第18話 お姫さま愛

 メイド服に袖を通す衣ずれの音が聞こえてくる。

 妙に艶めかしいが、さすがは熟練のメイドさん、一分ほどで身支度を整えると、俺の手を引いた。


「口で説明するよりも実際に見せたほうが早いでしょう」


 と断言すると宿を出た。

 言われるがままに彼女についていく。

 道中、彼女は背中越しに語ってくれる。


「単刀直入に言うとアリアローゼ様の命を狙うのはこの国の大臣、バルムンク卿」


「……その顔だと知っているようですね」


「ああ、父上の友人だ」


「そう、このラトクルス王国でバルムンク財務大臣とあなたのお父様テシウス・フォン・エスタークは有名人。治のバルムンク、武のテシウスとも言われている」


「その口ぶりだとふたりは共犯なのか?」


「わかりません……」


 とマリーは首を横に振る。


「誰がアリアローゼ様の命を狙っているのか、分からないのです。首謀者はバルムンクであることは間違いないのですが……」


「なるほど、父上は容疑者段階というわけか」


 謹厳実直にして無骨な父上の顔が浮かぶ。


 自分にも他人にも厳しい人で、王家に対する忠誠心は篤い。そんな人が王女暗殺に加担するとは思えないが、バルムンクと昵懇なのは事実だった。エスターク城に足繁く通っていたバルムンク卿の顔を明確に思い出す。


「……容疑者の息子を護衛にするのはまずいんじゃないか?」


「あなたはバルムンクの手先なのですか?」


「まさか」


「ならばなんの問題もありません。それにアリアローゼ様はおっしゃっていました。あなたはわたくしと同じ匂いがすると」


「香水は付けていないがね」


 戯けるが、彼女はそれを無視するとアリアローゼの過去を語り出す。


「リヒト様、このラトクルス王国は魔法の国だということは知っていますよね?」


「そこまで無知だと思われるのは心外だ」


「すみません」


「幼き頃から知ってるよ。身に染みてね」


 エスターク家は魔法剣士の家柄、代々、筆頭宮廷魔術師を輩出してきた家柄だ。それはエスターク家だけではなく、他の貴族にも言える。


 ラトクルス王国は魔術師が興した国で、その貴族のほとんどが魔術師だった。


 魔術の技量、魔力の多寡が、その人物の価値として測られることが多い。無論、貴族に生まれ落ちたからといって魔法の力が約束されているわけではない。時折、「無能」と呼ばれる子供が生まれる。大抵は赤ん坊の頃に〝なかった〟ことにされるか、俺のように「追放」されることになる。


「……お姫様も『無能』なのか?」


「はい。残念ながら」


「そんな噂、聞いたことがない」


「国家機密ですから。ただ、完全な無能ではありません。ひとつだけ才能を秘めています」


「というと?」


「リヒト様、魔法の世界には火、水、土、風、光、闇の属性があることはご存じですね」


「幼児でも知っている」


「では第七の属性については?」


「それも幼児でも知っている。ただし、〝おとぎ話〟としてだが――」


 途中で声が止まってしまったのは、マリーの顔が思いのほか真剣だったからだ。少なくとも他人を騙したり、からかったりという成分は見られない。


「――まさか、お姫様は無属性が使えるのか?」


「はい、その通りです」


「信じられない」


「〝欠落者〟なのに王家に留まれること自体が証拠です」


「……たしかに。それに君はともかく、アリアローゼは嘘をつくような子ではないからな」


「酷いわね」


 少しばかり緊張感がほどけた笑いを漏らすと、話を纏める。


「つまりバルムンクはお姫様の無属性を狙っているということでいいか?」


「はい。バルムンクは強欲な大臣ですが、同時に魔術の求道者、アリアローゼ様をなにかしらの実験に使おうとしているのかも」


「王族にそんなことをしたら縛り首じゃ」


「その通りです。しかし、もしもアリアローゼ様が王族でなくなったとしたらどうなりますか?」


「なるほど……失脚させるのか」


「そういうことです。例えばですが、盗賊に掴まり、純潔を奪われたとすれば、あるいはスキャンダルをでっち上げられるというのもあります。もっと直接的に監禁して王族離脱宣言書を書かせるという方法もあります」


「そんな無茶はしないだろう――とはいえないな。現に盗賊にさらわれそうになった」


「はい」


「しかし、そんな危険な状況なのに、なぜ、この北の街にやってきた? 王都で籠もっていれば少なくとも盗賊とは出くわさないだろう」


「その通りです。王都の王立学院で勉学に励んでいれば直接的な危機は減ります。しかし、アリアローゼ様にはもうひとつ弱点があるのです」



 それは? と尋ねるとマリーは誇らしげに言い放った。



「それはアリアローゼ様が優しすぎるということです」



 場違いなドヤ顔に思わず目が点になってしまうが、彼女は真剣で本気のようだった。


「…………」


 

 まったく、このメイド娘のお姫様愛には困ったものだ、そう思った。

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