第17話 マリーの挺身

 アリアローゼたちと別れた俺は北の街の大通りへ向かった。


 そこで宿を探す。


 最初は安宿を探そうとしたが、アリアローゼに大金をもらったことを思い出す。


 ずしりと重い革袋、もしかして彼女たちの

路銀がすべて入っているのではないだろうか。


 余計な心配をしてしまうが、彼女は王族だ。大きな街に来れば資金調達くらいできるのだろう。


 そう思った俺は安宿ではなく、それなりの宿を探す。


「新しい住まいが決まるまでの仮宿だ。木賃宿でもいいのだが、あまりにも安いと蚤が出るらしいしな」


 エスターク家の使用人が使いで泊まった宿で蚤とシラミをもらってきて騒動になったことを思い出す。


 幸いと手元には十分すぎる資金がある。体力を温存するという意味でも上質の宿を泊まるべきだった。


 というわけで大通りの目立つ場所にある。



「輝ける緑葉樹亭」



 という名の宿に目をつける。


 三階建の石造りの宿。三〇人は泊まれるだろうか。大きな作りをしている。


 どうやら貴族の定宿にも指定されるような格式ある宿屋らしい。


 一応、庶民でも泊まれるか尋ねて見るが、地獄の沙汰もなんとやら、金さえ払えば泊まれるらしい。

どしっと金貨の袋をカウンターに置くと、受け付けの男は商人の笑顔と揉み手を見せる。どうやら俺の格好は貧相に見えるようだ。


「まあ、仕方ない。本当に貴族ではないし、目立つのも嫌だからな」


 そう結論づけると、宿帳に名前を記帳した。



 リヒト――。



 フォンどころかエスタークの名も省いたのが今の俺の心境であり、状況でもあった。もはやエスターク家になんの未練もなかった。



 宿屋の下男に部屋に案内されると、足を洗う湯桶を出される。安宿にはないサービスだ。この宿には個室にシャワーが設置されているのが自慢だという。あとでさっそく浴びさせてもらうが、その前に冒険者ギルドの場所を聞く。


 ギルドは思ったよりも近い場所にあったが、すでに受け付けは終了しているらしい。


 明日、朝一番で行くことにしよう。


 そう思った俺は宿の夕食を食べると、そのままベッドに入った。


 心地良いマットレスと羽毛の布団は馬車の旅で疲れた身体を癒やしてくれた。




 

 輝ける緑陽樹亭のベッドで安眠ですやすやと寝息を立てる。


 そんな俺に這い寄る怪しげな影。

 俺は深い眠りにつくことはない。


 幼い頃、暗殺者に襲われた経験がそうさせるのだが、その習慣が役に立った。


 俺はベッドサイドに近づき、怪しげな行動をしているものの手首を掴む。


 そのままベッドに押し倒すと、身体の自由を奪った。


「《着火》」


 と簡易魔法を唱えると、ベッドサイドに置かれたランプが灯る。


 最初、俺の部屋に忍び込んだのは、旅人の財布を狙うこそ泥かと思ったが違った。


 なんと俺のベッドサイドにやってきたのは、先ほど別れたメイドだったのだ。


 意外な人物の来訪に驚いた俺は、マリーを解放すると、彼女は乱れた服を整える。


「……すまない。泥棒かと思ったんだ」


「いえ、気にされないでください。忍び込んだのは事実ですから」


「こんな夜更けになんのようだ?」


「ものを盗みにきたのではありません。逆に与えにきました」


「金貨ならば先ほど貰ったが」


「マリーが与えたいのは、マリーの処女です」


「…………」


 思わぬ言葉にむせそうになってしまうが、彼女は本気のようだ。


 メイド服を脱ぎ始める。

 美しい肢体が目に飛び込んでくる。


「待て! なにをする」


「脱がねば交わえません」


「交わうって……」


 やけに生々しい言葉にどきりとしてしまうが、ここで反応を示したら彼女の思うつぼだろう。冷静に彼女の真意を問う。


「君は娼婦だったのか?」


「まさか、女を売る女は軽蔑します」


「ならばどうしてそんなことを」


「それはあなたがほしいからです」


「俺がほしい?」


「そうです。あなたはお金では雇えそうにありませんから、ですからこのような手段にでました」


 色仕掛けが通じると思もわれるのも心外だが、そう反論しようとしたとき、彼女の肩が震え、その瞳に涙が貯まっていることに気が付く。


「すべてはアリアローゼのためなんだね」


「…………はい」


「君はアリアローゼを守るためにこのような愚挙に出た」


「…………」


 はい。


 彼女の肢体を観察する。透き通るような白い肌。女性らしい凹凸もあったが、それ以上に傷があることに気が付く。刀傷などが目立つのだ。



 おそらく、彼女はその身体で、長年、主であるアリアローゼを守ってきたのだ。武力や知力を駆使し、主を守ってきたのである。


 そんな彼女がここにきて女を武器とし、男に頼るなど、どのような気持なのだろうか。おそらく、悔しくて惨めに違いない。それくらい追い詰められていると言い換えてもいいかもしれない。

 

 すべてを察した俺は毛布を彼女の肩に掛ける。


「君の美しい肌は未来の旦那と月夜にしか見せてはいけない」


 少しキザかも知れないが、それが偽らざる本音であった。


「……リヒト様」


 彼女は唇を噛みしめると、涙腺を崩壊させ、俺の胸で泣いた。


 しばらくなにも言わずに彼女を抱きしめると、アリアローゼの置かれている状況、黒幕の名を尋ねた。

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