第26話 愚かもの

「ふん、すぐに採点してやる」


「採点は他の教師に御願いできますか」


 アリアローゼの提案は明らかに失礼だが、試験官は怒ることなく、同僚の教師に答案を渡す。どうせ間違っているのだ。と言わんばかりだった。


 事実、俺の答案は不正解から始まる。


 不正解、

 不正解、

 正解、

 正解、

 不正解、


 チェックシートは不正解のほうがやや多いくらいのペースで続く。


 試験官はにやりとした。


(……くっく、みたことか不合格だ)


 この試験の合格点は七〇点。今のペースだと六〇点が良いところだろう。一〇点足りなければ次の実技試験も受けられないのだ。


(偉いお方から賄賂を貰ったが、学院にばれるリスクを計算してもよかった。マイホームのローンが返せる)


 にこやかになる試験官。しかし、後半、正解が増えていくと不機嫌さを取り戻す。


(……まさか、このまま合格したりはしないよな)


 嫌な汗が流れるが、嫌な予感は現実となる。


 採点をした試験官は、

「七〇点ぴったりだ」

 と言った。


「な、なんだと!?」


 採点をした試験官から解答用紙をひったくる。たしかにそこには七〇の数字が。


「ば、馬鹿な、なにかの間違いじゃ」


 賄賂を貰っていない真っ当な同僚は、「失礼な」と眉をいからせる。


「く、ありえない。この問題は大学レベルだぞ」


「ならばリヒト様の学力は大学レベルなのでしょう」


 アリアローゼはそう断言すると、きびすを返した。


 これ以上、俗物の試験官と話しても仕方ないと思ったのだろう。


「参りましょうか、リヒト様」


 俺の手を取ると、彼女は俺を実技試験の会場に連れて行く。


 悔しがる試験官の声が廊下まで聞こえてくる。





 試験官は怒りのあまり、答案用紙をバラバラに切り裂こうとしたが、さすがにそれは同僚に抑えられる。もしもそのようなことがばれれば、学部長からの叱責では済まないからだ。


 ローン返済の当てを失った試験官は不機嫌の極みだったが、窓から実技試験の会場に向かうアリアローゼとリヒトの姿を見て溜飲を下げることにした。


「……ふん、筆記テストを〝ぎりぎり〟合格したからと言って、いい気になるなよ。筆記テストがこの点ならば実技テストに受かるわけがない。王立学院はそんなに甘いところではない」


 そう負け惜しみを口ずさんだが、その余裕は同僚の一言によって消し飛ぶ。


「お、おい、こいつはなんなんだ!?」


 同僚たちが騒いでいる。

 答案用紙になにか見つけたようだ。


もしや採点ミスか、不正の証拠か!? そう思って勇んで彼らのいる場所へ向かうと、そこで見たのは信じられないものだった。


 同僚のひとりが解答用紙に線を引いている。


 リヒト・アイスヒルクが答案用紙にチェックした箇所、そこを線でなぞるととんでもないものが浮かび上がったのだ。


 それは古代魔法文字の一種。


 幾何学的な模様で書かれているが、魔術を嗜むものならば誰でも読める文字。


 その文字の発音は「クヘド」意味は〝愚か者〟。


 つまりリヒトはこの答案用紙を見ただけで、チェックシートがクヘドになることを見抜き、合格点ギリギリの点数も取ったということである。


 そんな化け物じみた脳の回転をあの一瞬でやったというのか?


 試験官は寒気さえ覚え、よろめく。


 壁にやっと手を置くと、その悪魔じみたことをやってのけたリヒトを窓の下から再び見下ろす。


「い、いや、偶然だ。偶然に決まっている」


 彼の後頭部を注視していると、軽く振り返りこちらを見つめた。


 視線が交差する。


 リヒト・アイスヒルクは氷のような瞳でこちらを見つめてくる。


「ひ、ひい……」


 思わず尻餅をついてしまう試験官。


 その視線でやつが狙ってこの回答をしたことに気が付いたのだ。


「ば、化け物だ。い、忌み子だ」


 計らずともエスターク家で言われていた蔑称を言われたリヒトであるが、気にすることはなかった。この異常な頭の回転、底知れぬ魔力、それに冷え切った心は、十分、その蔑称に値すると思っていたからだ。


 そのように自分の過去を思い馳せていると、アリアローゼは俺の空虚な心に流れる風に気が付いたのだろう。俺の腕を取り、己の腕を絡めた。


「お、おい……」


 そう言うと彼女はにこりと微笑みながらこう反論する。


「心がどこか別のところにありました。過去に思いを馳せるのもいいですが、リヒト様とは一緒に未来を歩みたいと思っています」


 王女様はにこりと微笑むと、そのまま一緒に歩みを進めた。


 道行く生徒はなにごとか、とこちらを見つめてくるが、王女様の心遣いを思うと無碍にはできなかった。せめて次の会場までは彼女の好きなようにさせよう、そう思った俺は彼女にされるがまま、恋人のように歩いた。

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