第33話 学生寮に向かう

 こうして俺は王立学院の下等生(レッサー)となったわけだが、通学自体は翌日からだった。となるとお姫様に丸一日授業をさぼらせたのではないか、と気になるが、彼女は笑って言った。


「今日は日曜日でございますよ、リヒト様」


「あ……」


 俺としたことが失念していた。


 エスターク家ではあまり曜日に根ざした生活をしてこなかった。


 旅人になってからはカレンダーなど見たこともない。


 曜日という概念を喪失しかけていたのだ。

 その様をみてメイドのマリーはぷぷぷ、と笑う。


「小説家や高等遊民、もしくは引退したご隠居のようね」


「たしかに妹に良く浮世離れしているというか、枯れているとまで言われていたな」


「話が合いそうな妹さんだこと」


「きっと朝まで話し込めるだろうな」


 そのようなやりとりをしていると、メイドのマリーが離れていく。どこに行くのだろう? と尋ねると、アリアが代わりに答えてくれた。


「マリーはリヒト様の入学手続きに行きます。事務棟に行くのでしょう」


「なるほど、じゃあ、我々は屋敷に戻っていいのかな?」


「まさか、王立学院の制服を着て、試験にも合格したのです。もう、勝手に外出することはできません。これからは外出手続きを踏んでくださいね」


「面倒くさいが了解した。でも、屋敷に戻れないんじゃ、どこに泊まればいいんだ? 野宿か? まあ、敷地は広いし、材料はたくさんあるからテントくらいは作れるだろうが」


 俺の言葉にアリアはくすくすと笑い出す。


「なにかおかしなことを言ったかな?」


「いえ、魔法や教養に関する知識は深いのですが、ちょっと世間の常識がないところが多いなと思いまして」


「エスターク城の箱入息子なんだよ。ほとんどが書庫で手に入れた知識だ」


「ならば学生寮という言葉はご存じですか?」


「知っている。学生だけが集まって共同生活を行う場所のことだ。物語によく出てくる。一度、入ってみたいと……あ、そういうことか」


「そういうことですわ」


「俺は学生寮に入っていいのか」


「左様でございます」


 アリアはそう言うと、俺の手を引き、学生寮に案内する。


「この学院には大小三六の学生寮があります」


「多いな」


「全校生徒一〇〇〇人ですからね。基本、全寮制です」


「ということはアリアも学生寮に入っているのか?」


「はい。中等部の特待生(エルダー)向けの女子寮に入っていますわ」


「俺は下等生(レッサー)で、男子だから一緒には入れない。護衛できないな」


「ご安心を。特待生(エルダー)は従卒を付けることが許されています」


「メイドさんと一緒に住んでいるというわけか」


「その通りです。身の回りで困ることもありませんし、マリーの武芸は天下一品です」


「となると俺の役割は校内の見回り、火急の際に駆けつける態勢を維持する、でいいのかな」


「そのように御願いします」


「御願いされよう」


 と言うと彼女に下等生(レッサー)の寮に案内してもらう。


 下等生(レッサー)の寮は学院の南側にあった。朝日が目に染みるだろうが、学院生の朝は早いので丁度いいのだそうな。まあ、目覚ましはいらないということだろう。

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