第27話 測定装置再び

 さすがに実技試験の会場の前で腕組みを解除すると、そのまま会場に入る。


 実技試験はおおむね、ふたつに分けられる。

 まずは魔法適性を計る。

 俺が入るのは魔法剣士科。

 なぜならば姫様もその科目だから。

 魔法剣士科は魔法の腕前と剣の腕前を計られる。


 双方の水準が一定以上ならば入学を許可されるのだ。


 王立学院では魔法剣士科が一番高難度といわれている。なぜなら魔法剣士は一流の剣士の技量と、一流の魔術師の才能が求められるからだ。その双方を併せ持つのは至難の業であった。


 ――もっとも俺は併せ持っているのだけど。


 ただ、これも先ほどのテストと同じであまり目立たないようにしなければいけない。


 この王立学院は大貴族の子弟が多い。そんな中、彼らより優秀な成績を取るのはよろしくないことであった。それに姫様の政敵であるバルムンクの目につくような真似はできるだけ控えたかった。


(――少なくとも父上とバルムンクが繋がっているかの真偽が確定するまではな)


治のバルムンク、武のテシウス。この国の両輪と呼ばれている重臣ふたり。


 エスターク城に何度も訪れるバルムンクの姿を見ているし、書簡が頻繁に届けられているのも確認済みだ。無論、同じ王国の重臣同士なのだからそれくらいはするだろうが、もしもということもある。


 俺は父上の魔法戦士としての技量を尊敬していたし、その人格も評価していたが、だからといって〝謀反心〟がないとは断言できない。優秀だからこそ、より高みを目指したいと思う人間は多いというか、それが標準だった。


 とにかく、目立つな、をモットーにしている俺のほうが異端なのだ。


そのように考えていると、アリアローゼが俺の袖を引く。


「リヒト様、なにかお考えごとでも?」


「なんでもないさ」


 と告げると、試験官の前に出た。彼らは説明を始める。


「これから魔法と剣技の実技を始めるが、どちらから始める」


 好きな方を選べるようだ。親切である。

ならばまずは魔法から所望した。

 試験官は説明を始める。


「それではまず魔法のテストだ。あそこに置いてある金属を魔法で両断せよ」


「あの金属は特殊なものなのですか?」


 アリアローゼが尋ねる。


「その通りだ。あれはダマスカス鋼。この世でもっとも硬いと言われている鋼の一種だ」


「ダマスカス鋼!?」


「なにを驚いているんだ?」


 俺は尋ねる。


「ダマスカス鋼ですよ。リヒト様」


「知っている。東方の一部でしか産出されない硬い鋼だ」


「そうではなく、あのようなものを魔法で斬り裂くなど不可能です」


「そうでもないと思うが」


「わたくしのときはただの鋼でした。それでも皆、難儀しておりました」


「一般人ではそんなものか」


「まさか。各地から集められたエリートたちです。そのものたちでも苦戦したんですよ。……ちなみにわたくしは切り裂けませんでした」


 無属性しか使えない彼女ではきついというか、不可能だ。鋼を斬り裂くには風属性を極めるしかない。

 哀れに思ったが、哀れんでいる暇はない。今はあのダマスカス鋼をなんとかしなければ。


「そうです。そうでした。どうやって斬り裂きましょうか?」


「いや、斬り裂くこと自体は難しくない。問題なのはあのダマスカス鋼が測定器械に繋がっていることだ」


「測定器械?」


 四角いダマスカス鋼はケーブル類で繋がっている。その先には見覚えがあるものが。


 あれはエスターク城の追放テストでも使われた魔力測定器だ。


「ただの魔力測定器ですが、なにか問題でも?」


「大ありだ。ダマスカス鋼を斬り裂くのは容易だけど、魔力測定で高い数値が出るのはよくない」


 アリアローゼは呆れ顔だ。こんなときに目立つ心配をするなんて、と思っているのだろう。しかし、すぐに考えを改める。


「相変わらずの人生哲学ですが、ダマスカス鋼を切り裂けるなんて本当ですか?」


「まあな。論より証拠、今、見せる」


 そう言うと試験官に尋ねる。


「これは魔法のテストのようだが、魔法剣を使うのはありかな?」


「無論、ありだ。魔法剣も魔法であることは変わりないし、そもそもこの試験は魔法剣士科のもの。好きにするがいい」


「それは有り難い」


 そう言うと俺は神剣ティルフィングを抜こうとしたが、それは制止される。


「剣の質によって差が出てはいけないから、当学院が用意したものを使え」


「それは道理だな」


 たしかに神剣を使えば魔力など込めなくてもダマスカス鋼を切り裂けるだろう。さすれば魔力測定値も反応しない。しかし、それでは芸がない。それに相手の土俵で戦って、それを覆してこそ面白い。そう思った俺はティルフィングを姫様に預ける。


 ティルフィングは猛抗議をするが。


『うきゃー、信じられない! そんなに簡単に諦めるなんて! 神剣使えよ、神剣。なんのためのワタシだよ! うきー』


 ヒステリックにわめきたてるのでケアをする。


「あまり叫ぶな。他人に聞こえたらどうする。世にも珍しいしゃべる剣として見世物小屋に売られるぞ」


『残念でした。ワタシの声は持ち主にしか聞こえないの」


「そうか、じゃあ、姫様にも聞こえないんだな」


『そうなるね』


 アリアローゼを確認するとたしかにきょとんとしている。俺がひとりごとを言っているように見えるようだ。


「なるほど、じゃあ、ぎゃあぎゃあわめかれても平気ってことか」


そう言うと再び神剣を姫様に預ける。


『ぎゃあ! だからどうしてそうするかなー』


「神剣は禁止だからだ。それにこれくらい、短剣でどうにかなる」


学院が用意した中でも一番貧相な武器を選ぶ。

それを見て試験官が驚きの声をあげる。


「貴殿はそんな短剣で魔法剣を使う気か?」


「そうだが」


「試験を愚弄する気か。短剣でダマスカス鋼を切り裂くなんて」


「大丈夫ですよ。むしろ、こちらのほうが魔力を込めやすいんです。今から俺が使う〝ちょっと変わった〟魔法剣はね」


「ちょっと変わった魔法剣……」


 アリアローゼはその言葉に息を呑む。どのような魔法剣を繰り出すか、興味津々のようだ。試験官は半信半疑のようだが、姫様のためだけに解説をする。

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