第25話 筆記試験
王立学院は王都の東端、湖のほとりにあった。
王都の中心街から三〇分ほどで到達できる。周りには美しい木々が生えており、外界を拒絶しているようにも見える。
美しい石造りの建物群はまるでひとつの街であったが、その感想に間違いはない。
実際に王立学院はひとつの街なのだ。
アリアローゼが桜色の唇を動かし、学院の説明をしてくれる。
「全校生徒は千人、彼らの世話をするものや職員などを合わせると二〇〇〇もの人が住んでおります」
二〇〇〇といえばちょっとした規模である。地方にはそれよりも小さな街などいくらでもあるのだ。
「すごいなあ」
田舎者のように建物群を観察していると、メイドが「リヒトは田舎者ね」ふふん、という。
そういえばいつの間にか「リヒト様」から「リヒト」になっている。口調も砕けたものになっていた。
そのことを指摘すると、
「当然でしょ」
と言う。
「あなたは正式に護衛となったんだから。つまりマリーと同格よ」
「なるほど、たしかに」
「ううん、先達という意味ではマリーのほうが偉いかも。敬い、崇めなさい」
ふふん、と鼻高々のマリー。
アリアローゼは「後輩ができて嬉しいようです」と補足する。
ツンデレというやつだな、というとアリアローゼは楽しそうに首肯した。
「話は少し変わるが、お姫様、君はどうして俺を様付けする」
「え? わたくしですか? それはリヒト様がリヒト様だからです」
ロミオとジュリエットという異世界の戯曲を思い出す。おお、あなたはなぜロミオなの? ロミオだからという結論になるのだが、それに近いものがある。
おそらく、生来の人の良さと育ちの良さからくる性質なのだろう。言葉遣いというものはそうそう治るものではないので放置するが。
さて、聞きたいことは聞いたので、そのまま試験会場とやらに行く。
筆記試験が行われるようだ。
意地の悪そうな試験官が雁首を並べていた。
片眼鏡の男は「こいつが噂の受験生か」と悪態をついてきた。
「こんな時期にくるやつはほとんどいないから、試験問題作成に手間取ったぞ」
嫌みたらしく苦労を語ってくれた。
彼は俺の履歴書を見ながら、「ふん……」と鼻を鳴らす。
「フォンの尊称もない薄汚い平民か……、まったく王女の紹介でなければ机にも座らせたくないのだが……」
その言葉に怒りを覚えたのは俺ではなく、アリアローゼだった、彼女は珍しく――、いや、初めてその顔に怒気を見せると、一歩前に出た。俺はそれを抑える。
「姫様、気にするな」
「しかし――」
「慣れている。それにこんなところで騒動を起こしたら入学できない」
その言葉で冷静さを取り戻した彼女だが、意外にも気が強い一面を見せる。
「……それでは勉学であの試験官をぎゃふんと言わせてください」
「満点は取りたくない。目立つから」
「ならばそれ以外の方法で」
「難しい注文だな」
苦笑いを浮かべると、そのまま椅子に座った。
机の前に置かれる問題。
古代魔法文字に関するものや、高等数学に関する問題がぎっちり埋め込まれていた。
大学の教授レベルの問題である。とても学院レベルの問題に思えなかったが、試験官の口元が歪んでいることに気が付く。
「……そうか。そういうことか」
この試験官は通常よりも難しく問題を作ったようだ。季節外れの受験生、あるいは王女の護衛が気にくわないように見える。生来の性格の悪さが起因しているような気がするが、案外、姫様の政敵バルムンクが絡んでいるような気もする。
だとしたらこいつはいくらで雇われたのだろうか。気になるが、尋ねても返答はないだろう。
なので実力でへこませることにする。
試験官が用意した珠玉の高難度テストを高速で解いていく。
一問、二秒のペースで。
「な、なんだと」
驚愕する片眼鏡の試験管。
通常、このテストを解くには一問、一分は必要とする。
二秒で回答しているということは、思考時間(シンキングタイム)なしで書き込んでいるということだ。理屈上、最速であり、書き込みながら次の問題を解いているということになる。
「あ、有り得ない」
試験官は驚愕するが、すぐに冷静になる。
「そ、そうだ。答えが合っているとは限らん。適当な答えならば幼児でも書き込めるのだ。や、やつは自暴自棄になっているに違いない」
そう決めつけるが、アリアローゼは得意げに否定する。
「そうでしょうか。やはりあなたは見る目がなさそうですね」
彼女の棘のある言い方に腹を立てる試験官だが、王族に口答えする気もないのだろう。苦虫を噛みつぶしたかのような顔しながら、俺が出した解答用紙を奪う。
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