第6話 決闘の勝敗

 時計の針が午後一時を指したとき、決闘は開始される。


 練兵所の中央で戦うわけだが、戦う前に「武器」を選択するように言われる。


 剣、槍、フレイル、鎖鎌なんでも揃っていた。


 自由に選んで良いそうなので、剣を所望する。


「ほう、剣か。良い物を選んでおけよ。あとで負けの言い訳にはされたくないからな」


 次兄のマークスは嫌みたらしく言うが、気にせず剣をチェックする。


 すると「とある」ことに気が付いたのでマークスに抗議しようとしたが、貴賓席から俺を睨む視線に気が付き、やめる。


「……剣に仕掛けをしたのは義母上か」


 剣にはもろくなるようにヒビが入れられていたのだ。これでは決闘中に折れて使い物にならないだろう。


「まあ、勝つつもりはないからどうでもいいのだけど」


 それにヒビくらいどうにでもできる。

 俺は剣に魔力を送り込み、強化する。無論、無詠唱で誰にも悟られずに。


 マークスはおろか、審判ですら俺が魔力を送り込んだことに気が付かないだろう。それくらい素早く魔法を完成させられるのだ。


 強度が増した剣を振るうと、空を切る。うむ、なかなかに良い出来映えだ。そう思った瞬間、時計の針が一三時を告げる。


 決闘開始の時間。

 そのまま練兵場の中央でマークスと剣を合わせると開始の合図を待った。


「なんだ、兄上も剣ですか」


「我がエスターク家では剣も使えて一人前だ。おまえは剣が得意だそうだからハンデだな」


「有り難いことです」


 俺がそう言うと開始の合図が鳴り響く、

「ほざけ!」

 と一歩飛びだし、剣を振るう。その一撃はなかなかに決まっていた。


 もしも並の戦士ならばそのまま斬撃を貰ってしまうかもしれないが、こちらは幼い頃より剣を枕元に置き修行を重ねた身だ。マークスの動きなどスローモーションのようにしか見えない。


 このままやつの攻撃をかわし、反撃したい衝撃を抑えながら、半歩後ずさると、やつの斬撃がやってくる。やっとの思いで防御する態を見せる。


「……く、さすがは兄上……」


 相手を立たせるための言葉であるが、口にするのも馬鹿らしいので棒読みになってしまう。ただ、観客が三流ならば主演男優のほうも三流なので、気が付かれることはなかった。


「ふはははー! 恐れ入ったか! 俺様の剣技に酔いしれろ!」


 ぶんぶんと剣を振り回す。

 隙だらけな様に呆れてしまうが、それでも追い詰められる振りをする。


 俺の迫真の演技に妹のエレンは、

「リヒトお兄様、なにをしているのです。本気を出してください!」

 と、必死に懇願してくる。


 その姿を見るとどうしても心を痛めてしまうが、それでも心を鬼にして負ける。


 俺は追放されたい。義母上たちは俺を追放したい。互いの利害が一致しているのだ。それに逆らうことはできない。


 そう思い、わざと斬撃を喰らおうとよろけて見せた。


 そこにマークスが斬撃を加え、俺は死なない程度のダメージを貰う。それですべてが解決するはずであったし、そうするつもりであったが、それはできなかった。


 よろけようとした瞬間、足を掴まれる感覚を味わったからだ。

 否、俺は足を捕まれていた。

 見ればぼっくりと地面が割れ、そこから霊的な手が伸びていた。


「……これは《呪縛》の魔法か」


 見れば義理の母親がにたりとしている。さらに会場には数人の魔術師がおり、呪文を詠唱していた。


「……そういうことか」


 どうやら義母上は俺を追放したいのではなく、殺したいようだ。

 追放では飽き足らずに亡きものにしようとしているようだ。

 だから剣に細工をし、会場に魔術師を配置し、妨害しているのである。

 なぜ、そこまで俺を憎むのだろう。


 ――心当たりはありすぎた。


 父の正妻ミネルバはとても嫉妬深い性格で、父の妾である母に辛く当たっていた。そしておそらく、俺の母を殺したのも彼女だろう。というより、それは既にこの城で周知の事実でもあった。


 彼女は幼い俺を折檻し、隙あらば殺そうと手ぐすねを引いていたのだが、やっとそれを実行する機会を得たというわけだ。


 夫である伯爵が家を留守にする隙、俺を追放し、守るものが誰もいなくなる隙。それを待ち望んでいたのだろう。本当ならば俺を追放したあと、暗殺者を送るつもりだったのだろうが、エレンが決闘を提案したものだから、作戦を変更したようだ。

 あるいはミネルバにとって今回の決闘は渡りに舟だったのかもしれない。


 決闘ならば何が起こっても不問に処させるというのはこの国の伝統であり、国法でもあるのだから。


「……まったく、そこまで恨まれて光栄だな」


 口の中でそう漏らすと、決意を固めた。


 俺の選択肢はふたつ、このまま黙ってマークスに斬られるか、あるいはマークスを斬るか、である。その二択しかない。


 ここまできたからには血を見ずに解決することはないだろう。

 そう思った俺は、後者を選択した。

 血を分けた兄を斬ることにしたのだ。

 練兵所の入り口を確認する。兄を斬り殺したあとの逃走路を確保したかった。

 決闘中の殺人は合法だが、マークスを殺した俺がそのまま許されるわけがない。

 兵士に捕らわれ、八つ裂きにされるだろう。義理の母はサディズムの権化なのだ。

 兄を殺した後は、即座に逃亡を選択する。


 俺の選択は正しいが、その行動が実行されることはなかった。なぜならば泣きながらミネルバに抗議する妹が視界に入ってきたからだ。


 賢い上に鋭いエレン。彼女は俺の剣に細工がされ、呪縛の魔法が掛けられていることを即座に見抜き、母親に抗議をしていた。


 泣きながら母親に詰め寄るエレン。妹の涙を見るのは何年ぶりだろうか。


「……そうか、あのとき以来か……」


 俺の母親が死んだ日、葬式で唯一泣いてくれたのがエレンだった。とっくの昔に涙が涸れ果てた俺の代わりに泣いてくれたのが彼女だった。


 エレンはミネルバに猛抗議をし、ミネルバはそんなエレンの頬をはたいていた。それでも決闘を中止するように請願する。

 その姿を目に焼き付けてしまった俺は、第三の選択肢を採る。

 俺を斬り殺そうと剣を構えるマークスの剣を吹き飛ばす。

 魔力を込めた剣によって弾き飛ばすと、足に魔力を送り込む。


 ぼん! と会場の四方から俺を呪縛していた魔術師に魔力を逆流させ、気絶させる。


 あとは手に火球を造り俺を焼こうとしている兄上を説得するだけだった。

 それには《火球》が出来上がるのを待つ方が効果は高いだろう。


 兄上にたっぷり時間を与えると、彼が投げつけた火球を真っ二つに切り裂き、喉元に剣を突き立てる。



「我が兄マークスよ、そして裏で手ぐすねを引く義理の母ミネルバよ!」



 俺の高らかに発せられる言葉に、会場は沈黙する。名指しされた当人たちは冷や汗をかきながら俺を見つめる。



「俺はおまえたちの言うように、能なしだ。落とし子だ。だから黙って追放されてやる。しかし、追放はされるが、妹を泣かすのは許さない!」


 妹のエレンは泣きはらした顔を俺に向ける。


「いいか、俺は今、この場にいる全員を斬り殺すことだって出来るんだ。だが、そんなことはしない。なぜならば妹が悲しむからだ。おまえらの血の一滴は妹の涙一滴に劣る!!」


「…………」


「俺にとって妹はすべてだ。俺はこの家を出ていくが、もしも妹になにかしたら、おまえらの指を全部切り落としてやるからな」


 そう言うとマークスの首の皮を剣先でなぞる。わずかだが血が漏れ出る。


 恐怖にうめき声を上げるマークスに、

「分かったかね? 兄上」

 と言うと、彼はこくこく、と頷いた。


 ミネルバのほうも汗を滲ませながら頷くと、決闘の勝敗は定まった。


 あとで勝敗に難癖を付けられるのが嫌だったので、マークスに指弾(デコピン)を入れるように命令すると、彼は恐る恐る俺の額に指弾を入れる。


 俺は大げさに、わざとらしく吹き飛ぶと、


「ああー、なんて一撃なんだー。負けた、負けた。参ったー。エスターク家の次男には勝てない」


 と倒れ込み、審判を睨み付ける。審判はびくつきながらマークスの勝利を宣言する。


 すべてが丸く収まったことを確認すると、墓場のように静まりかえっている練兵所をあとにした。


 そのまま自室に戻ると、纏めてあった荷物を持ってエスターク城から去った。

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