第20話 初護衛

 王女アリアローゼは一晩中炊き出しと看病を続ける。その間、護衛をするが、バルムンク卿の襲撃はなかった。


 メイドのマリーいわく、

「バルムンク卿もまさか王女様が炊き出しをしているとは思わないはず」

 とのことだった。


 道理である。アリアローゼは北の街中の教会や診療所に石鱗病の特効薬を配ったが、まさか病人溢れる現場で炊き出しをしているなどとは夢にも思わなかったのだろう。今頃、街中の宿を探して徒労にくれている頃じゃないかしら、と意地の悪い笑顔を浮かべるマリー。


 その通りだったが、料理適性も家事適性もない俺が炊き出しを手伝っても意味はなかったので、そのまま護衛を続ける。


 翌日の夕方、ようやく患者全員に特効薬を投与し終えると、この街の聖教会の教区長がやってきて、アリアローゼの手を取る。


「本当に……、本当に有り難い。王女殿下は我が街の恩人です」


 人の良さそうな教区長は随喜の涙を流す。


 アリアローゼは平身低頭に「当然のことをしたまでです」と彼の手を握り返した。


 教区長は不眠不休で働いたアリアローゼに休むように勧める。


 俺もそれに賛同だ。


 アリアローゼの美しさに陰りはなかったが、それでも顔色が優れない。体重も落ちているだろう。このままでは彼女まで病気になってしまう。


 アリアローゼは医者の不養生と言う言葉を知っていたようで、快く提案を受け入れると、教会の奥に用意されたベッドで眠った。


 泥のように眠るとはこのように言うのだろう。三秒で眠りに落ちると、寝息を漏らす。ただその寝姿もお姫様そのもので「すうっ」と小さく呼吸し、わずかに胸を上下させる様は高貴さを感じさせた。


「我が妹とは対極だな……」


 我が妹、エスターク家のご令嬢であるエレンは、その可憐な見た目に反して寝相があまりよろしくない。たまに一緒に寝ることがあるのだが、いびき、歯ぎしりもするし、俺を抱き枕代わりにするし、朝、起きるとネグリジェがはだけてあられもない姿をしているときがある。ひどいときには夜中に脱いだ下着の上下が部屋の両端にあるときもあった。


 比べる相手が悪いのかも知れないが、妹も年頃なのだから、もう少し気品を身に付けてほしかった。


 そのように考えていると、メイドのマリーが起きていることに気が付く。彼女も炊き出しに看病に忙しかったはずだが、主よりも先に寝るつもりはないのだろう。王女の優しい寝顔を確認すると俺に眠ってもいいか尋ねた。


「疲れているんだ。寝なさい」


「ありがとうございます。紳士ですね」


「俺は護衛しかやっていないからな」


「それでも暴れ回る悪漢の対処やシスターたちにはできない力仕事をしていたではないですか」


「夢でも見ていたのだろう」


 マリーに気を遣わせないためにそう言うと、夢の続きを見るように勧める。疲労の極地にあった彼女はなにもいわずに王女の横のベッドに入った。


 二秒ほどで寝るが、彼女の寝姿は主よりも我が妹に近い。世間の女性の寝姿の統計を取ったわけではないが、こちらのほうが多数派のような気がしてきた。


 軽く安堵すると、俺は壁に寄りかかる。

 半仮眠を取るのだ。


 半分目をつむり、半分だけ寝る。片方の脳だけ休眠させる。一時間半経過したら、もう片方の目を閉じ、もう片方の脳を休ませる。


 脳の構造、レム睡眠とノンレム睡眠の知識を知り尽くしていないとできない芸当であるが、あまり自慢できる特技ではない。片方ずつ目を見開いて寝ている様は不気味なのである。事実、通りがかったシスターが驚いている。あとで事情は説明するが、ともかく、今は「聖女たち」にゆっくり休んでほしかった。


 それが王女の騎士としての初任務であり、義務であった。

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