第12話 フードの少女

 乗り合い馬車のチケットが早く手に入ったため、時間を持て余してしまう。

 乗り合い馬車がやってくるのに小一時間ほど掛かるからだ。


 時間を潰したいところであるが、生憎この宿場町は登山道の入り口にある小さな町。観光できるような場所はなかった。仕方ないので、大人しく村の広場にあるベンチで座っていよう。そう思った俺は、ベンチに座ってただ時が過ぎるのを待った。

 空を眺めていると雲が流れる。


 綿飴みたいな雲が流れてくる。子供の頃、あのような雲を見て綿飴が食べたいと駄々をこねた妹の姿を思い出す。可愛くはあるが、困った妹だったと回想していると、二人組の女性が近付いてきた。この街に女性の知り合いは二人しかいないので、彼女たちが誰であるかはすぐに察しが付いた。


 彼女たちは俺の前にやってくると、先ほどよりも深々と頭を下げた。


「さきほどはありがとうございます。旅のお方――」


 フードの少女の優しげな声が耳に届く。途中、言葉が詰まったのは俺の名前が分からないからだろう。


「俺の名前はリヒトだ」


 まず自分の名を名乗ると、即座に彼女たちも名乗り返す――ことはなかった。どうやら身を隠しながら旅を続けているようだ。特にフードの少女は今も深くフードをかぶっている。自分の姓名や身分を知られたくないようだ。


 ごにょごにょとメイドのマリーと相談している。時間が掛かりそうだったので、俺が、


「偽名を使えばいいのでは?」


 と提案すると、ふたりはその手があったか! という顔をする。どうやらどちらもとても善良な人間のようだ。他人を偽るという思考法がないらしい。


 ふたりはさらに相談すると、フードの少女は一歩前に出て、

「わたくしの名前はリアと申します」

 と名乗った。


「いい名前だ」


 紳士的に返答すると、次に彼女のメイドが得意げに一歩前に進んだ。


「わたしの名前はマリーです。リアロ――じゃなかった。リア様にお仕えするメイドです」


「初めましてお嬢さん方。先ほどは大変だったね」


 嘘が下手なお嬢さん方に言葉を掛ける。


「そうなのです。本当に大変でした。あやうく、路銀をすべて盗まれてしまうところでした」


「あの額が路銀なのか。庶民が一年暮らせそうな額だったぞ」


「そうなのですか?」


 目を丸くして驚くリア。マリーに確認を求めるが、メイドさんは世間の常識に通じているようだ。毎日お買い物をしているため、金銭には敏感なようで、


「やりくり上手ならば金貨五枚で庶民一年分の食費をまかなえます」


 と言った。


 世間知らずのリア様は「知らなかった」と驚愕するが、自分が世間知らずと思われたくないのだろう。「こほん」と咳払いをすると、


「無論知っていましたわ。皆さんの常識を試したのです。それに路銀は言葉の綾です。いえ、言い間違いです」

 と訂正する。

 可愛らしい女性だな、と思ったが、指摘すると長そうなので本題に入る。


「お嬢さん方、お礼は先ほど受け取ったし、今もして貰った。そこまで感謝しなくてもいい。あのような状況下ならば誰でも同じ行動をする」


「そのようなことはありません。それを証拠に、先ほど、馬亭にいたものは皆、なにもしなかったではないですか。ただひとり、義をお持ちだったのがリヒト様です」


「たまたまさ」


 そう言うが、彼女たちは納得してくれないというか、俺に「義」があると信じ込んでいるようだ。こんな提案をしてくる。


「わたくしとマリーは義に篤いリヒト様を見て感動しました。それと同時に天啓を得たのです。何卒、北の街までわたくしたちを護衛して頂けませんか?」


「君たちも北の街に行くのか。――まあ、ここにいるということはそうなのだろうが」


「通過点の街ですが、通過しなければいけないのです」


「俺も北の街に永住する気はないが、しばらく厄介になる予定だ。つまり、必ず通る街だ」


 そう説明すると、

「いいだろう」

 と続ける。


「旅は道連れ、世は情け。北の街まで護衛を引き受けよう」


 その言葉にリアは笑みを漏らす。花が咲いたかのような笑顔を見せる。


 なかなかに可憐だったが、マリーの表情が浮かないことに気が付く。最初、俺のことが嫌いなのかと思ったが、どうやら違うようだ。なんでもこれから乗り合い馬車で登る登山路には盗賊が出るらしい。


「……本来ならば登山路ではなく、街道を使いたいのですが」


「その街道に架かる橋が大雨で流されているのだから仕方ない」


「……はい」


「まあ、盗賊が出るといっても徒歩での旅でのことだろう。乗り合い馬車には護衛の傭兵もいる。何事もなく山を越えられるさ」


 無論、確信も保証もなかったが、うら若き女性二人を怯えさせる必要はなかった。


 楽観した物言いで彼女たちを安心させると、馬亭の店主の声が響き渡る。


「乗り合い馬車~、乗り合い馬車がきたぞ~」


 周辺に響き渡る程の声量だった。馬亭の亭主には必須の能力なのだろう。まるで歌劇の歌手のようだと思った。


 俺たちはそのまま乗り合い馬車に向かう。


 乗り合い馬車は三台あった。それぞれが一〇人くらいを乗せられるように作られている。傭兵を雇って警護させる都合上、一挙に人を運ばなければならないからだろう。事実、乗り合い馬車の前には三〇人以上の客が並んでいた。


 俺はリアとマリーと同じ馬車に乗り込む。そして彼女たちが他の男と触れないように奥に乗せ、俺がその横に陣取る。何気ない配慮だったが、マリーはそれに気が付いたらしく、


「さすがはリア様が見込んだお方です。紳士的な配慮、感謝します」


 と、小声で言った。


 気にするな、と態々返すこともなく、そのまま馬車に揺られる。

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