第13話 冷凍蜜柑

 乗り合い馬車に揺られること一時間。

 馬車の旅はとても退屈――ではなかった。


 俺は一応、貴族の子息、それなりの生活を送っていた。だからこのような乗り合い馬車など乗ったことがないのだ。


 次兄のマークスなどは乗り合い馬車を家畜の乗り物と蔑んでいたが、見知らぬものと馬車に揺られるのは悪いことではない。


 南方からやってきた商人は、南方の珍しい話をしてくれる。なんでも南方には砂漠エルフと呼ばれる種族が住んでおり、エルフなのに肌が浅黒いのだそうな。ダークエルフともまた違った感じで、褐色のエルフはとても美しい、という話を聞く。


 また巡礼の旅をする老婦人などは蜜柑を分けてくれた。


 東方から伝わった椅子蜜柑(ソファー・オレンジ)は小分けにできる上に、甘くてとても美味い。しかもこれは冷凍してあるらしく、蒸し暑い馬車内ではぴったりの食べ物だった。


 リアなどは初めて食べたらしく、


「このように美味いもの、食べたことがありません!」


 と目を丸くしていた。


 マリーも同様に、

「ほっぺが落ちそうです」

 と恍惚の表情を浮かべている。


「死んだおばあちゃんに食べさせたいけど、歯槽膿漏だったのよね……」


 と続ける。


 面白い主従であるが、老婦人も同じような感想を抱いたらしく、にこやかに質問をしてくる。


「あなた方はどういう関係? 失礼だけど、メイドを連れて歩くような身分には見えないけど」


 たしかに俺はどこからどう見ても旅の剣士、メイドとは無縁の職業だ。


 一方、マリーの主、リアもフードをかぶっているので貴人らしさは少なかった。貴族の令嬢にも商人の娘にも見えない。無論、話し込めば別なのだが、この短い会話では彼女の気品は感じ取れないようだ。


「…………」


 ふたりは困っているようなので、俺が嘘をつく。


「俺がこのふたりを北の街まで連れていくんです。北の街には働き口がいっぱいありますから」


「あらまあ、そうなのね。このフードの子もメイドさんになるの?」


「そうです。とある商家のメイドとなります。マリーは元々、南の街でメイドをしていたのですが、転職です。リアはその従姉妹で、いい機会だから一緒に奉公しようということになったのです」


「まあ、なるほど、若いのに偉いわねえ」


 のんびりとした口調で納得する老婦人。



「…………」

「…………」



 リアたちは目を丸くしている。

 老婦人との会話が終わると、リアが話し掛けてくる。


「リヒト様、すごいです。あの一瞬であのような説得力ある話を作り上げるなんて」


「でっちあげさ」


「それでも素晴らしいです。リヒト様は作家になる才能があるんじゃないですか?」


「作家の仕事はほらを吹くことだからなあ。案外合っているかも」


 俺は幼き頃より、自分を偽ってきた。才能を隠して生きてきたのだ。作家は才能を誇示する職業だが、嘘をつく職業でもある。エスターク家の呪縛から解放された俺にはぴったりかもしれない。


 北の街について、住居が定まったら、原稿用紙を買ってみるか、そう口の中でつぶやくと、異変に気が付く。


 なにか前方から物音が聞こえたのだ。


 この馬車は三台が連なって走っており、後方にあったが、前二台が止まってしまったようだ。なんでも先頭車両が脱輪してしまったらしい。


 脱輪してしまった馬車を持ち上げるための男手が欲しいという。


 そう言われてしまえば行かざるを得ないが、今の俺はリアの護衛。彼女の許可が必要だった。


 リアはわずかにうなずくと。

「行ってくださいまし」

 と言う。


 馬車が動かなければ北の街には行けない。

 そうなれば目的を達成できないのである。

 それは俺も同じだったので、脱輪した馬車に向かうと、すでに男が何人かいた。


 力を合わせて馬車を持ち上げている。その間に脱輪した車輪を付けようとしているが、なかなかはまらない。


 俺は車輪をはめる作業を手伝うが、そのときに違和感を覚える。

 車輪の接合部分が変なのだ。


(……これは)


 俺は貴族の息子であるが、多少、機械に詳しい。落とし子であったので召使いがするような仕事を押しつけられていたからだ。それらの仕事は嫌いではなく、召使いたちとよく一緒に汗を流していた。馬車の手入れもよくおこなっていた。そのときに馬車の構造を覚えたのだが、通常、馬車の車輪はこのように壊れない。


(……まるでなにものかがわざと外したかのような壊れ方だな)


 要は損傷ではなく、単純に車輪を外して壊れかけたように見せているように見える。


 その推察は正しいだろうが、問題なのはなぜ、そのようなことをしたか、だ。馬車が壊れて困るのは馬亭の主だろうに。


 そんな感想を抱きながら、車輪を直す。


 馬車の車体を持ち上げるものの数が足りなかったので、ジャッキ代わりに地中から氷の柱を出現させる。その迅速さ、魔法の応用力に周囲の人間が驚嘆するが、俺に言わせれば魔術師はこれくらい思いついて当然だった。


 護衛の傭兵や乗り合わせた男衆たちは、

「すげえ!」

 と褒め称えてくれた。


「貴族のボンボンには思いつかない手法だ」


 と感心してくれる。


 ただ、同行している魔術師が「わしもこれくらい思いついたわい!」と噛み付いてきたので、そのことは口にしないが。護衛の魔術師のプライドを安易に傷つける必要性はない。


 その後、氷のジャッキを使って馬車を修理しようとするが、車輪をはめるのに時間が掛かるという。その間、後続の馬車だけでも先に行く、という話になった。


 急いでいるものはその馬車に乗り込むように指示が出るが、俺はリアとマリーに視線を送る。


 彼女たちに命運を託したのだ。

 おそらくであるが、この事故は故意に起こされたもの。

 そしてその目的は馬車の分断にあると見ていいだろう。


 男手に馬車を修理させている間に、女が多く乗った馬車を隔離させる、と言ったところか。


 その間に不埒なことを実行しようとしている輩がいるのだ。

 そのものはおおよそ、判明しているが、問題なのは雇い主であるリアの意向だ。

 彼女たちがあえて火中の栗を拾うというのならば、それに付き従うまで。

 一連の事故から悪意を洞察できず、単純に行動するのならばそれも悪くない。


 どちらにしろ。俺は彼女たちと行動を共にするしかないし、ある程度不利な状況でもそれを覆す自信があった。


 そんなふうに思いながらリアを観察する。

 さて、彼女はこの馬車を見て策謀に気が付いているのだろうか。

 いいところのお嬢様で悪意に無頓着に見えるが。

 そのように思っていると、リアはこくりとうなずく。その瞳は真剣なものだった。

 どうやら彼女は一連の事故ではなく、俺の瞳から事態を把握したようだ。

 ただならぬ雰囲気を読み取って、危険を察知したのだろう。


 さらに付け加えれば、リアの懐刀とも言えるメイドさんの表情も剣呑なものになっていた。


 おそらくであるが、彼女たちは俺と出会う前から危険な目に何度もあってきたのだろう。


肌で危機を直感できるほど荒事になれているのかもしれない。


 うら若き乙女たちには難儀なことであるが、それが彼女たちを〝生かして〟きたのだと思うとむしろ感謝すべきことなのかもしれない。


 そんなことを思いながら、リアとマリー、ふたりの乗った馬車に乗り込む。

 馬車の馭者は、


「男手は残って欲しいのだが」


 と言うが、


「ジャッキは二晩は溶けない」


 と威圧感を込めて返すと黙った。


 おそらくであるが、俺ひとり、馬車に乗り込んだところで、「作戦」に支障はきたさないと判断したのだろう。


 それは大いなる誤解なのだが、誤解させたままのほうが好都合なので、俺は黙ったままリアの横に座った。

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