第23話 ミス・アランの店

 そこは小綺麗な商店が並ぶ商業地区の一角。伝統的な商店が並ぶ。ショウウィンドウには品良く商品が並べられており、御婦人たちの消費意欲を煽る。


 買い物にわずかばかりの興味もない俺はなんの感慨も湧かないが、彼女は気にすることなく、俺の手を引き、店に入っていった。


 とても小洒落た建物で、崩した筆記体で、「ミス・アランの店」と書かれていた。


 ……男なのにミスとはこれいかに。


 悪い予感を覚えると、店の奥から出てきたのは筋骨隆々の男だった。――ただし、女物のドレスを着ている。さらに言葉遣いは女性だった。


「あーら、これはこれは王女ちゃん」


ちなみに声質は野太い男そのものだ。


(ミスとはそういう意味か……)


 神々が彼、いや、彼女の性別を間違えてしまったのだろう。だから彼女は淑女(ミス)になったのだ。――などと上手いことを思っていると、ミス・アランは続ける。


「しばらく見なかったけど、どう? 勉強ははかどっている?」


「相変わらず無属性以外は欠落しております。実践試験などでは散々ですが、その分、座学で取り戻しております」


「それはいいことね。でも、勉強ばっかりして女の子の勤めをおろそかにしちゃ駄目よん」


「女の子の勤め?」


「そりゃあ、もちろん、お洒落のことよ。女に生まれ落ちたからにはお洒落をしないと」


「なるほど」


「特にアリアちゃんは美人さんなんだから、うんと綺麗にしないとね。どう、新作のワンピースが入荷したんだけど」


「それは楽しみですが、拝見するのは後日。それよりもほしいものがありまして」


「なあに? 媚薬から公爵夫人のブラジャーまで、なんでも手に入れて見せるわよん?」


「それではここにいるリヒト様の制服を仕立てて頂けますか?」


「制服? 軍隊の?」


「いえ、王立学院の。男子のものです」


「あら、でも今は時期じゃないわよ」


「はい。入学の時期ではないと分かってはいますが、来期まで待てないのです」


「時季外れの入学試験は死ぬほど難しいって聞いたけど」


「リヒト様ならば造作もないでしょう」


 アリアローゼが自慢げに言うと、アランは俺を見つめる。


 足下から頭頂まで品定めされる。妙に艶めかしい上に筋骨隆々なので気持ち悪い。一通り見終わると、


「あらん、いい男じゃない」


 と俺の尻を触ろうとしたので、丁重に避けさせて頂く。


「――アリアちゃんの護衛としてもやっていけそうね。その身のこなしならば」


 くすりと笑う大男。


「……なんなんだ、この名状しがたい生物は」


「あら、言ってくれるじゃない。あたしの名前はアランよ。おかまは初めてみた?」


「エスタークにはおかまはいない。皆、勇敢な戦士だ」


「それは嘘ね。昔から兵営の愛と言ってね。軍隊や男っぽい環境ほどおかまちゃんは多いの。男だけの環境になるとあっちのほうが困るでしょう」


「…………」


 そういえばエスタークの将軍に色目を使われたことを思い出す。お菓子をあげるからこっちにこないかと子供の頃、誘われたのだが、すんでのところで難を逃れた。最近もそういう誘いを受けたことがある。


「その顔じゃ心当たりありってことね」


「……まあな。だからといって尻を触られていいわけじゃない」


「そうね。それは謝るわ」


 素直に謝罪をすると、絶対に性的なことはしないから、寸法を測らせてと言われる。その顔は好色じみておらず、職人意識の塊になっていたので、黙って寸法される。するとアレンはものの数分で俺の採寸を終える。その手際、見事であった。


「手足が長いわー。それに顔が小さい。王立学院の制服がさぞ似合うことでしょうね」


「いつ頃出来上がるでしょうか?」


 アリアローゼが尋ねる。


「そうね。明後日というところかしら」


「明日は無理ですか?」


「なにをそんなに慌てているの?」


「入学試験を明日に控えてまして」


「まあ、それは大変、じゃあ、特急で」


「ありがとうございます。報酬ははずみます」


「期待しているわん」


 そのやりとりに口を挟む。


「待ってくれ、姫様。本当に俺も入学するのか?」


「はい、そのつもりですが」


 なにか問題でしょうか? 首をかしげるアリアローゼ。


「問題大ありだ。俺は王立学院になど通いたくない」


「なぜですか?」


「集団行動が苦手なんだ」


「しかし、王立学院を卒業すれば、将来、職に困りません」


「傭兵や冒険者のほうが気軽だ」


「王立学院を卒業すれば士官になれます。Aランク冒険者からスタートできますが」


「そんなのどうでもいい。食うに困らなければいいんだ」


「なるほど、でも、王立学院に通わなければ護衛ができません」


「別に学院の外から守ればいいだろう。学院にも衛兵はいるだろうし」


「たしかに衛兵はいますが、リヒト様の万分の一の力もありません」


 アリアローゼはきっぱり言うと、こう繋げる。


「リヒト様はわたくしを守る騎士になってくれると言いました。その約束を違えるのですか?」


 難詰する口調ではない。むしろ、悲しげに言う。小雨に震える捨て犬のような目だ。


 そのような目をされてしまうと、困ってしまう。


 その姿にぬいぐるみを抱き、「兄上様……」と涙ぐむ、妹の子供時代を重ねてしまう。泣く子と地頭と妹にはかなわない。そんな諺を思い出した俺は黙ってアランに制服の調整について口を出した。


「まだ身長が伸びているから、少し大きめに作ってくれ」


「スポンサーは王女様よ。あまりこすいことを言わないの」 


 アランはそう言うと俺たちを送り出す。


 帰り際、片目をつぶると俺だけに聞こえる声でこう言った。


「お姫様を泣かすんじゃないわよ」


「一国の王女だからな」


「違うわ。あんな佳い女を泣かすな、ってこと。佳い男は佳い女を幸せにするものよ」


「頭の端に入れておくよ」


 そう言うと俺たちはアリアローゼの屋敷に向かった。


 制服が届くにしても最短で明日。それまでの宿が必要だったからだ。


 アリアローゼの屋敷は王都の高級住宅街にある豪壮なものだった。まるで大商人の御殿のようである。ラトクルス王国はとても豊かな国のようだ。

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