第11話 名探偵リヒト

 声を掛けた事でメイドが一歩前に出たが、それはお嬢様を守る為。見知らぬ男を警戒してのことなのだろう。当然の処置なので気にすることはないが、彼女たちの信頼を得るには、行動で示すしかないようだ。


 単刀直入に言う。


「待て、諦めるのは早すぎるぞ。このまま盗人が利するまま立ち去るのか?」


 フードの少女は沈痛な面持ちで答える。


「我々は護民官でも法務官でもありません。ひとりひとり身体検査をするわけにはいかないのです」


「じゃあ、狙いを定めればいいのだな」


「そんなことできるのですか?」


 マリーは胡散臭げに俺を見つめる。


「チケットのほうは紙だから感知しにくいが、金のほうは金属だから可能だ」


 と言うが、それでもふたりは信じてくれない。それも致し方なかろう。今日初めて会う間柄であるし、そもそも俺の格好は流浪の剣士、魔術師のようには見えない。


 エスターク家で魔力を隠すために、魔術師らしさは極力排除してある。稽古を欠かさぬ事で筋肉を付け、野暮ったい格好なども控えるようにしていたのだ。おかげでどこからどう見ても優男の剣士といった風体となった。


 その事情を説明しても理解して貰えないだろうし、今はそんな時間もない。ここは論より証拠、とばかりに二三、呪文を詠唱する。


 ごく一般的な魔法言語であるが、聞くものが聞けば、この詠唱にはいくつかの言語が省略され、オリジナルの言語に置き換えられている事に気が付くかも知れない。ただ、この馬亭には魔術の素養があるものはほとんどいないようだ。当然気が付かれる事もなく、呪文を詠唱し終える。


 店内にいる客の視線が俺に集まる。


 俺はそれでも集中を乱すことなく、馬亭にいる人物をひとりひとり精査する。


 馬亭にいるのは一三人ほど。かなり人数が多いが、後ろにいる女性は調べないでいいだろう。今、彼女たちを見つめるのは紳士的ではない。なぜならば、今俺の目には魔法陣が浮かび上がり、服を透視する力が宿っているからだ。


 その力を使って馬亭の主人を見る。彼はその見た目通りふくよか、というより太っていた。だらしない身体をしている。服の中に金属は隠し持っていないようだ。


 次に見るのは馬亭で一番大きな男。金属の鎧を着ているが、《透視》魔法のレベルを上げると難なく透過できる。この魔法は最大限まで効果を高めると内臓さえ透けて見えるのだ。ちなみにこの大男も白だった。鎧と剣以外の金属は身に着けていなかった。


 そうして一人ひとりに同じ事を繰り返していくと、ひとりの男が視界に入る。


 彼は明らかに挙動不審で、人々の後ろの方に隠れるように立っていた。それだけでも怪しいというのに、馬亭から逃げようとさえしている。


「……こいつか。分かりやすくて助かる」


 ここまで露骨な態度だと透視魔法が不要だったと思えてしまうが、それでも証拠が無ければ問い詰める事もできない。やはり魔法というものは便利だ。そう思いながら男に声を掛ける。


「そこの赤ら顔の男、どこに行く?」


 その言葉に赤ら顔の男はびくりと身体を震わせ、動揺したままトイレに行くと誤魔化す。


「なるほど、出口に向かっていたからてっきり逃げ出すのかと思ったが、トイレか。思う存分垂れ流してきてほしいのだが、その前に右のポケットに入っている『金貨』の袋を返してくれないか?」


「な、なにを言っているんだ」


「いや、おまえがこの御婦人たちから盗んだ金貨を返せ、と言っているんだ」


「そんなものはない」


「偽っても無駄だ。俺は魔術の心得がある。透過と金属探知を合わせたオリジナル魔法も使えるんだ」


「そんなの嘘っぱちだ。おまえはただの剣士だろう」


「見た目はな。しかし、魔術もそれなりに使える。そうだな、証拠を見せようか。おまえの下着は花柄だな。まったく、男物で花柄って、いったい、どこで買ったんだ」


 その言葉に男は顔を青ざめさせるが、開き直ることにしたようだ。


「そ、そんなのでたらめだ! おまえに俺を調べる権限はない!」


「たしかにそうだが、下着の柄まで当てたんだ。まずはそれが当たっているか取り調べるくらいは良いだろう」


 周囲の人々にそう言うが、彼らは「面白い」と囃し立てる。



「その男の下着が本当に花柄だったら、このあんちゃんの言っていることは本当だ」


「脱げ! 脱いじまえ! それで無実を証明しろ!」


「もしも外れていたら、あんちゃんが裸になるってさ」


「それじゃつまらない。そこの姉ちゃんが代理でやれ」



 そのような野次の言葉が飛んでくるが、赤ら顔の男はそれらに同調しなかった。


「く、くだらねえ」


 と立ち去ろうとするが、それはできない。俺が肩を押さえたからだ。


「な、なんだ、暴力を振るう気か? ご、護民官に突き出すぞ!」


「まさか、そんなことはしないよ。俺はただ、そんな間抜けな格好で歩くと町中の笑いものになるぞ、と言いたいだけだ」


「町中の笑いもの?」


 その言葉で下半身の違和感に気が付いたようだ。


「ん……歩きにくい……、それになんだかすうすうするような……」


 そう言って自分の下半身に視線をやると、男は、

「げえ!」

 と唸った。


 見れば男のズボンはずり落ちていた。

 ずり落ちたズボンの下からは、花柄のパンツが見える。


 それを確認した聴衆は大笑いを始める。


「おいおい、見たか? 本当に花柄だったぞ」


「それにしても間抜けなやつだ、ベルトを閉め忘れたらしいぞ」


 赤ら顔の男を指差して笑い転げる男たち。さすがに品がないので俺は同調しない。ついでに言えば彼らの言葉は間違っている。赤ら顔の男はベルトを締め忘れたのではない。ならばなぜ、ズボンがずり落ちたかと言えば、俺がズボンのベルトを切り裂いたからである。


 やつの肩に手を掛ける瞬間、俺は腰の神剣ではなく、短剣を抜き放っていた。まったく淀みのない動作で、最短距離でベルトを切り裂いたのだ。まさに神速の神業であったが、この馬亭でそれを確認できたものはいないようだ。


「…………」


 いや、ただひとり、メイドのマリーが俺の短剣に注視している。どうやら彼女は武芸を嗜むようだ。意外だなと思いつつ、赤ら顔の男に注意を戻す。


「さあて、俺が透視したとおり花柄のパンツを着ていたな。あとは右ポケットの金貨袋を見せて貰おうか」


 赤ら顔の男の許可なく、地面に落ちたズボンを探す。右ポケットからはずしりと重い革袋が出てくる。


「さて? これはなにかな? 説明できるかね?」


「そ、それは俺のだ! 叔父が死んだからたまたま遺産を貰ったんだ」


「遺産ねえ」


 金貨には名前が書いていない、そんな論理で誤魔化そうとしているようだが、すでに聴衆は俺の味方だった。護民官を呼びに行ったものもいる。


 見苦しい言い訳を重ねる男に、決定打を送る。


「ちなみにこの革袋には遺産がいくらある?」


 無論、そんな問いに答えられるわけがない。

 代わりに答えたのはメイド服の少女だった。


「その金貨袋には金貨が八枚。銀貨が二四枚、銀貨のうち三枚は半分に欠けております」


 と言い放った。


 メイドさんの記憶力が素晴らしいことを証明するため、テーブルに革袋の中身を散乱させると、その通りの枚数が出てくる。


 こうなれば男は言い逃れできない。

 うなだれるように床に座り込むと、護民官がやってくるのを待った。

 事件が解決した事で、マリーとフードの少女が深々と頭を下げて礼を言ってくる。

 一連のやりとりを見ていた者達は「すげえ」と感嘆している。


 この程度の事で持ち上げられたからといっていい気になることも無く、赤ら顔の男から取り返した金貨を持ち主に返すと、俺は何も無かったかのように列に並び直した。


 俺の目的は護民官や法務官の真似事をすることではない。当面の目標は、北の街へ行って冒険者ギルドに入ることなのだ。そしてトラブルが解決した今、さっさと乗り合い馬車のチケットを手に入れることに注力したかった。


 ただ先ほどの活躍で一目置かれる存在になったのだろう。前に並んでいた者達が先を譲ってくれたおかげで、すぐに手続きを済ませる事ができた。その様子を見ていた馬亭の亭主は、開いた口が塞がらないといった顔をしたまま、俺に乗り合い馬車のチケットを渡してくれた。

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