第10話 メイドとフードの少女

 北へ十数キロ歩くと、目的の宿場町が見えてくる。

 山の麓に位置する宿場町である為、登山道の入り口としての役割もあるようだ。

 この宿場町の先にある川の橋が落ちてしまって通行ができないということだが……。

 道行く人にその事を尋ねてみると、事実であると確認が取れた。

 橋が落ちてしまったのも手伝ってか、この宿場町はとても混雑していた。


 なんでも登山路を迂回して北の街に行けるルートがあるらしく、そこを通りたい旅人や商人で溢れかえっているらしい。


「徒歩では行けないのですか?」


 ふとした疑問を近くの人に尋ねてみると、その人曰く、


「とても険しい道でな。近くには人を惑わせる妖精の森もある。命が七つあるのならば一度試してもいいだろうが」


 残念ながら命はひとつしかないので、大人しく乗合馬車を使うことにした。

 町の中央にある乗合所に行くと、長蛇の列が出来ていた。

 皆考えることは同じようだな……。

 仕方ないので大人しく列に並ぶが、先ほどからまったく進む気配がない。 

 列の先を見ると、なにやら騒がしくしている。

 どうやらトラブルが起きているようだ。

 どうせ暇なので観察してみる。


「この馬停の中に不届きな盗人がいます! 店主、お調べください」


 毅然とした口調で店主に詰め寄るのは、メイド服を着た女性だった。髪を首の部分で切りそろえた人形のような雰囲気を持った女性だ。こんな山間の宿場町でメイドさんとは珍しい。普通、メイドさんはもっと大きな街にいるものだ。なにかしらの事情があるのだろうか。


 そしてメイドさんに意識を向けていた俺は、彼女の横にいる人物が主であると気が付く。


 真っ白なフードを頭にかぶっている小柄な人物。おそらく女性だと思われるが、彼女は顔をうつむけ、事態が収束することを願っているようだ。


 いかにもメイド然とした女性と、潜むようにたたずむ女性、奇妙な取り合わせだと思ったが、さらに考察する前に店主が口を開く。


「いや、お嬢さん、貴重品の管理はご自身でしてもらわないと。ここは王都の社交場ではないのですよ」


 周囲から、たしかにそうだ、という笑い声が漏れる。


「それは分かっていますが、あなたが荷物をそこに置くといいと言ったのではありませんか!」


 怒りが収まらないメイド。


「たしかに言いましたが、貴重品まで置くとは思いませんよ。お嬢さん方、相当、育ちがいいようですね」


「っく」


図星だったのだろう。メイドは下唇をかんで悔しさを滲ませる。そんなメイドの袖を軽く引き、たしなめる女主人。


「……マリー。たしかに店主の言うとおりです。わたくしたちの落ち度です」


「……お嬢様」


「ここは良い経験を得られたと思いましょう。それよりも我々の目的は王都に戻ること。北の街に到着すれば、王都まですぐです」


「……そうでございますね。分かりました。ここは諦めましょう。……お嬢様にはしばらくひもじい思いをさせてしまうかもしれませんが……」


「ちょうど、ダイエットをしたいと思っていたところです」


 マリーというメイドに気を遣わせないためだろう、にこりと微笑む女主人。

 それだけで女主人の人となりが知れたが、そんな主従に不幸が……。

 調査を諦めたマリーと女主人にさらなる悲劇が襲う。


 マリーがカウンターの上を確認すると、そこに置かれていたはずのチケットがなくなっていたのだ。乗合馬車に乗るための乗車券であるが、それが忽然と姿を消していたのである。


「な!? さっきまでそこにあったのに!? 御主人、チケットを知りませんか?」


「知らないよ。俺は受け取っていない」


「そんな馬鹿な。あなたの目の前に置いたというのに」


「知らんよ。確認する前にあんたが財布がないと騒ぐから」


 店主もマリーも、チケットが床に落ちていないか確認するが、床には埃が散見されるだけで、紙の類いは落ちていなかった。


「そ、そんな馬鹿な。これも盗まれたというの……?」


 先ほどの店主とのやりとりで、怒りは無益だと悟ったのだろう。今度は怒りの色は見せず、絶望一色に表情が沈む。そんなメイドの肩に軽く手を添え、その心を慰める女主人。

 

 店主は無情にも、

「チケットがないのならば、あんたらは客じゃない。帰ってくんな」

 と言った。


 マリーは悔しさを滲ませ、女主人は残念そうに馬停を出て行こうとする。

 そんなふたりが俺の横を通り過ぎる。

 そのとき女主人のフードの中がちらりと見える。


 とても涼やかな顔、それに黄金色の髪がとても印象的だった。要はとても美しい娘なのだが、それよりも気になったのは、この娘をどこかで見たことがあることだった。


 記憶力には自信があるが、なかなか思い出せない。


(…………魔術書を覚えるのは得意だが、コミュニケーション能力はないからなあ)

 昔、妹に言われたことがある。


「リヒト兄上様は〝他人に興味がない〟から人の顔を覚えられないのです」

 と。


 その後、

「ご自身があまりにも美しく、賢いので、それよりも劣る他人に目が行かないのでしょう」 

 と続けるが、それは過大評価というものだろう。


 エスターク家ではよく夜会が催されるが、ご令嬢たちに声を掛けられることなど、〝一夜に三回〟あれば良い方だった。


「……それ、滅茶苦茶多いですから」


 と、呆れるエレンの声が聞こえてきそうであったが、今はそのような回想をしているときではないだろう。


 今問題なのは、あの金髪の少女が何者か、である。


 俺が知っているということは、エスターク家の夜会にやってきた貴族の令嬢のひとりだろうか。ならば思い出せないのも納得だ。夜会のたびに貴族の令嬢と踊っていたが、彼女たちに興味を抱いたことは一度もない。


 彼女たちは極楽鳥のように綺麗に着飾っているが、美しいのは見た目だけ、その中身は実に空虚だ。そこには虚栄心しか詰まっていない。


 日々の悩みは午後のおやつの時間に食べるスイーツの種類、ピアノや語学の教師と疑似恋愛ごっこをし、それも飽きたら社交界で男を漁る。


 華麗なドレスに手足が生えただけの中身のない女性などまったく興味はなかった。


 ――ただ、この女性はなにか違う。


 確実に貴人なのだろうが、脳みそがケーキのスポンジでできているご令嬢たちとは一線をかくす、気高さと知性を備えているような気がするのだ。

 我が妹エレンに近い空気を感じ取ることができる。


 気になった俺は、彼女たちが馬停を出ていく姿を最後まで目で追った。すると彼女たちは店を出る際、店主と客に迷惑を掛けたことを詫びる。店内の人間に深々と頭を下げたのだ。


 そのおざなりではない謝罪を見たとき、俺の中でなにかが動く。

 騎士道精神が芽生えた、とでも言うべきだろうか。

 この不幸な女性たちを救わねばと、使命感に駆られるような思いがした。


 俺は彼女たちに「まだ諦めるのは早い」と言うと、この場に留まるように告げる。

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