突くための盛り付けである。パンを圧縮してパンの中にパンを詰め込んだり、こぼれ落ちるくらいにシチューを盛ったりする。日本酒の受け皿のように食器を使うこともあった。


 その光景を見て同級生のクリードは、

「おまえは牛みたいに胃袋が複数あるのか」

 と呆れた。


「残念ながらひとつだよ。俺は幼い頃から食事抜きの罰を与えられていたからな。食べられるときに食べる癖がついているんだ」


「なるほどね。おれもそうだよ。よく悪さをして夕食を抜かれたものさ」


「お互い大変な家庭環境だな」


「おれのは自業自得だよ。ま、それでも児童虐待は撲滅したいものだ」


「立派な志だ」


「おれ、先生になりたいんだよね」


「教師に?」


「変かな?」


「変じゃないさ。でも、意外だ。おまえは王立学院の制度を毛嫌いしていたから卒業すれば遠くに行くと思っていた」


 同級生のクリード、この学院にやってきてできた初めての友人を見つめる。彼は軽く照れくさげに笑うと言った。


「たしかにこの学院は腐ってるよ。特待生(エルダー)に一般生(エコノミー)下等生(レッサー)、同じ年頃の子供を集めてわざわざ階級付けしたりしてさ」


 クリードは呆れながら続ける。


「下等生(レッサー)に植え付けられるのは劣等感、一般生(エコノミー)に芽生えるのは優越感、特待生(エルダー)が覚えるのは虚栄心だけだ」


「ああ、この学校の生徒は腐っているのが多い」


 入学初日に絡んできた一般生(エコノミー)のヴォルクを思い出す。この学院には大小様々な小悪党がひしめていた。


「でも、それはやつらの責任だけじゃないと思うんだ」


 クリードは穏やかな表情で言う。


「言うならばやつらは子供だ。子供のまま成長し、この学院に入れられた。本当は彼らの親や教師がやつらを導いてやらなければいけないのに、皆が放棄してきたんだ」


「結果が特権意識だけが芽生えたガキが量産されるという寸法か」


「そういうこと。俺はそういった負の連鎖を断ち切りたいと思っている」


「なるほどね。だから教師志望なのか、しかもこの学院の」


「ああ、本当は田舎の私塾で子供たちに読み書きを教える方が性に合っているんだけど、せっかく、村の期待を背負って王立学院に入学したんだしな。頑張って教師になって見せるさ」


 クリードはそのように纏めると最後にこのような質問をする。


「ところでリヒト、おまえはなんでこの王立学院に入ったんだ?」


 至極当然の質問であったが、今まで誰にもされなかった質問だ。この学院は裕福な家の子弟が通っている。ただ漠然と執行猶予(モラトリアム)を過ごしているものが過半だった。ゆえにそのような質問をされる機会が少ないのだ。しかし、面と向かってそのような質問をされると少々戸惑う。俺がこの学院に入ったのは不純な動機なのだ。


(……俺はお姫様の護衛を務めるために入っただけだからな)


 それを考えるとこのように目を輝かせて未来を語る同級生の前で本当のことを語るのは憚られた。ただ、嘘をつくのはもっと厭だったので、今、この場で沸いた感情を口にする。


「――そばで一緒に夢を見たいと思っている人のためにこの学院に入ったのかもしれないな」


 抽象的な言葉であったが、クリードは馬鹿にすることなく、


「そうか、叶うといいな」


 と言ってくれた。


 クリードは別れ際に拳を突き出す。彼の地元では拳と拳を突き合わせる挨拶があるようだ。男の挨拶らしく、マブダチとするものらしい。快くその挨拶をすると俺たちはそれぞれの所用を済ませるため、解散した。

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