第31話 ゴーレム討伐

 午後、昼食を取り終えると、剣技の実技試験となる。


 魔法の試験はダマスカス鋼を斬り裂く、というものだったが、剣技の試験はより実践的だった。ゴーレムを倒すのである。


 ゴーレムとは泥で作った人形に魔力を封じ込め、動くようにした魔法生物のことである。


 古代から盛んに作られているが、泥の他に木や鉄が使われることもある。


 さて、今回はなんのゴーレムだろうか。


 そんなふうに楽しみにしていると、試験官はゴーレムを披露する。


 土褐色のごく普通の泥タイプのゴーレムに見えた。


「なんだ、つまらない」


 そう思っているとアリアが声を張り上げる。

「あ、あれはガルガドス希土で作られたゴーレム!?」


「ガルガドス希土?」


 俺の疑問に答えてくれたのは試験官だった。

 彼は鼻高々に言う。


「これは学院の特待生(エルダー)が実戦を学ぶために特注した逸品だ。ガルガドス地方でしか産出されない稀少な土をふんだんに使った人型殺戮兵器だ」


「なんだ、学生仕様か」


 俺の答えに試験官はこめかみをひくつかせる。


「魔法の実技を妙な魔術で突破したからと言っていい気になるなよ。これは特待生(エルダー)数人がかりで戦闘するように設計された逸品だ」


「卑怯です! 入学テストでそのようなものを使うなど、聞いたことがありません!」


 アリアは俺のために抗議してくれるが、俺は気にしない。


「アリア、いいんだ。特待生(エルダー)は勝てるのだろう? ならば問題ない。問題なのはこのテストでぎりぎり合格点を取るにはどうすればいいか、だ」


 教えてくれないか?

 皮肉気味な問いに試験官は青筋を立てる。


「どこまでも舐め腐りおって。いいだろう。教えてやろう。このテストは総合得点で判断される。討伐タイム、討伐方法、それらが得点源だ」


「討伐方法か。おそらくだが、ゴーレムの基本討伐方法が一番、得点が高いのかな」


「その通りだ」


「基本的討伐方法?」


 メイドのマリーが首をかしげる。


「ゴーレムに書かれている文字を消すんだ。ゴーレムは古代魔法文字で『胎児』と書かれているが、一文字消すと『死』になる」


「たしかに授業で習いました。まだ実践しておりませんが」


 アリアがうなずく。


「まあ、それが基本だが、それが一番高得点だとそれは使えないな。――ちなみにこのゴーレムの平均討伐タイムは?」


「五分だ。一〇人がかりでな」


「ならば俺ひとりならば一時間ほど時間を掛けて倒せば、ぎりぎり合格にして貰えるかな」


「あほか、たしかにそうだが、逆に一時間のほうが難しいわ。ゴーレムの体力は無限、貴様は有限。一時間もしないうちに体力が尽きる」


「それはどうかな」


 俺がそう言うと同時に試験は開始する。


 ゴーレムはすごい勢いで突撃してくるが、俺はそれを闘牛士のようにかわす。


「やはり魔法人形は御しやすい」


 笑みを漏らす。


 それを見ていた試験官は、


「最初はそれくらいできる。疲れを知らない魔法生物、恐れを知らないゴーレムの恐怖、しかと味わえよ」


 と笑った。


 四〇分後――


 試験官の顔は蒼白になる。


「な、なんだ、こいつ、化け物なのか」


 王立学位で教職について数十年、長年、指導教員として職を得てきたが、このような生徒は初めてみた。


 リヒト・アイスヒルクという少年は四〇分に渡り、ゴーレムの攻撃に耐え続けているのだ。しかもただ耐え続けるのではない。自分からは攻撃することなく、ゴーレムの全力の攻撃をいなし続けているのである。


(このゴーレムは特注の中の特注だぞ。特待生(エルダー)の十傑を相手するように作られているというのに……)


 特待生(エルダー)の十傑とは、王立学院でも十指に入るほどの実力を秘めたもので、将来の成功が約束された生徒たちだ。皆、卒業後はそれぞれの分野のエキスパートになる。魔術科のものは宮廷魔術師に、騎士科のものは近衛騎士団に、それぞれのトップ組織に入る。そして多くのものがそれぞれのトップになる。現在の筆頭宮廷魔術師も、近衛騎士団長も、皆、この学院出身だった。


 そんなエリートの中のエリートを相手をするように作られたゴーレムを弄ぶように戦うなど、信じられなかった。


 特待生(エルダー)十傑の中でもこのような戦いをできるものは限られる。


(……信じられん。こんな才能を持つものが中途入学、それも下等生(レッサー)を目指しているというのか?)


 ふつふつと怒りがこみ上げる試験官。実は試験官もこの学院の卒業生であった。一般生(エコノミー)として入学し、なんとか特待生(エルダー)になろうと、在学中、猛勉強に励んだが、結局、 一般生(エコノミー)のまま卒業し、この学院の教員を目指すことになった。


 特待生(エルダー)はいわば、試験官の憬れであるのだが、この少年はそんなものはくだらないと砂を掛けているのだ。それは酷く試験官の矜恃を傷つけた。


 リヒトに言わせれば、学歴など犬も食わない、ということになるのだろうが、その態度がまた試験官を苛つかせる。試験官の劣等感を刺激するのだ。


 ふつふつといかりが湧いてきた試験官は、禁じ手に出る。

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