第24話 馬子にも衣装
翌日、朝になると姫様は制服姿で現れる。
いつもとは違う格好にどきりとしてしまう。
旅人用のローブを纏った姿はとても可憐だったが、王立学院の制服を纏った彼女はとても美しかった。
白と青を基調にした軍服のようなデザインの制服。それでいてひらひらなどもあり、女性らしさを演出している。
どこに出しても恥ずかしくない格好だ。実際、王立学院の学生は、冠婚葬祭をこの服で済ますらしい。むしろ、一般生徒の親族などは王立学院の制服でこられたほうが自慢できると推奨しているらしかった。
ぼうっと見とれていると、メイドのマリーが軽く咳払い。
「こほん」
最初は風邪でも引いたのか、お大事に、と思ったが、違うようだ。
彼女は唇だけを動かし――、
「ほ・め・な・さ・い」
と言った。
なるほど、たしかに女性が新しい服に着替えたら褒めるものだ。妹は特に褒めなければ機嫌を悪くした。女性心理に精通しているつもりだったが、まだまだのようだ。
改まってアリアローゼのほうを見ると、彼女を褒め称えた。
「とても可愛らしい。髪型が特によく決まってるよ」
その言葉に彼女はぱあっと顔を輝かせる。
「ありがとうございます。リヒト様こそ、制服格好いいです」
「ありがとう。馬子にも衣装だな」
「そんなことはありませんよ。本当に素敵です。――でも」
と俺の曲がっている襟元を直す。
その姿を見てマリーは「新婚さんのようです」と笑った。
アリアローゼも顔を真っ赤にするので、意識してしまうが、顔色だけは変えないように注意しながら、そっと離れると、そのまま皆で屋敷の前に出た。そこには立派な馬車が用意されている。
「馬車通学とは豪勢だな」
「初日ですから。明日からは学院の寮に寝泊まりするので馬車はありません」
「学生寮は学院内にあるんだな」
そう言うと朝の日差しが目に飛び込む。
「それにしてもまぶしいな。鮮やか過ぎる」
「生まれたての太陽ですから」
マリーが持っている懐中時計を貸してもらうと、時間はまだ五時だった。
「王都の学生はこんなに早起きなのか? 鶏みたいだ」
「まさか、鶏さんはもっと早起きです」
これ冗談ですからね、と笑うアリアローゼ。
「学院生はもっと遅起きですよ。今日は入学テストがあるので、早めに学院に行くんです」
「ああ、そうだった。入学テストだな。……ところで俺は事前になんの勉強もしていないのだが?」
「それについては大丈夫」
とメイドのマリーは馬車を開ける。そこにはずらっと王立学院の過去問が。
「まさか馬車の中で勉強しろと」
「一応ね。そもそもリヒトは勉強はいらないと思う」
「普段から、書物に慣れ親しみ、含蓄をお持ちですからね」
「買いかぶりすぎだ」
と言いながらも馬車の中の書物をペラペラとめくる。問題傾向だけでも把握すれば、脳の引き出しから索引しやすくなるだろう。俺は一度覚えた知識は忘れない。印画紙で焼き付けたかのように思い出せるのだ。
「筆記試験は余裕だろうが……」
問題は実技だった。
「お姫様、俺はあまり目立ちたくない。剣技も魔術も最低ランクで合格したいんだが」
「それは構いません。わたくしと同じ学院に通えればいいのですから。しかし、下等生(レッサー)を目指すとそのまま試験に落ちてしまうかも知れませんよ」
「下等生(レッサー)?」
「下等生(レッサー)というのは学院生の称号のことです。上から特待生(エルダー)、一般生(エコノミー)、下等生(レッサー)となっています」
「要は学生のランク付けか。ちなみにお姫様はなんなんだ?」
「わたくしは名誉特待生です……」
……なるほど、名誉、か。アリアローゼは王族ではあるが、無属性しか使えない欠落者。本来ならば問答無用で下等生(レッサー)に分類されるのだろうが、血筋を考えて〝特別〟な配慮がされているのだろう。
まったく、面倒くさい学院だ。
しかし、それも仕方ないかも知れない。
この国は魔法の王国。
魔力の多寡によって才能が決まるといってもいい。
そんな中、『無能』や『欠落』は差別されて当然だった。王侯貴族の家に生まれたのなら、なおさら、ないがしろにされても仕方ないだろう。
この学院には厳然たる階級(カースト)が存在するようだから、おそらく、王女の立場は万全ではないのだろう。他の生徒のいじめの対象になっているかも知れない。少なくとも侮蔑はされているだろう。
そんな中、毅然となにものにも屈することなく、清く正しく生きるお姫様のなんと気高いことか。
また主を敬愛する理由を見つけた俺は、せめてこれから行われる試験には合格しようと思った。落第などもっての外。ただし、「堅実謙虚に目立たず」のモットーは忘れない。
今の俺はアイスヒルクの姓を持っているが、ここは王都、エスターク家の関係者も多い。いつかばれることだろうが、最初からエスターク家の落とし子が王女の護衛になったとばれるよりはいいだろう。
目立たないという目標は、自分のためでもあるのだが、なによりも姫様のためでもあった。目立つ〝護衛〟ほど役立たずはいない。
主がこのように目立つのだから、せめてその護衛くらいは慎ましやかにしたかった。
改めて姫様の可憐さ。存在感に溜め息を漏らすと、そのまま試験会場へと向かった。
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