第9話 神剣の実力

 情報を得て、更に北の宿場町へと向かう。

 街道を歩いているので盗賊などには出くわす心配はなかった。

 街道は定期的に護民官が巡回をしており、治安を保っているからだ。

 それ故、街道で悪さを働こうとする愚かな盗賊は滅多にいない。

 ただ稀にではあるが、街道に出てきて悪さをするコボルトなどはいる。

 彼らは頭犬人と呼ばれ、ちょうどその群れと街道で遭遇してしまった。


 山で食い詰めたコボルトが麓に降りてきて家畜を襲うことは稀にある事だが、街道までやってくるのは珍しい。


 コボルトたちは錆びた短剣や石器で武装して荒ぶっている。

 幸か不幸かは分からないが、どうやら彼らと戦闘になりそうだ。


 最初は無益な戦闘を避けようと思ったが、とある考えに至ったので彼らと戦うことにする。


 その考えとは――

「この神剣の切れ味を試したい」

 というものだった。


 この神剣がエスターク家の伝家の宝刀であることは知っている。


 おしゃべりな女の子のような人格をしており、一人称が「ワタシ」なのも確認済みだ。


 問題なのはこの神剣の切れ味だった。


 彼女はこの数百年、ワタシを扱えたものはいないと言っていた。つまり、この数百年、実戦から遠ざかっていたのだ。


 俺は伝説の聖剣よりも、実戦で実績を積み上げた業物の短剣のほうを信頼するタイプだった。


 そのことを正直に話すと、神剣はへそを曲げる。


『ぶっぶー。君はワタシのことを信頼していないんだね』


「有り体に言えば」


『ひっどー。しかもワタシよりもそんな小娘(たんけん)信頼するなんて』


「エスターク家の親戚のティレアム公爵は、生娘よりも何人も子供を産んだ経産婦を好むそうだよ。丈夫な子供を産んでくれる可能性が高い」


 抽象的に返答するが、その言葉にティルフィングは燃え上がる。


『リヒトは剣を焚き付けるのが上手だね。いいでしょう。本気を見せてあげましょう』


 そう言うと剣は鈍く光る。


 そのまま神剣ならではの必殺技でコボルトたちを一掃してくれると思ったのだが、そうそう都合良くは行かないようだ。


『ごめん、何百年も寝てたから、必殺技の使い方を忘れてしまった』


「――だと思ったよ。それでも切れ味は落ちてないんだろう?」


『そっちの方はばっちり。なにせワタシは、メンテナンス不要の神剣と言われているくらいだからね』


「有り難い」


 そう言うと、飛びかかってきたコボルトを一刀で斬り裂く。

 


 シュバ! 



「…………」


 一瞬、言葉を失ってしまったのはその切れ味が凄まじかったからだ。エスターク家にはいくつもの業物の剣が転がっているが、これほど切れ味鋭い剣は初めて手にしたかも知れない。


 カミソリのような切れ味と、鉈のような強さが同居した、異質な切れ味だった。


 なかなかに慣れないので戸惑ってしまうが、三匹目のコボルトの石器を斬り裂く頃には使い方を覚えていく。


「……なるほど、この角度で切れば石でも切り裂けるのか。伝承通りだ」


 ティルフィングは「岩や鉄を布のように斬り裂く」という伝承はたしかなようだ。鍛練を重ねなくても斬鉄さえできそうである。


 そうなってくるとコボルトごとき、相手にならない。

 俺はエスターク家で幼い頃より剣術を習ってきた。


 西国からやってきた(自称)世界一の剣士に剣を習っていた時期もあるし、そうでなくても朝晩、素振りを欠かしたことがない。


 魔力の才を見せれば〝親族〟に暗殺される恐れがあった俺は、必然的に剣の稽古に没頭しなければいけなかった。


 魔法の家系にあって〝鉄〟の剣を振るうしかない能なしと認知されなければ、命に関わっていたからだ。子供ながらに覚えた処世術である。


 人目がある場所で魔法の練習ができなかった俺は、代わりに馬鹿のひとつ覚えのように剣を振るっていたわけだが、その成果が発揮される。


 一匹目のコボルトを一刀のもとに倒すと、二匹目を数回打ち合いの末、突き刺す。三匹目のコボルトは石斧を破壊して逃亡させると、四匹目は両腕ごと上半身を斬り裂いた。


 あっという間に四匹のコボルトを駆逐すると、残りのコボルトは戦意を喪失して総崩れとなる。武器を捨て、四つ足になって逃げだした。


 まさしく負け犬であるが、その姿を見たティルフィングは、

『おおおおー! すげー! ワタシの新しい御主人様、超つえええ!』

 と感涙にむせていた。


 コボルトを追い払ったくらいで絶賛されても困るのだが、と抗弁すると彼女はこう言った。


『ワタシの初代の持ち主、ブラムスも強かったけど、コボルト一〇匹の群れを追い払うのに、二分四二秒は掛かったよ。でもリヒトは二分三〇秒だ。新レコード樹立だよ』


 わざわざ数えていたのか。まめな神剣だ。と思いながら、神剣についたコボルトの血を拭って鞘に収める。


 テンション高めのティルフィングだが、実は彼女に黙っていたことがある。それは先ほどの戦い、手を抜いていたということだ。


 実は本気を出せば一分以内に決着を着けられたのである。


 ただ、そのことを口にすればさらにきゃんきゃんと騒ぎ出すのは目に見えていたので、黙っているが。


 騒がしいのは苦手なのである。


 そう考えると、この剣との旅はある意味苦行ではあるが、先ほどの切れ味を見れば、それくらいの欠点は見逃すべきだろう。


 そう思った俺は、地面に置いた荷物を手に取ると、旅を再開した。

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