第14話 語彙の少ない盗賊たち

 女だらけの馬車が進む。

 白粉と香水の匂いが充満し、気分が悪くなるが、気にしない。

 このような匂いはエスターク城の夜会で嗅ぎ慣れた。


 貴族のご令嬢は〝ひとり〟でこの場にいる誰よりも香水を塗りたくるものもいるのだ。これくらいで不平を漏らす必要性はない。


 そんなことよりも襲撃者がいつやってくるか、それについて考察したほうがいいだろう。


 先ほどの脱輪事故はおそらく、仕組まれたもの。

 敵の狙いは男と女を分断させること。

 そして女をさらうのを目的としているはず。

 さらう女はすべてが対象だろうか?

 メイドのマリーとその主を見る。


 マリーだけでも変態貴族が高値で買ってくれそうだが、フードをかぶっている主はもっと高価に違いない。女性としての価値もだが、身分としても尊そうであった。


 となるとこのふたりをさらうためだけに仕組まれた罠なのだろうか、という結論に至るが、それは計画者とその協力者をなめていた。彼らは俺が思うよりも遙かに強欲のようだ。


 急に馬車が止まる。

 馭者が降りると、彼は懐から短剣を取り出し、馬車の幌を開けた。

 お決まりの文句を言う。


「おまえら! 死にたくなかったらいうとおりにしろ!」


 悪党の語彙は少ない。オリジナリティも皆無だ。次兄のマークスを思い出す。


 言うことを聞くつもりはないが、様子を見るため、沈黙していると、馬を走らせてくる一団に気が付く。


 どうやら盗賊とこの馬車のオーナーのようだ。

 馬亭で受付をしていた店主は、揉み手で盗賊の頭目に媚びを売っていた。


「頭、いつも通りに御願いします」


「分かっている。高く売れそうな女には手を出さないんだろ」


「へい、そうです。あと、メイドの女と白いフードをかぶった女には絶対手を出さないでください」


「女を指定してくるとは珍しいな」


「今回の襲撃にはスポンサーがおりまして……」


 意味ありげに微笑む店主。盗賊頭は「まあいい。金と女さえ手に入れば」と言った。


 次いで部下に指示を出す。


「護衛はほとんどいない! 男共を殺したら、あとはお楽しみの時間だ!」


 武器を掲げ、歓声を上げる盗賊たち。

 その下卑た表情は視界にさえ収めたくなかったが、そうはいかなかった。


 盗賊のひとりが護衛の戦士を斬り殺し、馬車に乗っていた男を羽交い締め、その喉を斬り裂く。鮮血が飛び散る。


「ひゃっはー! これだから盗賊稼業は辞められないぜ!」


 恍惚の表情で叫ぶ盗賊。


 彼らとて元は食い詰めた農民だろうに……。同じ元農民にこうも残酷になれる理由が分からない。おそらく、すさんだ日々が彼らから人間性を奪っていったのだろうが。


「――畜生にも劣る外道め」


 俺はそう呟くと、神剣を抜いた。


 いつもは軽口ばかり言う神剣も妙に真面目なのは、あいつらに怒りを覚えている証拠だろう。


『リヒト! あいつらは生きていちゃいけない連中だ。容赦なくやるよ!』


「やる気があるのはいいが、あまり切れ味をよくしないでくれよ」


『どういう意味?』


「すぱっと斬ってしまったらつまらない。できればなまくらな切れ味で苦しみながらあの世に行かせてやりたい」


 ひゅ~と口笛を吹く神剣。


『君だけは敵に回したくないね。天賦の剣の才に冷酷無比な心も併せ持っているのだから』


「本当は誰とも敵対したくないよ」


 本音を漏らすと襲いかかってくる盗賊を一刀のもとに斬り伏せる。

 右腕を切り落とし、地面でうめき回る盗賊。

 その鼻っ柱に蹴りを入れるとその低い鼻を砕く。


「うぎゃあ」という疣猪(イボイノシシ)の断末魔のような叫びが不快だったので次の盗賊に斬り掛かる。


 鎖鎌使いの盗賊は鎌を振り回す。


 鎌使いとは珍しい。しばし妙技を観察したかったが、盗賊ごときの腕前では参考にする箇所もないだろう。さっさと斬り殺す。


 投げてきた鎖をひょいと避けると、そのまま腹を突き刺した。

 重要な臓器を避けたので苦しみながら死ぬことだろう。

 どす黒い血をまき散らす部下たちを見て、盗賊頭の顔は真っ赤に染まる。


「貴様ー! よくも俺の可愛い子分を」


 怒髪天の盗賊頭に言う。


「その慈悲、今まで殺してきた人々にも与えるべきだったな」


「五月蠅い! 俺は好きなように生きて好きなように死ぬ。やがて討伐軍が都からやってくるだろうが、それまで思うがままに生きるんだよ」


「残念ながら討伐軍はこない。おまえはここで俺に殺されるからな」


「黙れ、小僧!」


 斧を振りかぶる盗賊頭。やつの身体は筋骨隆々だったので、斧の一撃を受けるような真似はせず、突進してくる頭の足を掛ける。


 道化師のように間抜けに転がる盗賊頭、顔をさらに真っ赤にするが、少し冷静になって貰うため、魔法を使う。草木に魔法を掛けると、盗賊頭の足下から樹木が伸び、彼の身体を拘束する。


「な、なんだ、こりゃあ!?」


「《束縛》の魔法の一種だよ。しばらく動けないはずだ」


「こ、この卑怯者め」


「最高の褒め言葉だな」


 盗賊の頭目に背を向け、くるりと馬亭の亭主のほうへ振り向く。


「わ、私は関係ないんです。あいつらに脅されただけで……」


「嘘をつけ」


「ほ、ほんとですよ」


 先ほど盗賊頭に売っていたような媚びを見せる。


「おまえが俺たちを売ることは見越していた。リアたちのチケットを隠したのはおまえだな」


「…………」


「そしておそらく、赤ら顔の男に金貨をすらせたのもおまえだ。路銀もチケットもなくした彼女たちに近づいて、言葉巧みに騙すつもりだったんだろう。それを俺が妨害してしまったので、〝いつものように〟盗賊を使った。違うか?」


 俺の推理を聞いた店主は、商人の笑顔を放棄し、冷徹怜悧な悪魔の顔になる。こちらのほうが彼の本質なのだろう。


「そこまでばれていちゃ言い訳もできないな。ああ、そうだよ。俺は〝とある方〟に頼まれて、その小娘たちを誘拐しようとしているんだよ」


その言葉を聞いたリアは身をすくめ、マリーは懐から取り出した短剣を握り絞める。


「その娘たちを引き渡せば金貨三〇〇枚も貰えるんだ。小細工などいくらでも弄す」


「なるほど、その口調だと依頼主も、依頼主の思惑も知らなそうだな」


「まあな、俺が知りたいのは報酬の額だけだ」


「なるほど――、じゃあ、死ね」


 そう言うと俺は颯爽と身をひるがえした。神剣ティルフィングを使う必要性もない。


 〝後方から〟飛んできた斧を避けるだけで、悪徳馬亭の主は死ぬ。

 見れば呪縛の樹木を自力で破壊した盗賊頭が斧を投げていた。


 回転しながら高速で飛んでくる斧を避けたわけであるが、避けた斧は俺の直線上にある馬亭の亭主に向かっていったというわけだ。


 無論、武芸の嗜みがゼロの亭主が高速の投擲斧を避けられるわけもなく、見事に頭に刺さる。いや、馬鹿力の盗賊頭の一撃は、見事に亭主の頭を砕き、破裂させる。


「汚い石榴(ざくろ)だ」


 薄汚い策謀を弄すものは脳漿まで汚いらしい、という感想を漏らすと、俺は振り向き、盗賊頭に剣を向けた。


「次はおまえだ。呪縛の魔法から抜け出すくらいだから、それなりに楽しませてくれるよな?」


 その問いに盗賊頭は不敵に微笑む。


「ゴキブリみたいに素早いみたいだが、もう小細工は効かないぜ」


 盗賊頭はそう言うと部下から二本、斧を受け取る。

 どうやらこいつは元々二刀流のようだ。


 いや、多斧流か。盗賊がひとり、大量の斧を持って控えている。無数の斧を投擲しながら戦う戦法のようである。


 面白い、城で様々な流派を学んだが、このように形に囚われない武術を実際に目の当たりにすることは皆無だった。


 貴族では絶対に思いつかない戦法なのだ。

 剣士として血を疼かせながら、盗賊頭に向かって距離を詰めた。

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