第16話 護衛の依頼

 盗賊に殺されたものたち、盗賊たちの墓を作ると、そこに死体を埋葬する。

 馬車に乗っていた女たちは皆、手伝ってくれた。


 数時間掛けて埋葬を終えると、先程脱輪した馬車たちがやってくる。乗っていた馭者を捕縛すると、北の街で突き出すことにする。


 そのまま馬車に揺られることまる二日。険しい山道を越える。


 途中、旅人を迷わせる妖精がいるという森に差し掛かったが、たしかに人を惑わせそうなほど鬱蒼と木々が生い茂っていた。


 まあ、立ち寄らないのでどうでもいいが。


 二日目の午後になると山道を抜け、平地に出る。あとは北の街まですぐである。実際、すぐに北の街が見えてくる。


「あれほど山道を迂回したのが馬鹿らしいわね」


 とはメイドのマリーの言葉だが、それには同意だ。リアも同じ意見らしい。


「地図上で見ればほんの少しの距離でしたが、ぐるっと迂回せねばなりませんでしたしね」


「次、南に行くまでには橋が直ってるといいけど」


 たしかにその通りだ。このような道を毎回使わされるのはたまったものではない。

「毎回、脱輪して盗賊に襲われたら困るものね」


 マリーはけらけらと笑う。


 危機が去ったからだろうか、彼女は陽気に笑う。馬車に乗っていたときは張り詰めた空気をしていたが、本来は明るいタイプのようだ。危機が去り、街が近づいたことで安堵しているようだ。


 そんな彼女に質問をする。


「ところで山で俺たちを襲ってきた連中の――黒幕は誰なんだ? 馬亭の主は『とある方』と言っていたが」


 その質問をした途端、マリーは陽気な表情を改める。あるいはむすっとしていると言い換えてもいいだろう。彼女は忌憚のない口調で言う。


「リヒト様、あなたさまは我々の恩人ですが、それでも打ち明けられないことがございます」


「君たちを付け狙う黒幕と、スリーサイズかな」


 皮肉気味に言うと彼女もそれ相応の返答をする。


「わたしことマリーのスリーサイズは上から、88、58、84ですわ」


 明らかに盛っているが、調べるすべはないので無視をすると、リアが頬を赤らめていることに気がつく。もじもじしている彼女に諭すように言う。


「今のは俺とマリーとの間の冗談だ。真に受けないでくれよ」


「そ、そうなのですか!?」


 ほっとするリア。どうやらというか、当然というか、彼女は真面目すぎる性格をしているようだ。言動に気をつけねばいけないかもしれない。


 俺は改めて生真面目な性格のお嬢様を見つめる。


「もともと、メイドさんのほうには期待していない。しかし、正直者のリアならば答えてくれそうだ。詳細を教えてくれないか」


「そのような物言いはずるい!」


 マリーは俺を非難するが、リアはいいのです、と制す。


「もともと、お話するつもりでした。我々を窮地から救ってくれたときから。――いえ、護衛を引き受けてくれたあの瞬間からわたくしはリヒト様を全面的に信頼しております」


「ちょろすぎるぞ。人を疑うことを覚えろ」


「誰かを疑って生きながらえるよりも、誰かを信じて死にとうございます」


「墓碑銘にそう書かれないことを祈るよ」


 その冗談には笑って答えてくれるリア。すべての冗談が通じないようではないようだ。


「それではお話しましょう。リヒト様、わたくしはこの国の王女でございます」


 彼女は白いフードを取ると、素顔を晒す。

 黄金色の髪とガラス細工のような肌を持った透き通るような少女がそこにいた。


「――――」


「……驚かないのですね」


「まあ、大方予想はついていた。君は必死に隠そうとしていたが、生まれ持った気品は隠せない」


 それに――と俺は続ける。


「時折、フードからちらりと見える横顔、どこかで見た覚えがあった。おそらくだが、どこかの夜会であったはず」


「さすがはリヒト様です。わたくしは一度、エスターク城の夜会に出席したことがあります」

「やはりか。踊っていればさすがに忘れなかっただろうが」


「はい。リヒト様はご婦人方に人気でしたので踊る機会を得られませんでした」


「機会があっても踊らなかっただろうな。俺は目立つのが嫌いだ。一国のお姫様と踊るくらいならば、猫と踊るよ」


「猫は可愛らしいから、そちらのほうが目立ってしまうかも知れませんね」


 うふふ、と微笑むが、その笑みは本当に可愛らしい。金色の巻き髪も相まって、綿飴のような印象を受けた。


「そのとき、知己を得られなかったのは本当に残念です。もしももっと早く知り合っていれば、わたくしもマリーも楽をできたでしょうに」


「その物言いだともしかして〝引き続き〟護衛を所望されるのかな?」


「リヒト様がご迷惑でなければ是非に」


「迷惑だ」


「どうしてですか?」


「リヒト・エスタークのモットーは〝堅実謙虚〟なんだよ、王女様の護衛など目立ってかなわない」


「まるでどこかのご令嬢のような標語ですね。でも、大丈夫です。わたくしは第三王女ですから」


「第一〇八王女でも同じだ」


「父上がもっとお盛んでしたら第一〇九王女になれたかもしれません」


 ……一〇九だろうが、二五六だろうが、同じなのだが。天然なのか、あえてそうしているのか、不明瞭であるが、ともかく、彼女の護衛役になるつもりはなかった。


「俺の任務は君を北の街に連れて行くこと、それもあと三〇分もあれば終わる」


 見れば北の街の入り口が見えてきた。


 その前に彼女に〝とある人物〟今回の件の黒幕を聞き出そうとするが、それはメイドのマリーに遮られた。


「これ以上は関係ない方にお教えすることはできません」


 リア、いや、アリアローゼ王女はメイドのマリーをたしなめるが、彼女の表情が断固としたものだったので、それ以上、なにも言わなかった。


「……たしかに真相を話してしまえばリヒト様を巻き込んでしまうかもしれません。それはわたくしの本意ではない」


 口の中でそうつぶやくと、ふたりは別れの挨拶をする。

 先日、俺が取り戻した金貨の詰まった革袋を惜しげもなくくれる。


「これは少ないですが、今回の報酬です」


「多すぎる」


「アリアローゼ様の命は黄金などでは計れません」


 そのような物言いをされれば受け取らざるを得ない。

 また金はいくらあっても困るものではないので、しかと受け取る。


「分かった。正当な報酬として頂く」


「嬉しいですわ」


 微笑むアリアローゼ。


「リヒト様はしばらく北の街に滞在するのですか?」


「ああ、冒険者ギルドに加盟しようと思っている」


「それならば……」


 アリアローゼはそう言うとマリーに筆記用具を用意させる。

 近くにあった切り株にそれらを置くと手紙に文字を書き入れる。

 とても達筆で繊細な字だった。

 さすがは王族、と思っているとあっという間に書き終える。


「冒険者ギルドにこれを持っていってください。わたくしの紹介状です」


「有り難い。一国の王女の紹介状があれば門前払いは有り得ない」


「そのような大層なものではありませんが、きっと役立ちます」


 にこりと微笑む。頼み事を断られたあとにこのように微笑み、紹介状まで書いてくれる人間はそうはいない。彼女の人間性が滲み出ている笑顔だった。


 俺は彼女に感謝しながら背を向けた。

 一抹の寂寥感を覚えたが、仕方ないことだ。


 俺は今日からリヒト・エスタークではなく、〝冒険者〟リヒトとして生きていかねばならないのだから――。



 リヒトの背を見送るアリアローゼとマリー。


 アリアローゼはリヒトが視界から消えると、


「とても気持のいい御仁でしたね」


「はい。一見、やれやれ系に見えなくもございませんが、本当はとても心の優しい慈悲深い方に見えます」


「彼のように正義感に篤い無双の戦士が護衛を引き受けてくれれば、マリーの負担は軽減されるのでしょうが……」


 自分を気遣ってくれる主に、メイドはほんのりと感動する。主を抱きしめ、頬をすり寄せたい衝動を抑えながら、マリーは力こぶを作る。


「なんの、このマリーをなめないでください。今までアリアローゼ様を守ってきたのはこのマリーですよ」


 事実なのでアリアローゼはそれ以上、愚痴を漏らすことはなかった。


「さて、名残惜しんでいても仕方ありません。我らは目的あってこの北の街にやってきたのです。目的、いえ、使命を果たしましょう」


「ですね」


 マリーはにこやかにうなずくが、実は完全には了承していなかった。

 主の言葉が正しいと思っていたからだ。


(……リヒト・エスターク。あのものはただものではない。もしかしたらアリアローゼ様の窮地を救う救世の騎士なのかもしれない)


 なんとかしないと、心の中で続けると、彼が滞在するであろう宿の目星を付け始めた。

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