第28話 東洋魔法

「魔術にはいくつも系統がある。古代魔法、現代魔法、簡易魔法。さらにそれらが枝分かれし、死霊魔術に神聖魔法なんてものもある。どれもが古代魔法文明にルーツを持つと言われているが、中には古代魔法文明にルーツを持たない系統もある」


「そんなものがあるのですか?」


「あるのさ」


「ま、まさか、おまえ、東洋魔法を使えるのか?」


 試験官の言葉ににやりとしてしまう俺、なかなか、勘が鋭いじゃないか。無論、言語化して指摘はしない。代わりに彼に〝本物〟を見せてやる。


「この世界には東洋と呼ばれる世界がある。袴と呼ばれる衣服を着たり、箸と呼ばれる食具を使ったりする民族だ。彼らは自然と調和することを好み、八百万の神々を信仰しているという。彼らはその神々から授かった。〝漢字〟と呼ばれる文字を使用する」


「漢字、聞いたことがあります。我らが使う文字とは違って、一文字一文字に〝意味〟が込められているのだとか」


「その通り、それは〝言霊〟って言うんだ」


 そう説明すると、漢字を描き、言霊を込める。



 斬



 と短剣の刀身に描くと、短剣の白刃は青色に輝き始める。


「この言葉の意味はこちらの言葉でスラッシュかな。斬るという意味だ。この言霊を込めれば、玄武竜の鱗だって切り裂ける」


 そう言うと俺はそれを実行する。


 斬! 横なぎの一撃を加えると、ダマスカス鋼にひとつの線が走る。


うっすらした線だったので、最初、それを誰も発見することはできなかったが、試験官がダマスカス鋼を調べたとき、変化が訪れる。


 試験官がダマスカス鋼に触れた瞬間、線がずれ、硬い鋼が地面にずり落ちたのだ。


ひゃ! と試験官たちが驚く。


「ま、まさか、ダマスカス鋼を短剣で斬るなど。しかも東洋魔術を使って」


「し、信じられない」


「夢を見ているようだ」


 試験官たちは口々に言うが、このままだと採点をして貰えなそうなので、採点を願い出る。


「そうだ。ダマスカス鋼を斬るのが試験だが、魔力測定値を見なければ」


「ダマスカス鋼を斬った時点で合格なんですよね?」


 俺は尋ねる。


「ああ、無論だ。魔力測定値の値は、入学の際の階級に影響される」


「例の特待生(エルダー)一般生(エコノミー)下等生(レッサー)か……」


「安心しろ、君のこの凄まじい東洋魔術ならば、特待生だって――」


 試験官の言葉が途中で止まったのは、魔力測定装置に出された数字が意外な数字だったからだ。測定器に表示された数字は、



 ゼロ、



 だった。


「馬鹿な、有り得ない。ダマスカス鋼を斬り裂くような一撃だぞ。ゼロなど有り得ない」


「機械の故障ではないか?」


 ちなみに機械の故障ではない。エスターク城の決闘のときのように《幻術》の魔法で惑わせているわけでもなく、単純に値がゼロなだけだった。


 この測定装置は古代魔法文明のもの。まったく別系統の東洋魔術の魔力を測定できるわけがないのだ。


 ゆえにゼロの値は正当なものだった。


 そのことを説明すると、試験官たちはぽかんと大口を開けた。採点をどうしようか話し合っているようだ。


 東洋魔術という王立学院の特待生(エルダー)も使いこなせないような魔術を使ったのだから、満点でいいのではないか、という意見が大半を占めたが、それは俺が覆す。


「試験官の皆さん方、測定値の値は絶対です。ゼロはゼロ。しかし、ダマスカス鋼を斬り裂いたのも事実なのですから、合格ギリギリの点数を頂きたいです」


「……なるほど、では五〇点で」


 ということに落ち着く。本人がそう申し出ているのだし、あとで記録を見た教授陣に文句を言われるのを避けたかったのだろう。こちらとしてはその保身のほうが有り難い。


 さて、こうして俺は筆記試験七〇点、魔法実技試験五〇点となった。


 あとは剣技の試験で合格点を取れば晴れて学院生になれる。


 剣術の試験は、午後に行われるそうだから、しばし時間があった。


その間に昼食を取れとのことだった。


 アリアローゼの屋敷で豪勢な朝食を頂いてからそんなに時間が経っていなかったので、昼食は不要だと思っていたが、見ればアリアローゼが大きなバスケットを持っていた。


 なんでも今朝、早起きして今日のランチを作ってきたそうな。


「お口に合うかは分かりませんが」


 と申し出てくる。


 要は食べろということなんだろうが、少し躊躇する。


 目の前にいるのは一国の王女様。


 つまり普段は絶対に厨房に立たない人物である。そんな人物が作った弁当が美味いだろうか?


 いや、不味くてもいい。エスターク城にいたころは文字通り冷や飯を食べさせられていたから、食事に贅沢は求めない。腹に入り、栄養さえ得られればそれでよかった。


 問題なのは腹に入れることさえできないもの。栄養さえ取れないもの、である。


 食べれば必ず腹を壊すもの、体調を悪くさせる食べ物は勘弁願いたい。午後から剣術の試験があるのだ。


 そうアリアローゼに説明したかったが、彼女はにこにことバスケットを持ってたたずんでいる。


 その穢れなき笑顔に反抗することは不可能だった。


 俺はメイドのマリーに胃薬と整腸剤の用意を頼むと、アリアローゼと一緒に中庭に向かった。なんでも中庭はとても美しい庭園があり、お弁当を食べるのにぴったりなのだそうな。

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